地元で生まれた酒米で理想の酒造りに挑む。「尊皇」蔵元・山﨑合資会社/愛知県西尾市

地元で生まれた酒米で理想の酒造りに挑む。「尊皇」蔵元・山﨑合資会社/愛知県西尾市

愛知県西尾市・幡豆(はず)で1903年に創業された山﨑合資会社は、日本酒「尊皇」で知られる老舗蔵元だ。創業以来、幡豆の自然に抱かれながら「地酒は風土が育てる」という信念のもと、酒造りに励んでいる。愛知県奥三河地域で開発された酒米にこだわって造られる酒には、時代に左右されない価値がある。


「尊皇」は大海原を臨む小さな村で生まれた

愛知県西尾市・幡豆地域。南に三河湾を臨む自然豊かなこの地で、山﨑合資会社は1903年に創業した。創業当初から「ほかにはない酒造りを」と理念を掲げ、1920年に「尊皇」を発売。100年以上経った今も、蔵を代表する銘柄として親しまれている。

現在は尊皇のほかに「奥」や「幻々」、「年魚市」など、10種類以上の銘柄を生産。純米大吟醸酒から普通酒までを取りそろえている銘柄もあり、取り扱っている全ての商品を合わせると50種類以上にのぼるという。


愛知県のこってりした味付けに最適な酒

地元・愛知県産の酒米にこだわり、蔵の北に位置する三ヶ根山麓から汲み上げた地下水を使用。「お酒は風土からの贈りもの」だという考えは、創業時から変わらない。江戸時代から日本酒の生産が盛んだった愛知県では、酒粕を二次加工した三河みりんなどの発酵調味料の生産も同時に活発に。そんな背景もあり、三河みりんを使って甘く仕上げた鰻の蒲焼きをはじめ、同県発祥で、旨みや香りが濃厚な赤味噌を使った「どて煮」や「味噌カツ」など、愛知県では味付けが濃いと言われる独自の郷土食が発展していった。その“濃い味”には、山﨑合資会社が造るガツンとした味わいの日本酒が一番合うと、専務の山﨑裕正さんは胸を張る。


奥三河地方で生まれた、酒のための米「夢山水」

尊皇や奥などの主力商品は、すべて愛知県産の酒造米から造られる。その中でも最も品質が高いと言われている「夢山水」は、奥三河地方の地元農家と酒造メーカーの強い希望によって愛知県農業総合試験場の山間農業研究所が育成・開発した山間部向けの米だ。酒造好適米である「山田錦」を母本(ぼほん)に、「チヨニシキ」の姉妹系統である「中部44号」を父本(ふほん)にして、改良を重ねて1998年に誕生した。
2014年には平坦部向けの酒造米「夢吟香」も誕生。この品種は心白がコンパクトで、高度精米が可能というメリットがある。2019年には愛知県産の山田錦も登場し、地元にこだわった酒造米にも選択肢が増えてきた。


日本酒の“奥”を深めた新たな銘柄【奥】

夢山水を100%使って作られるのが、主力銘柄のひとつである奥だ。夢山水をいち早く取り入れたものの、商品化には苦戦。試験醸造を4年繰り返し、ようやく開発された。開発コンセプトは「とにかく香りが高くて、濃いお酒を造る」。その言葉の通り、奥のアルコール度数はどれも18度以上と、日本酒にしてはアルコール度数が高いものばかりだ。山崎さんは「奥は18度以下では成り立たない」と言葉に力を込める。

山﨑合資会社では自家製米で夢山水の精米歩合を22%まで磨き上げ、雑味のない仕上がりを実現。度数も香りも高いのに、雑味がない。開発した先代社長の「日本酒の“奥”が深まった」という強い思いを込め、奥と名付けられたそうだ。

蔵の特徴は含みでわかる、蔵の技術は後味でわかる

山崎さんは「酒を口に含んだときの“含み”がその蔵の特徴だと思うんです。僕は、後味に蔵の技術が出ると思っています」と話す。山崎さんたちの目指す「後味」は雑味のないクリアな味。そのために、温度や湿度の管理は特に徹底している。1993年に冷房、冷蔵完備の蔵を新築。現在では蔵内の全商品を低温貯蔵できるようになった。
また、精米後の米や出来立ての麹を乾燥させる「枯らし」に注力。大きな窓から入る、幡豆の風の力を借りながら、時間をかけて雑味を消していく。この作業を経て造られた酒を初めて口にした山崎さんは、「こんなに違うものなのか」と驚いたそうだ。


「時代に逆行」と言われても…貫きたい矜持

2020年以降、低アルコールで、華やかな香りの日本酒を造る酒造が増えているが、山﨑合資会社は生原酒の取り扱いが多いこともあり、いずれの商品もアルコール度数が高めだ。奥は基本のアルコール度数が18度、尊皇も17度前後。山崎さんは「時代は低アルコールかもしれないですが」と前置きし、「こういった一部の濃いお酒は旨みも強いし、これが好きなコアなファンの方々も必ずいると思う。そういった方のためにも守っていきたい」と胸を張る。


多様化するアルコール業界で次の一手を考える

山崎さんは「世の中にはありとあらゆる酒質があると思うんです。ここから『次の一手』を考えたときに、何を作るかがなかなか思い浮かばない」と正直な胸の内も吐露する。そのために新商品の研究・開発には余念がない。

2013年には、完全ノンアルコール甘酒の「一糀。」を発売。麹造りから瓶詰めまで、これまで長い間培ってきた酒造りの技術をふんだんに注ぎ込んだ。もちろん、米は愛知県産で精米歩合は60%。砂糖不使用ながら、米の甘みをしっかり感じることができる。西尾市の特産品・抹茶や古代米を使用した味も用意されていて、老舗蔵元のまた違った一面を味わえる。


「地酒は風土が育てる」

蔵で作られた酒の7割は愛知県内で消費され、そのほかは全国の特約店などで販売される。これからは販路の拡大や、ブランドの認知工場に力を入れていくという。「うちの蔵は地元の米を地元で醸しているということをもっと発信していきたい。そのことが愛知の食文化を発信することにつながるのかな」と山崎さん。

「地酒は風土が育てているもので、暮らしている人間もこの風土のものを食べている。この蔵の周囲の環境と、抜群に合うお酒を開発していきたい」。創業当時から続く「すべてのものがそうであるように、お酒もまた風土の産物」という理念は120年経っても変わらず、これからも受け継がれ続ける。

ACCESS

尊皇蔵元 山﨑合資会社
愛知県西尾市西幡豆町柿田57
TEL 0563-62-2005
URL https://www.sonnoh.co.jp/