一流料理人も絶賛する、信楽の陶匠・中川一辺陶の“究極の土鍋”

一流料理人も絶賛する、信楽の陶匠・中川一辺陶の“究極の土鍋”

唯一無二の土鍋づくりに定評がある信楽の土鍋作家、「雲井窯」当主の中川一辺陶。一流料理人たちの無理難題ともいえる注文も、経験に裏打ちされた柔軟な発想で可能にしてきた。何十年も石室に貯蔵された門外不出の信楽の陶土を使い、比類ない耐久性と美味しさを兼ね備えた“究極の土鍋”を作り上げる。


土鍋一筋に40年

信楽の名窯として名高い「雲井窯」の九代目・中川一辺陶さんは、日本を代表する土鍋作家のひとり。高級料亭やホテルなど、全国の一流料理人から依頼をうけ、主に業務用の土鍋を作り続けてきた。相手は味覚を知り尽くしたプロ。その難易度の高い注文に応えるのは並大抵のことではない。土鍋一筋40年。その長い道のりのなかで、さまざまな“究極の土鍋”を生み出してきた。


粘土質の土壌に恵まれた信楽

雲井窯は、陶器の産地として知られる滋賀県甲賀市信楽町にある老舗窯元。その歴史は古く、1980年に京都で創業。戦後、信楽の旧雲井村に築窯し「雲井窯」と命名した。

「信楽は400万年前は琵琶湖の底だった。だから、焼き物に適した粘土質の土壌が豊富なんです」と中川さん。良質な陶土に恵まれた信楽は、日本六古窯として日本遺産にも認定される焼き物の産地だ。


そんな信楽で父親の代までは、茶碗やお皿などの焼き物もつくっていたが、中川さんが跡を継いだ1950年代から、業務用に特化した土鍋をつくるようになった。


土鍋づくりの原点は「すっぽん鍋」

中川さんが土鍋に専念し始めるきっかけとなったのが、京都市にある日本一のすっぽん料理店「大市」からの依頼だった。すっぽん鍋は 1600℃という高温で一気に炊き上げるため、その火力に耐える強さが必要となる。ただ強いだけでなく、吸水性も重要。「すっぽん鍋の味をきめるのは、食材の質が5割、土鍋の質が5割と、当時の店主堀井さんから言われてました。すっぽんのだしが鍋に染み込み、使うほどに旨みがいい具合に染みでてくる。そんな土鍋が求められていたんですね」。

納得する土鍋にたどりつくまでは20年もの歳月を要したが、完成した土鍋は“呼吸する鍋”と称され、多方面より評価されている。

大市の十八代目店主青山さんも「中川先生のこだわりの土鍋は大市の宝です」と評する。中川さんの“呼吸する鍋”が、すっぽん料理の名店を支えてきたと言っても過言ではない。


使い込むほどに成長するオーダーメイドの土鍋

数多くの料理人から注文をうける中川さんだが、ひとつとして同じ土鍋はつくらない。中川さんに案内された「お鍋の部屋」には、これまでに作った作品の一部が並べられていた。ざるの形を模した湯豆腐鍋、ふぐの親子を模したふぐ鍋、IH用の蒸し器や陶製のアイランドキッチンまで。色や形もさまざまで見てるだけでワクワクする独創的な鍋の数々。ユニークな遊び心を持ち合わせた、中川さんのお茶目な一面も伺える。

「料理屋さんに納品した時点では鍋はまだ未完成。店それぞれに、火の強さや、ダシの染み込み方があります。ですから、何度も使い込まれてようやく、その店ならではの土鍋に成長します」。毎日使用されるプロの現場では土鍋が数年で割れてしまうのはよくあること。ところが中川さんの土鍋は4~5年もつのが当たり前で、なかには10年以上もつ土鍋もあるという。成長するための耐久性と、食事の場を華やかに盛り上げる美しさを兼ね備えた土鍋だ。


家庭で美味しいご飯が炊ける「御飯鍋」

家庭でも使える中川さんの土鍋として販売されているのが「御飯鍋」。美味しいご飯を炊くために開発された土鍋で、一合半炊きから五合炊きまでサイズ展開されている。艶ある色味が独特で、そのまま食卓に運び、器としての美しさも楽しめる。

受注生産のため注文から納品まで3ヶ月待ちとなっているが、注文が途切れない人気商品だ。


厚みや形状に緻密なこだわり


美味しいご飯を炊くために工夫したのは鍋の厚み。一般的な土鍋の2~3倍の厚みがあるため、じっくりと熱が入り、米の旨みを引き出す。土鍋の中に小さい水の対流を起こし、ご飯をふっくら炊き上げるために必要な形や蓋の重さも追及した。


この土鍋を愛用する京都の老舗料亭「菊乃井」のご亭主村田吉弘さんは「中川先生は科学者。羽釜の羽の大きさとか計算されてる。美味しいご飯を食べてもらうには中川さんの土鍋が一番」と話す。


土鍋ご飯は意外と簡単


家庭で使用する場合、カセットコンロでも十分美味しく炊ける。細かい火加減も必要なく、強火10分、弱火10分、蒸らし10分という時間配分さえ覚えていればよい。

料理は五感で楽しむもの。ぐつぐつと吹きこぼれる湯気や音も楽しんでほしいと思っています」と中川さん。食卓の上でご飯を炊けば、美味しい匂いで食欲も倍増しそうだ。


土鍋の根幹は土にあり


金属製の鍋にはない温かな肌触り、優れた吸水性で風味豊かな料理を生みだす土鍋。それらはすべて原材料の土に所以する。

「土は自然界のもの。私は、いい土に出会ったときに一生分の土を買いました」。中川さんが選び抜いた土は、石室で貯蔵されている。気温差が激しいと土の中の水分が抜けてしまうため、石室で寝かせることで粘り気と密度の均一性を図っている。


指紋がなくなるほどの粗い土と全面釉薬


土鍋の成形も一筋縄ではいかない。吸水性をもたせるための土は粗く、ろくろと呼ばれる回転台を回すときにも軍手を着用する。ろくろでの成形が始まると、シャリシャリと土が削れる独特の音が響く。「軍手をしないと指紋がなくなります」と中川さんは軽く話すが、指先の感覚に頼って形づくっていく陶芸家が多いなか、軍手をはめてろくろを回す光景はとても珍しいと言えるだろう。

また、美しい艶や色を出す釉薬で、土鍋全面を覆うのも中川さんの特徴。鍋底までしっかりと釉薬がかかっていることで、美しさだけでなく耐久性も高まるのだ。


土鍋は科学。緻密な計算も必要


工房には昭和初期の登り窯も残されているが、土鍋の焼成にはコンピューター制御された最先端の電気窯を使用する。0.5度単位で温度管理ができ、1200度以上の高温で焼成するためだ。

「焼き物って嘘をつかないから、ショートカットすればそれも作品にでちゃう。真剣に向き合うからこそどう答えてくれるのか、焼き上がりを待つ時間が一番楽しい」。

こうして3ヶ月の時間をかけ土鍋が完成する。


自然や資源が循環する工房で弟子とともに

中川さんが設計したギャラリー兼工房は、高級旅館のような上品な佇まい。建物はRCと木造のハイブリッド構造で、内装に信楽で育った木や、土壁、竹、縄などが使われている。それは、自然素材が土鍋づくりに欠かせない温度管理、湿度管理に一役かってくれるから。土鍋を窯で焼く際にでる排熱は床暖房に使用。太陽光発電も併用し、製造工程でのCO2の排出量ゼロ換算を目指している。「自然の力がなければ私の作品は生まれない。人も地球も心地よい環境を整えました」。

そんな工房の中で、現在は10人ほどの弟子が工程を分担し作業を進めている。なかには修行歴23年を超える人も。切磋琢磨しながらチームプレイで土鍋づくりにいそしむ。


和食とともに世界へ羽ばたく


2013年、和食がユネスコ世界無形文化遺産に登録された。それにともない、日本の食材や調理技術はもちろん、調理道具も世界から注目されるようになるだろう。和食が世界で認められたように、中川さんの土鍋が世界で認められ、これまでになかった新しい注文が舞い込むかもしれない。

「日本の素晴らしい技術が世界に知られるようになるのは嬉しいですよね。そのためにも日本人がもっと日本の文化を知り、大切に継承しないといけません」。


この先も最高の“黒子”として


「中川さんの土鍋なしでは料理が完成しない」と賞賛する料理人も数多い。その言葉にも「土鍋は料理の“黒子”なんです。日本料理は奥深いので、それぞれの料理の味が引き出せる土鍋づくりにこれからも邁進します」とあくまで謙虚な姿勢は崩さない。

一流料理人たちの黒子として、また、世界へ羽ばたく日本料理の黒子として、至向の陶匠の挑戦は続いていく。

ACCESS

雲井窯
滋賀県甲賀市信楽町⻩瀬2808-149
TEL 0748-83-1300
URL https://www.kumoigama.co.jp/