北海道三笠市に拠点を置く木工作家・内田 悠さんは、
染めの技法により木の美しさを引き出したこれまでにない器を主に制作しています。
個性豊かな木目の際立つ洗練されたフォルムやシルキーな質感が端正な魅力を放つ内田さんの器は
実用性も申し分なく、暮らしのあらゆるシーンに木の温もりを添えてくれます。
北海道を拠点に活動する木工作家・内田悠さんの作品からは、一本一本が異なる「木」そのものの美しさや個性を感じ取ることができる。それでいて、木工作品らしい温もりばかりでなく、相対するクールな質感も併せ持つ不思議な魅力があるのだ。木々に囲まれた静かな地で、創作を続ける内田さんの世界観を深掘りしていく。
独特の風合いはプロの料理人を魅了する
北海道のほぼ中央、札幌や旭川、新千歳空港からもそれぞれ車で1時間ほどの場所に位置する三笠市。
同市の山あい、木々に囲まれた静かな場所に木工作家·内田悠さんの工房はある。 すぐ隣には彼の作品に加え、親しい作家たちが手がけた品を展示するギャラリースペースと内田さんの器を使った食事が楽しめるカフェ「緑⽉(みつき)」も併設され、一般の人も訪れることができる。
内田さんの工房では、木製の小物や椅子、オーダー家具などの大きな作品まで、幅広い木製品を作っているが、特筆すべきは、ズラッと並ぶ美しい木の器だろう。
内田さんのつくる作品は、「木」それぞれが持つ確かな生命力、個々の美しさをそのまま切り取った手触り。それでいて、木で作られた作品ながら、“木工らしからぬ”クールな質感が特徴。
この従来の木工品のイメージでは説明が難しい独特の風合いこそ、内田作品の個性なのだ。
その独特な風合いから「料理の美味しさを引き出してくれる」と、多くの料理人やバイヤーたちから高い評価を受ける器の数々は、代々木上原のギャラリー「FOOD FOR THOUGHT(フードフォーソート)」や「AELU(アエル)」をはじめ、都内の有名レストランやギャラリーにて展示、販売されている。また2022年には鎌倉のギャラリー「うつわ祥見」にて個展を開催。もちろん内田さんの器が支持を受けているのは関東ばかりではない。
京都の有名⽇本料理店「料 かわしま」やレストラン「LURRA(ルーラ)」など、関西圏でも多くの店が内田さんの器を取り扱っている。
木工を学び、地元にUターンして独立
これだけ幅広いジャンルや地域で高い評価を得ている内田さんだが、木工作家として独立したのは2017年。高校を卒業後は、木とは縁もない北海道岩見沢市の市役所に勤務していた。
そこで目にしたのが、ゴミ集積所で捨てられていた家具たちの姿。使命を全うしたとは言い難い状態に「長く使える家具を作るような、そんな木工に携わりたい」という思いが芽生えたのだという。
こうして市役所を退職した内田さんは、飛騨家具の産地・岐⾩県高山市の「森林たくみ塾」に⼊塾し、木工を学びはじめた。
「家具を作りたくて入ったのですが、入門編としてやりはじめた器のほうに興味を持つようになりました。家具作りを学ぶ傍ら、自己流で器づくりにも挑戦しましたが、そっちの製作に関しては教えてくれる先生もおらず完全なる独学だったので、最初のうちは中々いいものが作れずにいました」と内田さん。
卒塾後は北海道に戻り、家具を作る会社で働きはじめたのだが、頭に浮かぶのは器のことばかり。結局自己流ながらも器作りを続けていた。
「なぜ、いい器が作れないのだろう。こうしたらいいのか、ああするのがいいのかと、気づいたら器作りに没頭し、夢中になっていたんです」
器づくりに魅了された内田さんは、当時出展したクラフトフェアでの好感触もあり、器を中心にした木工作家としての独立を決意する。拠点として選んだのは、自身の故郷である三笠市。ブドウ畑を望む、美しい丘陵地だった。
「いつかは、家族や友人のいる三笠に帰りたいと思っていました。この土地は、地元の山﨑ワイナリーのもの。じつはワイナリーの4代目を務める山﨑太地君が同級生で、工房探しを相談したら『好きに使ってくれていいよ』と言ってくれて」
静かで製作にはもってこいの場所は、あらゆるインスピレーションを与えてくれる。こうして豊かな自然の中での生活を存分に楽しみながら、日々創作に取り組んでいると語ってくれた。
木目を際立たせる鉄媒染のグレー
自然を楽しみ、それを創作にも活かそうという想いは、器の素材である木材選びにも表れている。 「作品にはミズナラや桜、栗、イタヤカエデなど北海道産の樹木を使っています。信頼できる木材屋さんに、丸太の状態で製材してもらい、自然に1年乾燥させた後、⼈⼯乾燥をかけるので素材として使えるまでには2、3年かかりますね」
人の手と時間をじっくりとかけ、ようやく製作に最適な状態になった木を、木工旋盤で部材を回転させてそこに刃物を当てて削りだしていく「挽物」という技法を用いて作品にしていく。
そのままの木目の濃淡や模様が生かされるのが内田作品の特徴。樹種ごと、その木ごとで異なる木目をそのまま器に反映するため、ひとつとして同じ模様になるものはない。
よくある木工品とは一線を画す内田さん独自の風合いは、色彩によるところが大きい。
特に、内田さんの作品の中でも特に独特な風合いを醸すグレーカラーの器は、イタヤカエデという⽊を使い、草⽊染めのような⼿法で色を出す。素材の中に鉄媒染(てつばいせん)液を染み込ませ、素材に含まれるタンニンに反応させると発色し、グレーがかった独特の風合いに染まるのだそう。
また、⽊目にも柔らかい部分と硬い部分があって、柔らかい部分はより⾊濃く染まるのだという。木目の個性次第で濃淡が現れるため、唯一無二の器ができあがる。また木材そのものに含まれるタンニンに加え、柿渋などでタンニンを補充することで、より一層、彩色の濃淡が生まれる。
「2、3回は染める作業を繰り返しています。濃度は常に⼀定でも、⽊によって染まり⽅にばらつきがあるから濃度を調節したり、染めるまでの時間を都度変えたりして、工夫を凝らしているんです」
そのあたりは、内田さんの経験と感性の見せどころ。
器に食事を盛り付けても、水分や油が染みこんで劣化が早まらないよう、液体ガラスを用いて⾊を定着させるなど“使いやすさ”にもこだわっている。独特のマットな質感はガラス塗料のコーティングが一役買っている。
「木」そのものを器に変えるだけ
色以外にも、内田さんが製作のなかで重きを置いているのが“器を素材に合わせる”という点。
「⽊には本来、⽊目という柄がある。その雰囲気を損なわずに、良さだけがにじみ出る形はないかをずっと考えてきました。結果として樹種によって形状をかえるのがいいって気付いたんです」と内田さん。
例えばプレートの縁(リム)。同じリム皿でもイタヤカエデの木で作るのとナラの木を用いるのでは全然形が異なる。⽊が好む型、形っていうのがあるのだと、内田さんは話す。
それは、具体的な言葉では説明できない、感覚的なものだと言う。
北海道の生命力、美しさをさりげなく
内田さんは、自身の作品を語るなかで好きな作家として建築家であり世界的に有名な家具デザイナーでもあるジャン・プルーヴェやフィン・ユールを挙げた。
どちらの作家も「木」の美しさや色、質感を生かしながら、プラスアルファの独創性を持つ作品を世に残している。デザイン性を持ちながら素材の持つ利点を最大限に活かし、日常生活にも生きる実用性を持つ作品の数々は、内田さんの世界観と通じる部分もある。
「かつて家具作りを学んだ高山市には、フィン・ユールの邸宅を再現した建造物があったんです。それが飛騨高山の自然と見事に調和していたのがとても印象的だったのが忘れられません」
それこそフィン・ユール邸といえばナチュラルな配色ではなく、白を基調に赤や青などの差し色がとてもユニークで、どちらかと言えばモダンなイメージ。しかし、それが高山の景観の中に佇むことで、ランドスケープアーキテクトさながら、見事に景観と調和する。見る人にもよるのかもしれないが、少なくとも内田さんの感性はそう感じとったのだろう。
それと同じように、内田さんの器や家具からも、北海道の自然が育んだ木の表情と、独自の視点で見るものの形、美しい色彩感が融合した心地よい違和感を感じ取ることができる。
「自然が生んだ木々の生命力や美しさに自分の手を加えることで、より一層感じさせる、そんな作品づくりを続けていきたい」そう話す内田さん。木ならではの魅力を自分ならではの解釈で形にし、ひたすら唯一無二の作品を作り続け、それはやがて憧れの先人たちのように世界中で評価されていくにちがいない。
染めを施すことで今までにない美しい表情を見せてくれるのも、木の器の奥深さであると思います。1つとして同じもののない木目の美しさを損なわぬよう、シンプルで実用性の高いデザインを心がけて制作しています。日々の食卓に、自然の温もりや彩りを加えてくれる存在になれたら嬉しいです。