日本中を巡り、その土地に行ったからこそ出逢えた「にほん」の「ほんもの」。日本文化の素晴らしさを少しでも多くの人に知ってもらうきっかけを発信する旅マガジンです。「にほんもの」は、これまで日本各地に点在する「お茶」の産地を巡り生産者と出会い、茶葉の栽培や製茶にかけるこだわり、出来上がったお茶の味わいなどの話を聞いてきた。
お茶の歴史とその種類 ~古くから知られている三大銘茶は静岡茶、宇治茶、狭山茶
日本でも長い歴史の中で親しまれてきたお茶文化。茶葉の栽培は各地に広まり、現在では北は宮城から南は沖縄まで、広範囲でお茶の栽培が行われている。
日本茶の品種は、日本で最も栽培面積の多い「やぶきた」や、やぶきたに次ぐ栽培面積で、旨味とバランスのいい渋味が特徴の早生品種「ゆたかみどり」、天然玉露ともいわれる高品質な「あさつゆ」など120種以上あると言われている。また、よく耳にする「煎茶」「玉露」「ほうじ茶」などは「栽培方法・製造方法」の種類を指したもの。ひと口に日本茶と言っても、どの品種の茶葉を使って、どのような製法で作っているかで、味わいは全く違う。
こうした違いとあわせて、知っておきたいのが産地のことだ。同じ品種・製法のお茶でも、その味は産地によっても違いが出る。たとえばお茶処の代表格、静岡県内だけでも収穫されるエリアによって香り・味わい・後味などに強弱があり個性を発揮する。それぞれの気候風土に合わせた栽培方法や収穫時期が違ってくるからだ。
なお「日本三大銘茶」といって古くからその名が知られているのは、静岡県の静岡茶、京都府の宇治茶、埼玉県の狭山茶の3種類。
では、荒茶(あらちゃ)の生産量はどうだろう。荒茶とは茶農家が茶葉を摘んだあと、蒸し、揉み、乾燥の行程までを行い保存できる状態にしたお茶のこと。茶農家が荒茶を作った後、そのバトンを受け継ぐように茶商などが荒茶を仕入れ、ブレンドし、火入れなど様々な工程を加えて消費者に届けられる最終商品になる。
荒茶の生産量が多いのは、1位から順に、全国茶園面積の40%を占め、やぶきた発祥の地でもある静岡県。農地の大規模化と機械化によって戦後一大生産地へと発展した鹿児島県。かぶせ茶生産量が日本一の三重県、西北山間地では全国的にも珍しい「釜炒り茶」を作っている宮崎県。そして全国的にも有名なブランド茶「宇治茶」で知られ、玉露や抹茶といった高級茶の生産量は全国一の京都府(農林水産省「作物統計調査」より)となっている。
中でも群を抜いた収穫量を誇る静岡県に次ぐ荒茶生産量を誇るのは鹿児島県。農林水産省のデータによると、2021年の生産量は静岡県が29,700tで全体の42%、鹿児島県は26,500tで全体の37%。この2県で全国の生産量の8割近くを占めている。
生産量は不動のトップ。「川根茶」「掛川茶」などブランドも多い静岡の茶
日本茶にさほど詳しくないという人も、お茶の生産地といえば、まず静岡県を思い浮かべるのではないだろうか。
前述の通り、静岡の荒茶の生産量は、作物統計調査の結果が残っている昭和30年代から不動の1位。茶処の絶対王者といえる存在だ。
茶葉は寒すぎても暑すぎても育たない。夏は40℃を越えず冬は-5℃以下にならないこと、年間平均温度が14℃〜16℃以上であることが、茶葉の生育に必要な条件とされている。静岡は茶葉の生育にとってちょうど良い温暖な気候と適度な降雨量に恵まれており、さらには海からの上昇気流によって適度に紫外線を遮る霧が発生しやすい立地。この作用で渋みを押さえた味わい深く高品質の茶葉が収穫できるのだ。
またお膝元の静岡市街は江戸時代から製茶問屋の街としても栄えており、1899年に清水港が国際貿易港として開港したことをきっかけにさらに発展していくことになる。お茶を輸出するための工場や茶関連業者、製茶機器の業者が集まり、さらに茶園自体も拡大していく好循環が生まれ、現在のお茶生産量トップ不動の地位を獲得した。
そんな静岡県には地域ごとに特色あるブランド茶がいくつもある。透明感のある黄金色と口に含んだ時の爽やかさが最大の特徴とされる「川根茶」、上品かつ軽やか、苦みもなく老若男女問わず好まれる「掛川茶」、程よい渋みと濃い旨味が魅力の「天竜茶」、徳川家康も愛したと言われるまろやかな旨味と程よい苦みが絶妙な「本山(ほんやま)茶」などである。複数の産地を訪れて飲み比べするのも楽しそうだ。
にほんもので紹介した静岡県の生産者はこちら
静岡と並ぶ一大生産地。早生品種や希少品種なども多い鹿児島の茶
鹿児島県が茶栽培を本格的にスタートさせたのは戦後のこと。茶産地としての歴史は決して長くはないのだが、温暖な気候と広大な平地を利用して、農地の大規模化・機械化を採り入れ一大産地へと急成長を遂げた。
近年では知覧・頴娃(えい)周辺で生産される「知覧茶」や、霧島地方で作られる「霧島茶」など、鹿児島県産であることを全面に出した高品質なお茶が全国的に知られている。「ゆたかみどり」や「さえみどり」など早生(わせ)品種の栽培が盛んなほか、鹿児島県で育成された希少品種の「あさのか」の栽培も行われ、バラエティー豊かな日本茶を楽しめる点も特徴だ。
にほんもので紹介した鹿児島県の生産者はこちら
近年、お茶の産地を訪れる旅を企画する旅行会社もあるという。きれいな水と空気に恵まれた、自然豊かなエリアでその時季にしか見られない新緑の茶畑が生み出す美しい景色を楽しみながら、淹れ立てのお茶を味わうひとときは、最高のぜいたくと言えそうだ。
その土地ならではのお茶のストーリーや歴史を巡る旅
ここでは、にほんものが取材した中でも、旅気分を盛り上げてくれそうなお茶を紹介したい。
旅の列車で出会うお茶 ~長崎・そのぎ茶の茶農家や佐賀・嬉野茶の茶農家が九州の列車用にお茶をプロデュース
車窓風景を眺めながら、旅情に浸れる列車の旅。お供には美味しいご当地のお茶。そんな旅を楽しめる列車が、観光列車の宝庫・九州にある。にほんもので取材した茶産地のお茶を採用している列車を紹介したい。
JR九州が運行するクルーズトレイン 「ななつ星 in九州」に日本茶を提供しているのが、長崎県東彼杵(ひがしそのぎ)の茶農家・茶友だ。ななつ星でいただけるのは、同社の看板商品であり、農林水産大臣賞や天皇杯、また一般の消費者が評価を決める「日本茶AWARD」などで数々の賞を受賞してきた「あさつゆ」という銘柄のお茶。濃厚でありながら渋み・苦味がほとんどなく、甘みと旨みが特徴。このお茶に使われている茶葉「あさつゆ」という品種の栽培面積は、日本の茶畑全体の1%ほど。日本初の豪華寝台列車にふさわしい、希少なお茶だ。
住所:長崎県東彼杵郡東彼杵町一ッ石郷874
佐賀・長崎間を走るJR九州の観光列車「ふたつ星4047」で販売されているのは、佐賀県嬉野市で四代続く茶農家・副島園がプロデュースした「ふたつ星うれしの茶」だ。使われている品種は、茶友と同じく「あさつゆ」。減農薬栽培にこだわる同園がこのお茶専用につくった茶畑で丹精込めて育てている。その味わいは天然玉露とも謳われる「あさつゆ」ならではのまろやかな風味と旨味、余韻に残る嫌味の無い甘みが特徴。
お茶の葉を乳酸発酵させる、重要無形民俗文化財のお茶
徳島県東部の小さな町、上勝町。この町で作られる阿波晩茶(あわばんちゃ)は、乳酸菌を使って茶葉を発酵させた後発酵茶(こうはっこうちゃ)で、2021年に国の「重要無形民俗文化財」に指定された。
阿波晩茶は地元の女性たちによって作られる。藪の中を分け入って自生したお茶の木を見つけては葉を摘み、枝やゴミを取り除いてから大鍋で茹で、機械を使って揉みこんでいく。その葉を桶に移すと、今度は長靴を履いた人が踏みながら空気を追い出し、茹で汁を注ぎ込んでから石で重しをして4週間ほど漬け込むことで、この間に乳酸発酵が起こる。通称“漬物茶”。漬け込んでいる間に茶葉が発酵し、甘酸っぱくまろやかで独特の風味が生まれるところも漬物と同じだ。漬け込んだ茶葉を天日で乾かすと出来上がる。
地域の人々が助け合いながら、それぞれの家庭に伝わるレシピで作り継いできた、ここにしかないお茶は、味わいも各家庭ごとの特徴がある。現地を訪れて味わう価値がありそうだ。
伝統の火を消さないように。400年以上続く完全発酵茶
高知県長岡郡大豊町で400年以上にわたって作られてきた完全発酵茶「碁石茶」は、昭和の終わりに生産者が1軒だけとなり、消滅の危機を迎えたことも。消えかけていた伝統の火を守るため、現在は組合を結成して生産を続けている。
大豊町にしかいない微生物やカビ菌による発酵が味の決め手のこのお茶。お茶づくりの工程に使用する敷物である「ムシロ」や発酵中の保管庫である「榁(むろ)」などに着いている微生物たちが「碁石茶」にとって大事な仕事をする。この土地でしか生まれない唯一無二の味わいと言っても良い。
「ムシロ」についた微生物やカビ菌による「カビ付け」と榁での「漬け込み」の二段階で発酵させるこのお茶は、酸味とまろやかさを合わせ持つ複雑な味わいを生むだけでなく、植物性乳酸菌の含有量を増やしてくれる。その量はなんとプーアル茶の23倍以上ともいわれ、整腸作用や花粉症、インフルエンザ予防、高脂血症、動脈硬化の抑制効果や血圧低下作用があるなど、注目の効果が学会などで発表されている。
このように微生物で発酵させて作るお茶は世界的にも珍しいという。その味や効能、個性にぜひ触れて欲しい。
日本茶を極めた茶師十段のお茶、その作り方を知って味わいたい
産地・品種・製法とも多種多様な日本茶。「どれを選べばいいかわからない」「間違いのないものを選びたい」という人に参考にしていただきたいのが「茶師十段」というキーワードだ。(正しくは茶審査技術十段)
茶師とは、農家が生産した荒茶を買い付け、茶葉の特徴を見極めながらブレンドし、火入れなどさまざまな工程を経て最終商品に加工する人のこと。
そのために必要とされる茶の審査技術・鑑別能力を高めるため、1956年から毎年開催されているのが「全国茶審査技術競技大会」だ。同大会で実施される「品種当て」「茶期当て」「産地当て」「飲用」による産地当ての4つの競技において最高位の十段を取得した茶師に与えられるのが、茶師十段の称号。この称号を持つ人は2022年時点で全国にわずか18人。日本茶を知り尽くした最高峰のプロだ。
にほんものではこれまでに7人の茶審査技術十段のもとを訪れ、お茶づくりに向き合う真摯な姿勢を取材してきた。
八女茶、宇治茶など有名ブランド茶を手掛ける茶師も。必読です。
新たなフェーズを迎えた日本の茶業のこれから
長い歴史の中で築き上げられてきた日本のお茶文化だが、国内のお茶の生産量は減少傾向にある。
農林水産省「茶をめぐる情勢」(令和4年10月)によると、この20年の統計によると茶農家の数は半数以下に減少し、茶葉の平均単価においては25%程下がっている。
2021年の全国の荒茶の生産量は、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻だった2020年に巣篭もり需要などで多少盛り返したものの、この十数年を見ると緩やかな下降傾向にあるといえる。
一方で、お茶の輸出額はここ10年右肩上がりの成長をみせており、2021年には204億円と過去最高に。形状としては「粉末状茶」(抹茶含む)が多く、全輸出額の半分以上を占めるのはアメリカだ。抹茶ラテやスイーツのフレーバーなど抹茶人気が高いだけでなく、健康志向やオーガニック志向の強い層に無糖の緑茶が支持されているほか、シリコンバレーにあるIT企業では集中力を高めるワークコンディショニング飲料として緑茶が無料提供されている例もあるという。海外からの日本茶への注目度は高まっているといえそうだ。
にほんもので取材した生産者の中にも、世界に向けて挑戦する姿が多く見られた。また、積極的に直販に取り組み、コロナ禍のステイホームに端を発した自宅需要、個人需要にうまく対応し、ブランディングや顧客の囲い込みに成功している生産者もいる。そうしたひとりであり、海外との取引も盛んな長崎県東彼杵郡の生産農家「茶友」の松尾政敏さんは、次のように話している。
「急須で淹れるお茶は素晴らしいけれど、その手間をかけなくても美味しい飲み方を茶業界も提案しないといけない。今の生活、今の人たちに求められている日本茶のあり方って何だろう?ということも考えていく時期にきていると思います」
新たなフェーズを迎えた日本の茶業界。その中で生き残る形を模索する生産者の努力と、代々受け継がれてきたお茶作りの技術は、これからも美味しいお茶をもたらしてくれるはずだ。お茶の火を絶やさぬよう、情熱を燃やし続ける全国の生産者たちの姿を、にほんものはこれからも追い続ける。
その他にほんものが訪ねた、お茶にまつわるプロフェッショナルたち
にほんものがこれまでに取材したお茶のプロフェッショナルはたくさん。記事の中で紹介しきれなかった人たちをここで紹介します。
如何でしたでしょうか。「飲んでみたい」「贈ってみたい」「訪ねてみたい」そんなお茶に出会えましたでしょうか。
にほんものがぜひ皆さんにおすすめしたいのが、生産者の方々に大切に育てられたお茶をまず味わってみることです。ふわりと立ち上る香りや、飲むだけでほっこりさせられる充足感など「いいお茶」はお茶を味わう喜びと楽しみを、あなたの五感いっぱいに伝えてくれます。
そうしたお茶を知れば、お気に入りのお茶をきっと大切な人たちにふるまいたくなるはず。そして、お茶のことをもっと知りたくなるでしょう。そんなとき、にほんものの記事を参考に、お茶との出会いを楽しんでもらえたら嬉しいです。
知れば知るほど奥が深いお茶の世界。日本には、まだまだ知ってほしい素晴らしいお茶や生産者たちの物語が数多くあります。にほんものでは、これからもそうした物語を発信しながら、日本を代表する大切な文化「お茶」の世界を、もっと身近に感じて頂けるよう、お茶業界全体を応援していきます。