絵描きになりたかったが漆芸の世界へ
漆芸のなかでも沈金作品を得意としている作家が鳥毛清さん。沈金とは、漆を塗った表面に沈金刀といわれる刃物で絵を彫り込み、そこに金粉を擦り込んで絵を浮かび上がらせる技法だ。細かい点描と躍動感のある写実表現が鳥毛さんの作品の最大の魅力。カワセミやトンボ、うさぎ、草花が生き生きと作品の中に佇む。
それはとりもなおさず、鳥毛さんの“画力”に秘密がある。
もともと絵描きになりたかったという鳥毛さん。高校受験の際、絵画の学校ができたと聞いて飛び込んだところが、何と輪島塗の養成学校だったそうだ。
「最初は立体物に絵を入れるのが理解できなかったんです。それに漆は扱いが難しい。漆をやるのは正直つらかった。でもいつからか、漆を説き伏せるのではなく、漆に合わせて生活するようになった。油絵とか彫刻は自分の意志が重要な芸術。でも漆は自分の姿勢や所作が問われるんです」
沈金の緊張感を作品に
学校を出たあと、輪島の人間国宝 前史雄さんのところにも通い沈金の勉強を続けた鳥毛さん。漆の層が厚い輪島塗は沈金に合っているという。一口に漆芸といっても地域によって特徴が異なる。その違いを研究し、沖縄の漆器の道具などの復元にも携わった。その中で見つけた技術も鳥毛さんの表現に生かされている。
「沈金は後悔してはいけない仕事。やりなおしがきかない。思いっきりが良くないとだめなんですよ」。実際に作品に向かう時も下絵を描かないで直接絵を彫っていくのだという。
「そのほうが緊張を楽しめる。彫るときは単調な作業を長時間続けるので、下図を写してから彫ると心のどこかで安心してしまって失敗する、なんてこともある」と話す。作品に表れる凛とした美しさは作品への向き合い方から出てきているものなのだ。
漆だから評価されるというのはちょっと違うかな
わたしたちは物を見るとき「これは漆塗り」、「伝統工芸のひとつ」といろいろな情報を頭に入れてしまいがち。でも鳥毛さんは「伝統だから漆はいい物だ、とは思われたくない」と話してくれた。
「ぱっと見て、綺麗だと思うような作品じゃないといけない。デザインがかっこいいことはとても大事ですよね。一年中飾っておきたいと思うような、存在感や内容が重要だと思います」
もっと現代にアピールするべきだと鳥毛さんは言う。その一例として見せてくれたのが、沈金で描かれた絵本だった。真っ黒と金だけの世界。カラフルな優しい色合いの絵本もいいけれど、黒と金だけ描かれた世界はよりいっそうファンタジックでイメージをふくらませてくれる。
「こうやって現代にあわせた種をまくことも大事。ちょっと変わった絵本を見て子供たちは“これって何でできてるの?”って興味を持つと思うんです。そうしたら“漆だよ”って教えてあげればいい。難しい顔をして、伝統だって言っちゃいけないですよね。これは文化なんだから楽しくやらなきゃ。そうしないと伝わっていかない」
現代に生きているからこそ、現代に通じるデザインやセンスで勝負したい。そう挑戦を続けていきたいと語ってくれた。