歌舞伎、長唄、能の舞台へ立つ。
今回伺ったのは、歌舞伎長唄の囃子方で重要無形文化財保持者の認定を受けている堅田喜三久さん。堅田さんは歌舞伎長唄囃子の望月流、九世望月太左衛門の次男として生まれた。幼い頃から長唄囃子に囲まれて育ち、16歳のころから叔父の堅田喜惣治に師事し、2年後に三世堅田喜三久を襲名した。お兄さんが望月流を継ぎ、自身は堅田流を継ぐことになった。
堅田さんは演奏家として、歌舞伎の囃子方を勤め、時には能舞台でも長唄の演奏会を行うなど様々な舞台で演奏を行っている。
洋楽と邦楽の違いと面白さ。
昔からジャズが好きだったという堅田さんは「囃子の演奏会は切符なんて買ったことないけど、ジャズはちゃんと切符を買って聴きに行きましたよ」と言って笑う。
18歳の頃から洋楽にも挑戦し、お囃子の音を取り入れた洋楽のレコーディングにも参加してきた。
「洋楽の分野に飛び込むことにも恐怖心は少なかった。だからいろいろと勉強にもなりました。洋楽はメトロノームのリズムですね。邦楽では、鼓はドレミなどの音階を使うことはないし、三味線やお琴の“うねり”に正確に打楽器をあてなければいけない。洋楽、邦楽では“狙い”が違う。そういうところがすごく面白かった。厳しくもありましたけどね」
受け継がれる譜面。
とにかくまずは聴いていただくのが一番といって、一冊の手帳を取り出した。そこには○や×のような記号が書き込まれている。「これが譜面なんですよ」とこちらを向いて堅田さんは笑う。
「大事な譜面を戦争があったときにも持っていった人がいた。だって、当時は印刷技術もないですからね、なくしたら終わり。でもね、捕虜になってしまって、この手帳が見つかってしまって、これは暗号だろなんていうふうにも言われたそうですよ」
そう堅田さんが話すように、邦楽の譜面は演奏者にとって大切な物。囃子方の複雑な掛け合いがここに集約されているのだ。素人にはどんな意味なのか全くわからないので、実際に演奏を聞かせていただくことになった。
演奏家の感覚。
譜面を見て、これがタ、これがポンといって堅田さんが鼓を打ってくれる。すると一気に舞台が目の前に広がっていくようだった。次には、小鼓と大鼓で掛け合いも披露してくれた。2種類の鼓の心地よく体に響く音、その軽快な掛け合いに思わず、「ジャズのお話を聞いたからかもしれないですけど、ジャズっぽいリズムのやりとりにも聴こえますよね」と中田が言う。
「うん。たしかにそういうところがあるのかもしれない。鼓の譜面は、三味線と合わせることを前提にした譜面じゃないんです。だけどなぜか三味線とぴったり合う。それを可能にしているのは演奏者の感覚。ここは合わないと思ったらピアノ(弱く)で打って、合うと思ったらフォルテで強く叩く。そういう感覚が必要なんですよ」
ジャズもアドリブは相手に合わせつつ自分の表現をしなくてはいけない。演奏家の感覚に共通するところがあるのかもしれない。
「同じ楽器を使いますが、こうした軽快な音楽と、お能の音楽はまた違う。お囃子の音楽はバラエティーに富んでいるということがいえると思いますね」日本の伝統音楽を担ってきた堅田さんはそう語る。演奏家の感覚によって多彩な舞台を支えるのだ。