産地にとらわれない越前漆器の木地師が作る佇まいの美しい器 ろくろ舎 酒井義夫さん

産地にとらわれない越前漆器の木地師が作る佇まいの美しい器 ろくろ舎 酒井義夫さん

伝統工芸「越前漆器」の産地である福井県鯖江市河和田(かわだ)地区で、工房「ろくろ舎」を構える酒井義夫さんは、木地師だけが知る木目の美しさを生かしたミニマムなデザインの器を考案・商品化し全国を回ってオーダーを受け、若い世代を中心に全国にファンを獲得している。


縮小傾向にある木地師の仕事



福井県のほぼ中央に位置する鯖江市の東部の山間にある河和田地区は、1500年以上続くとされる「越前漆器」の産地だ。漆器制作は分業制で、現在でも木地作り、下塗り、中塗り、上塗り、装飾などといった専門技術に長けた職人が各々で工房を構えて自立している。


その中で、木地作りの職人はろくろを回して木に刃を当て、椀や盆などをくり抜いて作るため、木地屋またはろくろ師とも呼ばれる。福井県でも、全国的な知名度を誇る福井県恐竜博物館(勝山市)の比較的近く、丹生群越前町(にゅうぐんえちぜんちょう)に「六呂師」という地名が残るほど木地師が活躍していたことがうかがえる。


しかし現在木地づくりは、プラスチックなど型抜きできる安価な素材の普及によって縮小傾向にあり、椀を作る木地屋は河和田にわずか数軒が残るのみ。「斜陽」とも表現される木地屋業界に、北海道・小樽出身の酒井さんが飛び込んだのは15年前のことだ。


木地師だけが知る、木目の美しさを器に活かす



酒井さんが自ら考案し、商品化した器「BASE」シリーズは、縦長のがっしりしたデザインに木目の美しさが映え、陶器のような高台を持つのが特長。生漆や黒漆を塗って布で拭き取る作業を繰り返す「拭き漆」の技法で仕上げているので、本来の木目や下地の温かみが楽しめる上に使い込むほどツヤが増してくる。使う素材はミズメザクラやケヤキ、トチ、センなどで、「木地を作っている時に感じた木目の魅力を使う人にも見て欲しかった」と酒井さん。顔料などの色を混ぜない漆を塗ることで、細かい木目に重厚感が出てモダンな雰囲気を醸し出している。


個性的なフォルムのヒントはお膳の器から


無骨ながらも洗練された形のルーツは、酒井さんが好きな古い椀にある。床の上やお膳に器を並べて食事していた中世の頃の器をイメージしていて、石川県能登町で作られていた合鹿椀や李朝の器、祭器をヒントにしたという。高さがあって持ち上げやすく、安定感もある。具だくさんの汁物、スープやご飯を盛っても料理が映える。食卓で使われる際には目立ちすぎないが、棚に他の食器と一緒に並べると直線的なフォルムが存在感を増し、長く付き合うほど時を経て変化する表情に魅了される。


カウンセリングで器のオーダーを受ける


酒井さんの代表的なプロダクトのもうひとつは「オンリー椀」だ。作業ができるよう改造したワゴン「ろくろ車」で全国のショップやイベントに出向き実演を行い、形や塗りを組み合わせるセミオーダーでその人オリジナルの器を作る。材質はケヤキで、形はキホン、ハゾリ(端反り)、ツボミなど5つ。そこに例えば山形県なら「芋煮椀」、長崎県なら「皿うどん用の皿」など、訪れた土地や風土になじんだ形も取り入れる。塗りは、クリア、拭き漆、真塗(しんぬり)など7種類。訪れたお客に対面でカウンセリングしながら必要な形や大きさ、用途を聞いて器の形を決める。さらに手入れの仕方なども丁寧に伝えている。


自由でいたい若者が職人を目指した



次々と新しい試みに取り組む酒井さんは「いつも自由でいたいし、目標や計画性もない。そして我が道を行くタイプ」と自身を分析する。若い頃はデザインスクールに通ったり、海外に出てみたり、25歳まで全国各地を放浪したりと「何をするでもなくぶらぶらしていましたね」。2006年、木工メーカーへの就職を機に河和田地区に移住してきたが長く続かず、鯖江市の後継者育成事業で地元の伝統工芸士に弟子入りし、越前漆器協同組合の研修生として技術を学ぶことになった。


産地での木地師の立ち位置に感じた疑問



3年間の修業の後、2014年に34歳で独立し「ろくろ舎」を設立した。同時に結婚もしたが、経験が少ない職人に下請け仕事の機会は巡ってこなかった。「妻の両親も職人だから、問屋に頭を下げろとか、組合に入れとか心配されました」。しかし、昔ながらのやり方を続けながら衰退していく産地の姿を見ていた酒井さんは疑問を感じたという。


下請けが手掛けた器は、漆器づくりの工程を経て流通に乗っていくだけ。自分の商品の良さを外部に伝える機会はなく、それにいくらの価格がついているのかも知らない。酒井さんは、河和田で作られる椀の質の高さをしっかり伝えれば、使う人に届くと感じていた。


独自企画として生まれた植物プランター


仕事が来ないなら自分で作ろう。展示会に出品し、直接商品の良さをユーザーに伝えるためにオリジナルプロダクトの企画に取り掛かった。


「そもそも食事用の器だけにこだわる必要はない」。そう視点を変え、福井県の県産材である杉の間伐材を用いて作ったのは、植物用プランターだった。「価値の再定義」をコンセプトに最後は土に還る素材を使い、使っていくうちにヒビや割れ、朽ちていく過程の面白さを楽しもうという提案を込めた。


常識に塗り込められない木地師が拓く道



そうして生まれた「TIMBER POT」は、雪深い福井の風雪に耐えた杉の丸太から形を削り出し、無塗装のまま木目の表情の個性を前面に出すデザインとなった。東京・ビックサイトで開かれたインテリアや生活用品デザインの国際見本市「インテリアライフスタイル2015」に出店したところ、最優秀デザイナーに贈られる「young Designer Award」を受賞した。


「TIMBER POT」で大ブレイク


副賞は、世界最大のインテリア見本市であるドイツの「アンビエンテ」への招待。世界中のデザイナーやバイヤーが集う場に立ったことは大きな刺激になった。さらに経済産業省が地方産品を海外へPRするプロジェクト「The WONDER500™)」にも選出。「TIMBER POT」は、環境に寄り添うコンセプトとデザイン性が話題となり、多くのメディアで取り上げられた。


独立からわずか1年。知名度が上がったことでいったんは下請けの仕事が増えたが、その後は徐々に尻すぼみに。その中で酒井さんは、木地師としての自身の技術の未熟な部分を実感するようになったという。



産地イベント「RENEW」で得た手ごたえ


「本格的にろくろを挽いてきた木地師とは、同じ土俵では戦えない」。そんな折、河和田地区を中心に伝統工芸の産地が協力する見本市「RENEW(リニュー)」が開催された。工房見学やトークイベントなどが多数催され、来場者数は3日間で約3万7000人(2022年)と伝統工芸関連のイベントとしては大規模なものだ。


その中で、酒井さんのオンリー椀は訪れた若い世代に好評だった。伝統に興味を持ち、大事にしたいと思う人たちは確実に存在していて、わざわざ地方まで訪れる。「そうした人たちに、ものづくりへの考え方、質へのこだわりを届けることができれば」。


形、塗り、工程、それぞれの工程のサンプルを作り、直接お客様と対面して説明する。そこに突破口を見出した酒井さんは、それまでSNSなどで繋がりを温めてきた知人を頼って、自ら全国に出向くことを決めた。


人と人のつながりに見た「勝ちパターン」



全国的に有名なセレクトショップや地方の小さな雑貨店などを巡り、オーダーで椀づくりを受注するうち「勝ちパターンが見えてきた」。注文の際は先払いだが納期は半年後、それも1〜2万円とけっこうな額だ。それでも酒井さんの器を購入しようとする動機は、場所やブランドではなく人への信用だということが分かった。つまり人(店主)に人(お客)が付いたところに出向き、さらに丁寧に思いを伝えてプロダクトへの信頼を醸成してもらうことがお客の心を動かすのだ。


クラウドファンディングへの挑戦


次に酒井さんが考えたのは、工房そのものを移動させて各地の出先で自分の仕事する姿を見てもらうという、突拍子もないアイデアだった。お客の細かな要望にその場で応え、モノづくりの作業そのものを実感してもらうことが、製品への一番の信頼や興味につながると考えた。現地の木材を素材として使うこともできる。


そうして2020年6月、酒井さんは移動式工房「ろくろ車」の制作のためのクラウドファンディングを立ち上げた。SNSやトークイベントなどで広く熱意を伝えたおかげで、主に都市部の若い世代からの多くの支持でプロジェクトは成功。目標金額の約2倍近くの約330万円の資金が集まった。そうして完成した「ろくろ車」で訪れた地は、15都道府県、20店舗となった。


産地に生きる職人として漆器業界を思う


現在、酒井さんはオリジナルプロダクトの企画を積極的に行っている。職人として駆け出しの頃は6〜7割を占めた下請けの仕事は現在1割程度。9割は自分で作り出した仕事だ。インテリアショップなどとコラボした商品プランニングも引き受け、そうして作り出した仕事を産地の職人たちへ分業している。「産地が少しでもうるおい、残っていくための一助になれれば」と語る。


あらためて向き合う、職人としての自分



モノづくりの仕事が軌道に乗っている現在も、酒井さんは「結局、自分がやってきたことは職人としての王道ではない」と感じているという。

今、最も時間を割くのは、作ることに向き合うこと。工房で過ごす時間を増やし、さらに技術や知識を身につける。木地づくりの歴史や出身地北海道のアイヌの漆器文化にも興味を持って調べている。


「クラフトもデザインもアートもビジネスもしっかり学んだことがないから、その都度調べて勉強するしかなかった。でもいつのまにかそれが血肉になってきたんです」


自身の企画で仕事が増え、産地がうるおう。そんなふうに「みんな」の力でプロジェクトに取り組むことに喜びを感じてきた。しかし今は自分が職人としての力をつけ、技術を磨くことこそを大事に思う。その姿を発信していくことが、産地のモノづくりにまた何かを刻む気がしている。


常識に塗り込められない酒井さんが今後創り出す器はどう変化していくのか。そこには時代に合った木地師の未来も、模様のひとつとして表れていくのかもしれない。


ACCESS

ろくろ舎
福井県鯖江市西袋町512
TEL 0778-42-6523
URL http://rokurosha.jp/