江戸で4代続く表具師の家
「今は孫といっしょに仕事をできるのが幸せ」と語るのは、大正時代から続く江戸表具師の2代目である前川八十治(まえかわやそじ)さん。表具師(ひょうぐし)とは、巻物、掛物、屛風やふすまなどの表装をする職人のこと。息子さんの前川治さん、そしてお孫さんもこの仕事を継いで、4代続く家業となった。
八十治さんが若いころ、第二次世界大戦という悲劇が起きた。空襲があり、東京は焼け野原になった。食べるだけで精一杯。みんなそうして生きていた。そのなかで、同業者たちの多くは勤めに出たというが、「糊と刷毛さえあれば食っていける」と前川さんはこの仕事を続けたという。
「あそこに頼めば、という気持ちをもってもらえれば、仕事は増える。そう思ってやり続けたんです。その思いは今でも変わりません」
苦労が続いたが、7、8年経つと次第に仕事が増えていったという。丁寧で根気強い前川さんの仕事が評価されたのだ。
表具師の仕事
表具師の仕事内容は多岐にわたる。もともとは仏教伝来と共に経典の表装技術としてその技術は伝わったとされる。以後、床の間が生まれ、茶道の興隆により需要が増えて、軸装を主とし、天井や壁、ほかには屏風や襖などの装丁や修復など幅広い仕事をするようになった。また、作って終わりという仕事ではなくて、張替えなどの修繕も主な仕事だ。
100年前の襖も現役
例えば襖。襖は横11本、縦3本の骨でできている。骨屋さんがしっかりと骨組みを作り、縁屋さんが丁寧に仕事をしたうえで、表具師の登場。数枚の紙を重ねるが、6工程ある下貼り作業の1つ「蓑張(みのばり)」は、骨組みとその周りの紙にだけしか糊をつけないのだという。この作り方なら、紙の間に空気の層ができるので、音が漏れないのだそう。
しかも「下地にする紙をしっかり作業すれば、100年前に作ったものでも大丈夫」だという。物によっては100年から200年もつものもあるという。先日行った信州の旧家での作業は何と120年ぶりの襖の張替え作業だったそうだ。
掛け軸という芸術
表具師の仕事は言ってみれば”よりよく見せる”仕事。つまり主役の絵や書はお客さんが持ってきて、表具師はその装丁をする。掛け軸がいい例だ。まず生地の和紙を選ぶ。「お客様の持ってきた絵を最大限に引き立てるのが仕事。」だと八十治さんは言い切る。
中田が「お客さんの好みもあると思うんですが、掛け軸のお仕事をするときはどんなことを話し合うんですか?」と聞く。
「まずは、お茶席用か、仏事用なら流派やお宗旨を聞く。決まりごとがありますからね。それから絵を見て、季節をみて、ならば春のものにするか、ならば秋にするかと話し合う。それならば牡丹の花と、水の柄を使おうかといった具合に」
どうしても絵だけに目がいってしまいがちだが、掛け軸はかかっているその姿全体でひとつの作品なのだ。その姿を作りだすのは表具師の力によるところが大きい。サイズも1000年の歴史のなかで見栄えのいい形が培われてきたと前川さんは話す。あとは主役の絵に合わせて、感覚的に微調整をしていく。
最後に治さんはこう言った。「お茶の席、仏間、掛け軸の中にある約束事は、人に嫌な思いをさせないという気遣いです。すごくいい文化ですよね」