金属で自然を描き出す「鍛金家」奥山峰石さん/東京都北区

目次

一代一職という信念で鍛金家に

15歳のときに親元の山形県新庄市を離れて東京へ。それから約60年。鍛金の世界に身をおき、1995年には重要無形文化財保持者に認定された奥山峰石さん。
「実は、芸能界にあこがれがあって上京したんです。けれど、とにかく食べていかなくちゃいけない。それで銀器を作る職人のもとに弟子入りしたんです」
二十歳の頃に仕事をやめたいと感じたとき、「一代一職」という言葉に目が留まった。このとき自然と、ずっとこの仕事をやっていくのだろうと覚悟が決まったという。それから数十年“職人”として腕を振るったが、40歳のときに田中光輝氏に師事し作家の道を歩みだした。
「中学しか出ていない自分が、名前を残すには作品を作るということしかないかもしれないとも思いました」作家としての創作活動は少し遅いスタートだったかもしれない、しかしそれまで実用品を作り続けた日々は、作家奥山峰石の礎になったことは間違いないだろう。

ふたつの技法で生み出す鍛金作品

奥山さんが得意とする技法は、切り嵌(きりばめ)象嵌打ち込み象嵌というふたつの技法だ。
まず紙に描いた下絵を、赤銅(しゃくどう)を圧延した板に写す。その模様を糸鋸で切り出し、器の地金にもその模様と同じ形の穴を開けておく。この2つを合わせて熱して接着をし、金鎚で打ち、嵌め込んでいくという手法が切り嵌象嵌。打ち込み象嵌は、模様を器の表面に接着し、叩いてめり込ませていく手法だ。
切り嵌象嵌は大きな模様に適していて、打ち込み象嵌は細かな部分の表現に適しているという。

豊かな自然を器に表現する

そのふたつの手法により生み出されるのが、奥山さんの作品の特徴である豊かな自然の描写だ。金属を象嵌したとは思えないような繊細な描写は、細やかな枝ぶりや葉、大胆な花を描き出す。ただし、この作業は想像をはるかに超えるほど大変なものだ。中田もハガキサイズの銀の板に、木のモチーフを打ち込む作業を体験させてもらったが、時間も根気もいる作業だった。

伊勢神宮に寄贈した大きな作品では、桜の花びらを1万2千枚も散りばめて描いたそうだ。打ち込み象嵌の技法を用いて、1枚1枚の花びらをすべて叩いて作り出した。その地道な作業が奥山さんの豊かな自然描写を生み出している。

努力を忘れず鍛金と真摯に向き合う

奥山さんはこれまでの作家活動のなかで、納得した作品はひとつもないという。
「叩き終わったあとに、まあまあかなって思うことはありますけど」と笑いながら続けた。「作っていると子どもを見ているみたいに、悪いところばかり見えてきてしまうんです。苦労したところがあるとか。やはりこれまで満足というのは一度もしたことがないです」
お話の最中にまわりを見渡すと書が飾られていた。それは奥山さんが書いたもの。その書道歴も16年だという。ある先生に教えてくださいとお願いしたところ、習うと人の字になってしまうから自分の字を書きなさいと言われたそうだ。あるとき“富士山”を書いた。それにはこんな理由があった。
「山を書いて、心、和を書いた。上に行っても努力を忘れずに頑張るようにという戒めですね。心の和がつながって人間国宝になれたんだという想いで書きました」
重要無形文化財保持者の認定を受け人間国宝と呼ばれるようになってからも、鍛金と真摯に向かい合う日々を過ごす。「仕事場でラジオを聴いているときが一番落ち着きます」と奥山さんは笑っていた。

この日、中田の制作した打ち込み象嵌の作品は奥山さんに仕上げていただき美しく完成した。

ACCESS

鍛金家 奥山峰石
東京都北区
  • URLをコピーしました!
目次