魔法のように変化するガラス
ガラス工芸作家の高橋禎彦(よしひこ)さん。ドイツのガラス工房で仕事をし、海外でも個展を開くなど、世界的に知られる作家だ。1985年から制作の拠点にしている工房で、高橋さんの制作方法を実際に見せていただいた。
中田に説明しながら、高橋さんの手が動く。塊だったガラスはみるみるうちに形をかえていく。ガラスを吹いて膨らませていたのは、丸みをつけるときだけ。あとは、「重さで伸ばすんです」といって、ガラスの付いた吹き竿を下向きに振る。すると溶けたガラスは遠心力を受け、伸びるように形を変えていく。また、飲み口を開く方法も道具を使わず、吹き竿を回し遠心力に任せるのだ。ガラスの温度、やわらかさ、重力、遠心力を感じながら形を作る。まるで、魔法のようにガラスに形をつけていく姿が印象的だった。
「いま、ガラスの加工というのはあらゆる道具を使うことができるんです。とても便利な道具。だたね、その道具を使う理由を考えたけど納得できる答えが出なかった。それで、自分の中にルールを決めたんです。」と語る。そのルールとは、吹き竿を使うこと、溶かすこと。このルールの中で制作するということだった。「例えばね、コップの底は削って仕上げることが多い。でも、自分はできる限り削りたくないことに気がついた。だから削るのもやめました」その言葉のとおり、高橋さんのガラスは柔らかなたわみと、つるりとしたその肌の質感が目に鮮やかだった。
ガラスの”頃合い”を体験する
そして次は中田の番。「はい」と言って手渡された吹き竿を火に入れる。それを取り出して、「頃合いを見て、息を吹きましょう」と高橋さん。「え、頃合いって、どんな!?」と中田がひるんでいると、「いま、いま」と高橋さん。「うん、いいかんじです、じゃあ、振り子みたいに振ってみてください」。言われたとおりに振るとどんどんとガラスが伸びてコップの形に近づいていく。万事がそんなふうに作業が進む。吹き竿を回し続ける中田と、ガラスの温度に気を配る高橋さん。作業を見ているだけではわからない、ガラスという素材の動きや面白さを体験することができた。こうして仕上がったのは大きなコップ。実は、高橋さんがいま最も多く作っているのがガラスのコップなのだ。
ガラスのコップをつくること
「この前たまたま糸井重里さんの事務所と仕事をすることになって、毎日の生活で使うコップばかりで展示をやらないか、ということになり、それをウエブで紹介していただきました。コップのようにじかに触るものは、手で触る、口でも触る、だからいろんなことがじかにわかってしまいます。ある意味ほんとうに敷居が高くて難しい世界です。そんなことがあって、最近はコップばかり作っています。」
これは意外な言葉だ。「敷居が高い」「わかっちゃう」。たしかに、口にするコップは、飲み口が分厚い、薄いという一点だけでもどうにも気になる。
美術品では感じられないこと、それは、物を知るということでもあるのかもしれない。
「どんなコップで飲みたいと思うかは人それぞれだから、ひとつひとつ作るのがいい。町のパン屋みたいに。そういう人との距離感も大事ですね」
「個人オーダーみたいにするのがいいっていうことですか?」
「そう。建築家がそうでしょ。器屋もそうなのかなって思いますね」
長年にわたり、オブジェや独創的な造形を作り出してきた高橋さん。そしていま、ガラスという素材の特性を表情として引き出しながらコップという器を作っている。