父と息子の二人三脚で10種類もの銘柄米を栽培し、全国最大級の品評会「米・食味分析鑑定コンクール」で上位入賞を果たした「旭農園」。それも親子ともに兼業農家としてだ。すべての時間を農業に従事するわけではなく、外で仕事をする傍ら米作りをして、その実力が評価されたのだから、その努力は並ではないだろう。父が挑んだ高品質の米づくりは長年の努力で実を結び、引き継いだ息子によって効率性も大きく高まった。その歩みは、現代に生きる個人農家にとってひとつの道標といえる。
約10種類の銘柄米を親子で栽培
福井県で唯一の日本百名山「荒島岳」の麓、大野市蕨生(わらびょう)に「旭農園」はある。「九頭竜川(くずりゅうがわ)」の源流域に位置する大野市は“名水のまち”として知られ、農園から九頭竜川までは直線距離でわずか1キロほど。その山から注ぐミネラル分豊富な水で米作りを行なっている。
2021年、旭農園近くに、道の駅「越前おおの 荒島の郷」がオープンし、賑わいを見せている。じつは、その道の駅のフードコート「荒島テラス」で旭農園産の米で作るおにぎりが人気を博しているという。自然豊かで農業も盛んなこのエリアで、なぜ旭農園の米が評価されるのだろうか。その理由は作り手である旭政則さん、政一さん親子の兼業農家ならではの客観的な米作りの視点が影響している。
現状の米作りへの危機感
旭農園は、九頭竜森林組合に勤務する旭政一さんと、父の政則さんが親子で営む。水田は約20ヘクタールで、酒米を含む約10種類もの銘柄の米を親子ふたりだけで栽培している。
1982年、自動車整備業を営みながら家業である農業を手伝っていた政則さんが、代々続く実家の農園を継いだ。当時は地元の主力銘柄であるコシヒカリを中心に栽培していたが、政則さんは現状の米作りに強い危機感を抱いていた。
独自の米作りへの挑戦
米作りに必要な肥料、燃料、機械といったコストは年々上がる。しかし、農家が横並びで同じような米を作っている状況では差別化ができず、米の価格は上がっていかない。せっかく苦労して育てた米が適正な価格で売れない状況に、口惜しい気持ちが増していった。
さらには地元の米が一番と疑わない周囲の雰囲気のなかで、果たして自分が作る米は全国的にどれくらいのレベルにあるのかを確かめたいとも感じていた。
そこで政則さんは、米作りに関して農協からの指導を辞退し、専門誌や書籍を読み漁り、当時最新の情報を求めた。そうした中からこれはと思うものを実際に試し、独自の米作りへの挑戦を始めた。また、作った米は農協を通さないと決めた。政則さんの米作りに共感してくれた卸会社がまとまった量の米を仕入れてくれることになったのが幸いだった。
福井県のお米の美味しさを証明するために
政則さんは、自分が作る米の評価を知るために、全国最大級の品評会「米・食味分析鑑定コンクール」にエントリーした。当初出品した米はコシヒカリ。ある程度通用する自信があったのだが、「結果は散々。見事に自信は打ち砕かれました」と当時を振り返る。しかし、これによって、もっともっと高いレベルの米を作りたい、そして、コンクールで入賞することで自分が作る米のおいしさを証明したいという思いが高まり、政則さんを突き動かしていった。
当時、コンクールでは毎年のように新しい銘柄の米が出品され、高い評価を受けるようになっていた。それに衝撃を受けた政則さんは、コシヒカリに限らず、全国各地で開発された米の銘柄に目を向け、試験的な栽培を繰り返した。政則さんは試行錯誤するなかで、九州のブランド米「にこまる」や、宇都宮大学が開発した「ゆうだい21」など、大野の風土や土壌により適していそうな銘柄を見つけ出し、作付けを増やしてきた。
銘柄ばかりではない。肥料にもこだわり、鶏ふんによる有機栽培を実践。肥料を与える際には、勘に頼らず、日々の平均気温を合計した積算温度などのデータを重視した。
そして旭農園は、コンクールに初めてエントリーしてから14年後の2018年に「あきさかり」で栽培別部門の特別優秀賞を受賞し、続く2019年には「にこまる」で同部門の最高賞となる金賞に輝いた。
「長年蓄積したデータをもとに肥料のコントロールがうまくいき、天候に恵まれたこともあり、受賞につながったのだと思います」と政一さんは振り返る。
認証制度や資格を取得
2017年、旭農園は個人経営の農家として、福井県内初となる農業生産工程管理(GAP)認証を取得した。GAPとは、農作物や農作業の安全性を示す認証制度で、約130項目の規定がある。
旭農園は“良食米(りょうしょくまい)”と“多収米(たしゅうまい”を平行して栽培している。良食米とは炊いた米の外観に光沢があり、食べた時に硬さを感じず粘りのあるものをさすことが多く、「にこまる」や「ゆうだい21」「コシヒカリ」がそれにあたる。一方、多収米は収穫量が多く、主にスーパーやコンビニエンスストアで販売されるおにぎりやお弁当、加工用、飼料などに使われる。その多収米を出荷している卸会社の提案でGAP認証の取得に挑戦し、厳しい規則を見事クリアした。
政則さんと二人三脚で旭農園を支えてきた息子の政一さんは、GAP認証取得に先立って、2016年にGAP指導員の資格を得た。2018年には審査員研修に合格、翌年には土づくりの専門家である施肥技術マイスター、さらにその翌年には農薬管理指導士に認定された。「資格取得の勉強を通して、より良い米作りへの理解が深まり、農園管理を“見える化”できました」と政一さんは話す。
最新技術で農作業を効率化
自分が作る米の価値を上げる努力を長年続けてきた政則さんは2019年、70歳を迎えたのを機に自動車整備の仕事を辞め、旭農園の経営も息子の政一さんに任せてサポート役にまわることに決めた。かくして、旭農園の17代目となった政一さんは、最新の技術を積極的に取り入れ、農作業の効率化を図っている。日報をスマホのアプリで管理し、農機具にGPSを取り付けて農作業を可視化した。さらに、水田を上空からドローンで撮影し、稲穂の色と収穫量との関連性を明確にする試みもスタートさせた。こうした取り組みと、作付けから収穫時期を米の銘柄によってずらすことで、政一さんは森林組合勤務と兼業での農園運営を実現している。
向上する農業を次世代に
2022年、地元・大野市の「おいしいお米コンテスト」の一般部門で政一さんが、特別栽培部門で政則さんが、それぞれ金賞を受賞した。しかし、旭さん親子は「全国にはすごい米農家が数多くあり、うちはまだ300位くらい。これからさらに上を目指していきます」と現状に満足せず、挑戦を続けている。
同年には、高品質な酒米として有名な兵庫県のブランド米「山田錦」の栽培もはじめた。それ以前から旭農園で作っていた酒米「五百万石」は、「花」ブランドで知られる地元の酒蔵「南部酒造場」ですでに使われており、新たに栽培した「山田錦」を試してもらったところ、こちらも非常に評判が良かったという。
さらに、江戸時代に栽培されていたと伝わる石川県の在来種「巾着(きんちゃく)」という米が能登半島の七尾市で復活したことを報道で知り、生産者を訪ねてアドバイスをもらいながら栽培を試した。「白米を食べていなかった時代の米の味を知りたかったが出来は上々」と政則さんは言う。
「父は常に上を目指してきました。父を手本に、米が売れない時代に米の価値を高めて、品質に見合った適正価格を追求していくのが、バトンを受け継いだ自分の役目」と語る政一さん。今後は、旭農園が特に力を入れる品種である「ゆうだい21」や「にこまる」の品質をさらに高めることが目標だ。また、近年開発された新品種「にじのきらめき」の栽培にも取り組んでいる。その米は収穫量の多い多収米の一種。これまで多収米は良食米より味が劣るとされていたが、「にじのきらめき」は良食米に劣らない食味の良さで注目されている。
こうした米づくりで、「旭農園の知名度を高めるだけでなく、この大野市全体が美味しい米の産地であることを伝えたい」と言う政一さんは、まず地域の未来を担う子どもたちに米への興味を持ってもらいたいと、地元の小中学校に「巾着」を無料で提供し、米づくりについての特別授業も行った。
政一さんの息子たちも成長とともに農園を手伝う機会が増えてきたという。政則さんの米づくりは、政一さんによってブラッシュアップされ、さらに次の世代へと受け継がれていく。