楮にこだわった和紙
越前和紙を作る岩野市兵衛(いわのいちべえ)さんはこの地で和紙を作り続け9代目になる。越前和紙の主原料は、雁皮(がんぴ)、三椏(みつまた)、楮(こうぞ)、麻など。どの植物も共通して繊維が長く、しなやかで丈夫な紙に仕上がるため、古くは奉書紙として大量に生産された。現在では日本画や木版画などに使用されている。
越前和紙は、他の素材を混ぜ合わせるなど加工方法は多岐にわたるのも特徴だが、岩野市兵衛さんは楮のみで漉く紙をこだわって作り続けてきた。原料の楮は、昔は九頭竜ダムに程近い地域で取れたというが、次第に減少してしまったために、茨城県産の那須楮(なすこうぞ)を取り寄せているのだという。素材そのものの特性を大切にする為、楮を煮るときにソーダ材を使用する以外では漂白材など化学薬品は一切使用しない。
紙漉きを体験する
和紙作りはまず、乾燥した楮の皮を剥ぎ、白皮を大釜で煮て、変色した部分やチリを一つ一つ手で取り除き、さらにたたいて繊維を細かくし、漉舟にためた水に入れて溶かす。この漉舟の中に分散した繊維を、簀桁(すだけ)ですくい取り、前後に揺らして繊維をならす。紙を漉く作業は同じ厚さの紙をつくらなければならず、熟練の技術を要する。
この作業を体験させていただく中田。
しかし、3回ほど水をすくっただけで、簀桁の上には繊維のムラができてしまった。
「これは、コツはあるんですか?」と訊ねるが、「慣れ!慣れしかないわ。」と笑顔の返答が返ってくる。どうやら、漉舟の水が波立っては、綺麗に漉くことができないようだ。
強い和紙、美しい和紙
漉いた和紙は、重ねた状態で水気を絞り、1枚1枚を板に貼りつけ、乾燥室でゆっくり乾燥させる。完成したばかりの和紙を1枚両手で引っ張る岩野市兵衛さん。
「ちょっと、爪をたてないで、ひっぱってみて!」との言葉に、中田もチャレンジする。力いっぱいひっぱるが、紙がやぶれる気配がない。
「さすがの中田さんでも、やぶれないでしょう。お相撲さんでもやぶれないよ。」と、岩野市兵衛さん。
岩野さんの紙を使う木版画家のなかには、1枚の絵を完成させるために200回、300回と色を刷り込むことがあるのだという。そのため、紙の強さは重要だ。また、大変に発色が良いという評判から、多くの作家のご用命を得ているという。書や日本画、浮世絵、その芸術が完成するには、上質の越前和紙の存在が必要不可欠なのだ。