「お誕生日おめでとう」の文字を手書きで
「お誕生日おめでとうを手できれいに書きたい」
毎日メールでのやりとりをしているからこそ、本当に伝えたい気持ちは手書きの文字で伝えたい。もらったらやっぱりうれしい。そういう気持ちはだれにでもあるのではないだろうか。
「みなさんそのようにおっしゃって、習いにいらっしゃるのですよ。例えば名前をきれいに書きたいとか。それはすごくいいことですよね。“用の書”というものですね。でもそのうちにみなさん線や空間を考える“表現の書”がわかるようになってきて、はまっていくんです」
お話を伺った矢萩春恵さんはそう答えてくれた。用の書とは、実用としての書。中田の「お誕生日おめでとう」のように、実用のための文字だ。しかしそれがうまく書けるようになると、文字そのものの魅力に気づくようになって、「もっといい字を書きたい」、「面白い表現をしてみたい」と興味が変わっていくのだという。
日頃から文字を書くことが大事
矢萩さんは大学を卒業後、漢字では手島右卿(ゆうけい)、かなでは町春草に師事して書を習う。日展入選後、1974年に初個展を開いた。その後日本各地をはじめ、世界各国でも個展を開催するようになった。その柔らかで表現性に富む書は見るものをひきつけ、世界の人を魅了した。1989年からは3年間、アメリカのハーバード大学で東洋美術史学科の客員教授として書の講座を担当した。学生たちも最初は東洋への興味ということで習い始める人が多かったが、次第に表現の書に魅力を感じてのめりこんでいったそうだ。
最初に矢萩さんが言ったように、きれいな字を書きたいと思っている人は多いのではないだろうか。そこでまず最初に何を学んでほしいかを質問する。
「まずは文字の美しさを知ってほしいと思いますね。楷書でも行書でも、視覚的な美しさがありますよね。線と形、空間から生まれる美しさを知ってほしいですね」実際に練習するときはなにより「文章を書くことが大事」だと言う。日頃から書くことに慣れて、「お誕生日おめでとう」に心をこめるということが大事なのだ。
文字が読めればいい。感覚を表現することが大事。
用の書から表現の書へ。矢萩さんに「笑」という文字を見せてもらう。
「“笑”を正方形に書いては面白くないですよね。ひとつの線を協調するだけでも表情は変わってくる。デッサンをして、色々書いてみるんです。そのなかで表現はできてくる」と矢萩さんは話す。ただし、素人考えではどこまで字を崩していいのかわからない。
そこで中田が「ルールはあるのですか?」と聞くと、「唯一のルールは読めなくてはいけないということ。文字ですから間違えたものを書いてはいけない。これだけです。そのなかで感覚をどう表現するかということですね」と矢萩さんは答えてくれた。また「五體字類」という崩し方の手本があることも教えてもらった。
最後に恒例のお習字の時間。今回も中田英寿という名前を先生に教えてもらう。「リズムが大事」と矢萩さんは言う。「それから絵心もあったほうがいいかな」
五體字類を参考にしながら、いくつかの英という字を見せてもらい、そのなかから好きな「英」を選んで練習する。寿にいたっては110通りもの書き方があった。それを合わせてこれまでに書いたことのない柔和な印象の「英寿」が完成した。
「とてもお上手。リズムがいいですよ。それに素直。ね、だんだん面白くなってきたでしょ」と矢萩さんが笑う横で、中田も楽しそうな顔をして文字を眺めていた。