刀に息づく美しさ
「刀ってきれいでしょ」。中田にそう語りかけるのは、伊勢神宮の御神刀を制作するなど、現代の刀匠を牽引するといっても過言ではない刀鍛冶 吉原義人(よしはらよしんど)さん。作品は国内だけでなく海外でも評価が高く、メトロポリタン美術館やボストン美術館にも収蔵されている。 刀の美しさの最大のポイントのひとつが「波紋」。波紋は直線を基調とした直刃(すぐは)も含めて、多くの種類があり、流派や地域によってその特徴は異なる。
吉原さんが得意とする波紋は「丁子乱れ」というもの。波の高低差が高く、大きな波紋を描き、花びらをならべたような華やかな美しさを描き出すのが特徴だ。「刀ってきれいでしょ」と言うように、最初にはっとするほどの迫力に息をのみ、じっと見ているうちに優美さに引き込まれていってしまう。
国宝が多い刀
刀は、人を切るための”武器”。だが、吉原さんは相手の命を絶つための武器というよりも「侍の精神を守るための武器」だという。 「実際に、戦国時代には鉄砲が外国から伝わった。そうなれば、刀は戦場での主力の武器ではない。でも剣術は廃れずに発展していった。刀も同じ。戦国時代以後も名刀がどんどん作られ、大事にされた。実際に戦場で使うことがなくても、腰に下げていた。刀は侍の心の支えだったんですよ」 その証拠として吉原さんが教えてくれたのが、国宝、重要文化財に指定されている数。国宝のなかで一番多いのが刀だというのだ。
さらに「刀身そのものが国宝になっているのは日本ぐらいじゃないでしょうか」と言う。ヨーロッパでは文化財になっている鞘はあるが、その多くは宝石の装飾によるものだそうだ。日本では文化財に指定され、神社に奉納されることに象徴されるように、刀を単に武器として捉えるだけでなく、精神的な拠り所としても捉えていたのだ。
次世代への継承
現在、日本で刀鍛冶として活躍している職人は約300人。しかし、実際に刀鍛冶だけで生計を立てることができるのは、「50人にも満たないのではないか」という。しかも刀鍛冶は免許が必要になる。免許を持つ刀匠のもとで5年の修業をつんだ後に文化庁の試験を受けて国家資格を得なくては、作刀は許されないのだ。
文化の継承を目指し、その狭き門に挑む次世代。吉原さんの工房では常に数名の若いお弟子さんをとっている。年齢制限、性別制限は一切ないのだが「女人禁制というイメージがあるんでしょうね。女性はいないじゃないかな」と吉原さんがいうように、女性は圧倒的に少ない。
工房では、お弟子さんが玉鋼を鍛錬していた。右側にふいご、左側に石炭をくべた炉を前にして、刀を熱しては叩きまた熱しては叩いていく。体力と集中力を要する作業の連続だ。 「難しい技術も、好きだからどんどん覚えていった」そう話す吉原さん。現在は刀身を作るだけでなく、鞘や鍔の制作も行う。日本人が大切にしてきた刀に宿る文化は、刀に魅せられた刀匠の元で着実に継承されているのだ。