古くなっても古くならない植物染料
「これ、いま見ても古くないでしょ」
そう言って、山岸幸一さんが中田に手渡してくれたのは、1971年に織ったという生地。「古くない」という言葉を使うと、例えばその当時、斬新だったデザインが“いまの私たちからしても”古くないというようなことを思い浮かべるかもしれないが、山岸さんの手渡してくれた生地は文字通り「古くない」のだ。
色がまったくあせていない。それどころか、はっきりと色が表情を持って目に飛び込んでくるのだ。「これは植物染料の良さなんです」と山岸さんは言う。ただし、古くならないという事と変わらないというのは違う。
「現代日本は、今が100%で変化しないことをよしとしてしまった。昔は変わっていくことこそがいいことだった。風合いとかいったものがよくなっていく。古くならないというのは“変わること”ができるからこそ、実現できるんです」
糸からこだわる草木染め
山岸さんは染めから織りまで一貫して行う、草木染めの作家だ。もともと織物の家に生まれた山岸さん。仕事を進めるうちに染色に興味を持った。最初は化学染料で糸や生地を染めていたものを使っていたそうだが、草木染めの作家である山崎青樹氏に師事して植物染料のすばらしさに引きこまれていった。
それからいろいろな素材を求め、それを育てる最高の条件が集まっている場所を求めた結果、現在の赤崩にたどり着いた。現在では蚕を飼い、糸を作るところからすべて一貫して製作をしている。ほかにも紅花をはじめ、植物もすべて自分で育てている。つまり、材料すべてを自分で作るというこだわりをもっている。
ものすごく大変ですよね、と中田が思うのも無理はない。でも山岸さんは「いいものを知ってしまったからもう後戻りはできない」と語ってくれた。
和服から洋服への転換期
山岸さんの家業はお父さんの代には和服から洋服への転換期で、いかに西洋に追いつくかを求めるようになった。幸一さんも、ジャガード織機などでドレスものを作っていたが、そのうちに「何か違うな」と感じるようになったという。
それで仕事が終わってから、自分の手足で織る手機の作業を始めたそうだ。機械と手織りでどう違うか、同じ設計で織り比べたりもしたそうだ。そうするとまったく違うものが出来上がった。手織りでおったものは指で押しても指のあとがつかない。そんな不思議な経験もしたそうだ。
手織りの魅力は歪み
山岸さんは手織りの着物の魅力を、「歪みがあること」だという。「その歪みが着やすさにつながっていくんです。着物をまとったときに、人の顔が浮き出る、その人を浮き立たせることができるんです。機械織りにはどうしてもその歪みがない」そう語る。
山岸さんのお話からは、物の成り立ちについて観察し、深く考え、感じ取ったことを着物という形に変化させていくというような一連の流れを感じずにはいられなかった。衣類とは何か、糸とは、色とは?これからも、ひとつひとつ染織を探究し続けていくのだ。