出雲市を流れる高瀬川のほとりに、藍染の工房「長田染工場」がある。かつてこの川沿いには数十軒もの染め物屋が軒を連ねていたが、今ではその営みを受け継ぐのはこの工房のみとなった。伝統技法「筒描藍染(つつがきあいぞめ)」を守りながら、藍と向き合い続ける仕事が、今も静かに受け継がれている。
高瀬川とともに続いてきた出雲の藍染

出雲市の市街地を流れる高瀬川。その川沿いに、「長田染工場」はある。創業はおよそ130年前。現在は5代目の長田匡央さんが4代目と共に工房を守り、藍染の仕事を続けている。
工房の建物には長い年月の積み重ねが感じられ、作業場には染めの道具や布が並ぶ。藍染に使われるのは、島根県西部で作られた石見焼の素焼きの甕(かめ)。創業当時には四十数個の藍甕が並んでいたというが、現在残っているのは8つ。それでも当時から受け継がれてきた甕を今も使い続け、藍染が行われている。
出雲で唯一、筒描藍染を受け継ぐ工房
川の水は染色の工程に欠かせず、高瀬川が流れるこの地域は染めの仕事に適した場所だった。しかし時代の変化とともに染め物の需要は減り、工房の数も次第に少なくなっていった。全国を見渡しても、伝統技法「筒描藍染」を受け継ぐ工房はわずか三、四軒ほど。そんな中、「長田染工場」は「筒描藍染」という伝統技法を創業当時から道具も技法も、大きく変わることなく受け継いでいる、全国でも数少ない工房だ。
手描きの力が残る「筒描藍染」とは

「筒描藍染」は、生地に糊で模様を描いてから藍で染める「後染め」の技法のひとつで、染め上がった生地を水ですすぐことで糊で描かれた部分だけが白く残り、模様が浮かび上がる。同じ模様を繰り返し染められる「型染め」とは異なり、手書きならではのゆらぎとダイナミックさが特徴だ。
制作は、代々受け継がれてきた型紙で下絵を付けることから始まる。そこへ筒袋に入れた糊を手で絞り出しながら、線を描いていく。描き終えたあとには米ぬかを振り、糊を固める。
その後、生地は染めと乾燥を十数回繰り返す。藍は空気に触れて酸化することで少しずつ青く発色していくため、回数を重ねるほどに、色は濃く深くなっていく。
最後に目の前に流れる高瀬川で糊を丁寧に洗い落とし、生地を竹竿に広げて乾かす。もちろん、糊の材料には米粉や米ぬか、塩など自然由来のものを使用するなど、環境への配慮もなされている。こうして一枚の布が完成する。大きなものでは、仕上がりまでに三週間以上かかることもあるという。
線に宿る、筒描の繊細な手仕事

模様を描く糊は、餅米100%で作られている。描き終えたあとには米ぬかをふりかけ、染料が布に入り込まないようにする。
糊を均等な太さで出しながら描き続けるには、長年の経験が必要だ。少しでも力加減が変われば、線の太さが変わってしまう。
下書きはあるものの、その通りにただなぞるだけでは面白くない。長田さんはそう話す。「人を立ち止まらせるような、力のあるものを描きたい」その言葉からは、手描きの仕事への強い思いが伝わってくる。
出雲の暮らしに根付いていた藍染の品

かつて出雲の地では、藍染の布は暮らしの中で広く使われていた。とくに婚礼の際には、嫁入り道具として筒描藍染の品が用意されたという。布団や夜具、油たん、風呂敷、提灯袋、傘袋など、日常で使うさまざまな布製品が藍で染められていた。
布の中央には家紋が入り、四隅には鶴や亀、松竹梅などの縁起の良い図柄が描かれるのがスタンダードなデザイン。家の繁栄や夫婦の長寿を願う意味が込められていた。
こうした藍染の布は、暮らしの節目を彩る大切な品でもあった。
使い込むほど深まる藍の色
現在では婚礼文化としての藍染はほとんど見られなくなったが、風呂敷などにはその名残が残っている。
藍染の布は丈夫で、虫にも強いという特徴がある。使い続けるうちに色が布に馴染み、落ち着いた風合いへと変わっていく。
新品のときの鮮やかな藍色も美しいが、時間とともに少しずつ色がやわらぎ、生活の中に溶け込んでいく。その変化も藍染の魅力のひとつだ。
藍という生きた染料

「長田染工場」の藍染の染料となるのは「すくも」と呼ばれる天然の藍だ。タデアイの葉を収穫して乾燥させ、発酵と熟成を繰り返しながら、約100日かけて作られる。
長田家は元々、すくもの一大産地である徳島にルーツがあり、以前は徳島産のすくもを使っていた。現在は兵庫県播磨で作られたものを使用している。播磨の藍染は古くから知られているが、かつて一度衰退し、その後約10年前に復活したという。
天然の藍は手間も時間もかかる染料だが、独特の深い色合いを生み出す。長田染工場では、こうした天然藍を使った染めが続けられている。
「藍は生きている」発酵が生む色の変化

藍甕の中では、微生物が働き続けている。温度や湿度によって状態が変わり、染め上がる色合いも微妙に変化する。
藍甕の中をのぞき込みながら、長田さんはこう話す。
「藍は中で生きているんです」
染めの仕事は、藍の状態を見ながら進められる。夏と冬では発酵の進み方も異なり、色の出方も変わるという。長田さんが特に好むのは冬の「寒染め」。冬の冷たい空気の中で染めると、色がきりっと締まり、落ち着いた藍色になるそうだ。
同じ工程であっても、全く同じ色にはならない。その変化を受け止めながら染めていくことが、藍染の難しさであり面白さでもある。
暮らしの中で使われ続ける藍へ

長田さんは、藍染を特別なものにしたくないと話す。
「もともと藍染は、生活の中で普通に使われていたものなんです」
その言葉の通り、工房ではストールやコースター、ブックカバーなど、現代の暮らしに取り入れやすい製品づくりにも力を入れている。かつて日常の中にあった藍を、もう一度、今の暮らしへと手渡していくような取り組みだ。
長田さんにとって藍染は、単なる仕事ではない。人生であり、生活そのものだ。受け継いできた技法を守るだけでなく、いまの暮らしの中で使われるかたちへと少しずつ変えていく。その積み重ねが、これから先の藍染を作っていくのだ。



