岩手の伝統工芸品、南部鉄器
今回の旅で訪れた金属造形作家の廣瀬さんがデザインした鉄器を製造しているのがここ及源鋳造。創業は1852年。今から160年も前のことである。
南部鉄器の歴史は奥州藤原氏のころに始まるという説があるので、今から約900年前に遡る。現在の滋賀県にあたる近江国から鋳物職人を呼び寄せて根付かせたといわれている。奥州藤原氏の滅亡とともに産業も細くなっていったが、室町時代の初期に復活の兆しを見せ、江戸には地域産業として鋳物業が定着した。そののちに仙台伊達藩の庇護のもと鉄器作りは鉄鍋を中心に仏具なども生産して盛んになる。及源鋳造が創業したのはそうした時代だったということだ。
日本の技術と“砂”が生み出す薄さ
鉄を素材にし、鋳物で鍋などを作る技術はもちろん海外にもある。それでも「技術は日本が一番です」とお話を聞いた代表の及川久仁子さんは胸を張る。なぜなら日本の鉄器は薄くつくることができるから。鋳型を成形する際に使う砂の細かさが群を抜いて優れているのだという。
「どうしてこんなに細かく表面の模様が出るのとよく聞かれるんです。これは砂のおかげですね。こんなに薄くて肌のきれいな鉄瓶を作ることのできる国はほかにはない。正直なところ鉄瓶や急須といったものでは競合相手はいないと思っています」
そんなふうに笑いながら話をしてくれた。たしかに海外の鉄鍋、ホーロー鍋といったものは厚みがありどっしりと重量感がある印象だ。それに比べて目の前にある鉄器はまさに洒脱。すっきりとした立ち姿が印象的だ。
パン焼き器も人気
南部鉄器というといわゆる田舎鍋のようなものがイメージのひとつとしてある。それとともにやはり人気なのが鉄瓶。実際の売れ筋も急須や鉄瓶が多いそうだ。また廣瀬さんのデザインするような現代的な鍋や鉄器も人気だそう。
だけれども及源鋳造にはもうひとつの人気商品がある。それは“パン焼器”。及川さんのお祖母さんであるタミさんの鍋を復元したパン焼き器が人気なのだ。ステンレス製と比べて熱が均一に伝わり、おいしく焼きあがると話題を呼んでいるのだ。
南部鉄器の伝統を繋ぐために
創業900年という歴史を持つ南部鉄器の産地で、現代の生活に適した多様な製品を作り続ける。それだけに伝統を受け継ぐということにも気を遣っている。技術は使わないと保持できない。技術を衰えさせないようにあえて難しい形にもチャレンジもしている。
そのなかで最大の課題は後継者の育成だ。広く知ってもらうためのブランディングも大事だが、そもそも作れる技術、作れる人がいないと始まらない。伝統を受け継ぎ、地場産業である鉄器作りに携わる人の育成にも力を入れている。