銅の器で飲むコーヒー
中田の前に二杯のアイスコーヒー。ひとつはガラスのコップに入ったもの。もうひとつは銅でできたカップに入ったもの。飲み比べる。
「あ、銅の方が苦味が少ない」そう中田が驚くと、「そうなんです。銅のカップだと角がとれるんです。銅イオンの作用で。コーヒーだけじゃなくて、お酒もお水もまろやかになるんです」と、玉川基行さんは答えてくれた。
「あと、銅のほうが冷たい気がする」
「それも銅という素材がもたらす効果なんです」
「じゃあ、ワイングラスも作れるんですか?」
「残念ながら、ワインだけは合わないんです…。香りが抜けてしまう」
日本酒もさることながら、ワインも大好きな中田もちょっと残念そうな顔をしていた。
一枚の銅の板を、叩いて縮める
「鎚起銅器(ついきどうき)」は燕市に古くから伝わる地場産業。現在では国内唯一の生産地となっている。この地で約200年の伝統を守る玉川堂の七代目 玉川基行さんにお話を伺う。
その技法は文字通り、鎚で銅を打って作る。驚くのは、ほとんどすべて、一枚の銅の板から作るということ。作業台に据え付けられた「鳥口」という鉄の突起の上に銅の板を乗せ、丁寧に叩いて、少しずつ形を整えていく。それを玉川さんは「叩いて縮める」と表現する。
しかしこの「叩いて縮める」というのがなかなかイメージしにくい。
中田も「叩いて伸ばすっていうのならわかるんだけどな」と首をひねっていた。
そして工房へ。この日は中田も、ぐい呑み作りを体験させていただくことになった。指導役の玉川達士さんが金鎚で銅の板を叩く。「じゃあ、中田さんも」といって玉川さんが金鎚と銅の板を手渡してくれた。見ようみまねで、叩く。しかし、これが想像以上に難しい。中田はだんだん無口に。そして…
「いっそのこと、火で焼いたときに、手で曲げたほうが楽だよ!」
そう叫んでしまうほど、難しい作業なのだ。それでもご指導のもと何とか形を作り上げ、次の工程へ。
魅了する、深い色合い
できあがったぐいのみを火炉で熱し、錫を溶かして膜を貼らせる。
そして最後に硫化カリウムの液に浸し、人工的に錆びさせて、その色を定着させる。
そこから、表面を磨くことで色を変えることもできるが、中田はこの段階の青く光る黒の色を選択した。「実際にやってみると、この難しさは…」と、手にした感慨もひとしおだ。
鎚起銅器の大きな魅力のひとつ、それはこの最後の工程で得られる質感の美しさだろう。深い色合いと柔らかい光沢は見ているだけでため息がでるほど。脈々と受け継がる職人の技術によって、1枚の銅の板からこれほど美しい食器が作られるのだ。