自宅工房で紡ぐ伊予絣。伝統工芸を未来へとつなぐ。伊予絣作家・村上君子さん/愛媛県松山市

日本三大絣のひとつであり、愛媛の伝統工芸品の「伊予絣(いよがすり)」。54歳頃から機織りを始めた伊予絣作家の村上君子さん。伝統工芸展への挑戦、そして伊予絣に向き合う姿勢は、まさに“生きること=織ること”を体現している。

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50代で出会った機織りと伊予絣

 1948年生まれ、伊予絣作家として活動する村上さん。機織りを始めたのは、意外にも50歳を越えてから。長年アートフラワー講師として活動していたが、手首の故障をきっかけに作品作りが難しくなり、その道を離れることを決意。以後は「人に教えること」からも距離を置き、自分自身が心から楽しめる、新たな表現を探し始めたという。

 陶芸や木彫など新たな手仕事に挑戦する中で、最も心を惹かれたのが「織り」だった。「幼い頃、通学路に絣工場があって。ちょうど石手川(いしてがわ)沿いの土手で糸を張って作業をされていたんです」。その光景は村上さんの中の原風景。藍で染められた糸を使う紺屋(こんや)たちの仕事を時にはこっそり眺め、子どもながらに遊び心を刺激された記憶が、時を経て心を動かした。機織りの作業は幸いにも、故障していた手の動きとも合っており、この先も続けられる手仕事だった。現代の伊予絣作家、白方宣年(しらかた のぶとし)氏が主宰するイオリ工芸の染織教室に入門し、5年間学んだ。

手間ひまが生む、親しみやすい絣の魅力

 かつて松山を含む伊予地方では、綿花の栽培が行われており、暮らしのなかに木綿を扱う文化が息づくなかで「伊予絣(いよがすり)」は発展した。

 

 絣(かすり)は、織り出された文様の輪郭にかすれたような表情があらわれるのが特徴の織物。経糸(たていと)や緯糸(よこいと)を部分的に括(くく)ることで染料が染み込まない箇所を作り、藍染めを施す。そして白と藍のコントラストが美しい絣独特の風合いを生んでいる。伊予絣は久留米絣(福岡県)・備後絣(広島県)と並んで「日本三大絣」と称されるが、比較的に緯糸にのみ絣糸を用いて織られた絣模様「横絣(よこかすり)」を中心とした構成が多いという。

 「一反で17メートルの糸を仕掛けた場合、緯糸(よこいと)だけで1000ヶ所以上もの括りが必要となることもある」と村上さん。そのため、経糸(たていと)の括りには約1ヶ月程度を要するのに対し、緯糸(よこいと)の括りは2〜3ヶ月かかるなど、手間が非常にかかる工程になるそう。横絣は模様が横方向に連続して展開されるため、繊細かつ規則的な模様表現が可能となるが、その分制作には高度な技術と時間が必要とされる。この特徴が伊予絣の素朴で親しみやすいデザイン性と密接に結びついており、実用的で日常に根ざした織物としての魅力を生み出している。

好奇心をカタチに、緻密に織り仕上げる

 村上さんの伊予絣制作の出発点は、花をモチーフにしたデザインが多かった。しかし、制作を続ける中で、日常生活で感動したものをデザインに取り入れるようになったという。「何度も眺めながら仕上げていく」と語るように、村上さんの作品には好奇心が色濃く反映されている。近年では、道後公園の断層や小惑星探査機「はやぶさ2」など、地球や宇宙にまつわるモチーフが新たなテーマとして登場している。

 デザインが完成すると、模様を正確に織り出すために、糸の括る位置や量を細かく計算し設計する工程に移る。「仕上げる時にもズレないことを心がけています。絣はズレも味わいのひとつと言われますが、私は計算したものが計算通りに仕上げられないと悲しいんです。私の性格でしょうね」と村上さんは笑顔で話す。

工房は自宅、日常に息づく手仕事

 村上さんは工房を持たず、自宅で全工程を一人で手がけている。機織りの作業は全体の2〜3割程度で、ほとんどの時間を染色や糸の準備に費やす。自室ではデザインを考案し、ガレージでは発酵させた藍を使って染色を行う。湿度や温度、そして染液の酸性・アルカリ性を示すpHを測定しながら、藍を最適な状態に保つのも重要な仕事だ。染色は40回ほど繰り返され、仕上がりまでに約1ヶ月を要する。その後、時間をかけて糸を解き、成形していく。

 そしてリビングに置かれた機織り機で織り進める。驚くことに、その機織り機はご夫妻で手作りしたもの。伊予絣会館にあった機織り機を詳しく観察し、村上さんが設計図を描き、ご主人が村上さんの身長に合わせて製作したという。

伝統工芸展への挑戦と伊予絣の伝承

 複数の工程を同時に進めながら、村上さんが1年で仕上げる伊予絣はわずか2~3枚。長い時間をかけて織り上げた作品が完成したときは、胸が高鳴るという。

 2011年には「第45回 日本伝統工芸染織展」にて、伊予紬織着物《薫風の時》が山陽新聞社賞を受賞。その後も完成させた作品を、染色展や日本伝統工芸展などへ積極的に出品している。全国を巡回する日本伝統工芸展への挑戦は、伊予絣を広く知ってもらう貴重な機会。挑戦し続けることが、伝承につながっている。

 2021年には日本工芸会の正会員に認定され、2025年には伊予絣が愛媛県指定無形文化財に指定。村上さんはその技術保持者として認められた。これからも、制作に向き合いながら、伊予絣をカルチャーとして広めていく。

「主婦が台所仕事や掃除の合間に作業をしています。ひとりで少しずつ、楽しみながら。この歳になって打ち込めることがあるのは幸せなことですから」と、村上さんは穏やかに語る。

 50代から始め、「自分が心から楽しめること」を求めてたどり着いた伊予絣。暮らしの中で糸と向き合い、少しずつ仕上げていく作業は、村上さんにとって人生そのものでもある。「いい作品をどれだけ残せるかも挑戦」と語るその姿からは、確かな探究心と、受け継がれてきた伝統工芸の技を未来へとつなげていこうとする意志がにじむ。

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村上 君子
愛媛県松山市
TEL 非公開
URL https://www.instagram.com/iyokasuri.kimiko/
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