福島から世界へ。自由な発想の「クラフトサケ」で驚きと感動を届ける「haccoba」の佐藤 太亮さん/福島県南相馬市

ピュアな透明感と初めて味わう美味しさ。福島県南相馬市にある酒蔵「haccoba-Craft Sake Brewery(ハッコウバ クラフトサケブルワリー」が醸すクラフトサケに一瞬で魅了される。移住した地で実験的で自由な酒づくりを軽やかに楽しんでいる代表の佐藤太亮さん。若き醸造家にはクラフトサケで世界を目指す大きな夢と、東日本大震災後の復興を目指す地域への熱い思いがあった。

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復興に取り組む南相馬で始めたゼロからの酒づくり

「みんなで育てる酒蔵」をコンセプトに、2021年2月に誕生した「haccoba-Craft Sake Brewery-」(以下、haccoba)。築50年ほどの民家をリノベーションした酒蔵があるのは、福島県南相馬市小高区(おだかく)。2011年に発生した東日本大震災後の原発事故で一時は全住民が避難した経緯をもつ地域であり、開業当時は「人口ゼロになった町で始める酒づくり」に注目が集まった。

「実は、僕の誕生日は3月11日なんです。震災時は埼玉で暮らしていたのですが、毎年誕生日を迎えるたびに、被災した地域のために何もできていないというもどかしさがあり、いつか地域の復興の手助けになる活動をしたいと思っていました」と話す。

醗酵文化の美しさに魅せられて酒造業へ

大学生の頃に日本酒にはまった佐藤さんは、卒業後はIT系企業に勤務し、その後、転職した企業で「日本酒系のスタートアップ」に出会う。そこで自分たちも新しい酒蔵を創ることができることを知り、大好きなお酒を生業とする酒蔵の開業を目指すようになった。その理由を、「好きな日本酒を通して発酵文化の美しさと奥深さに感動したからです」と話す。

開業にあたって、改めて居酒屋で飲んで「世界一美味しい!」と感動した日本酒「REGULUS(レグルス)」の醸造元で、「越乃男山」や「あべ」シリーズで知られる「阿部酒造」(新潟県柏崎市)を訪ね、酒造りの技術を学んだ。そして、1年間の修業の後、現在地に酒蔵を立ち上げた。27歳の時だった。

地域の酒蔵としてゼロから始められることもポジティブに捉えていたという佐藤さん。2014年より南相馬市小高区で事業創出に取り組んでいた「小高ワーカーズベース」の代表・和田智行さんとの出会いもhaccoba立ち上げを加速させた。「酒蔵用の空き物件を探す中でなかなかいい物件がなくて悩んでいた時に和田さんからこの家をご紹介いただきました」。

原発被災地の地域創生や復興に向き合い、真摯に取り組む人々との出会いもあり、応援してくれる人がたくさんいたこともこの地を選ぶ決め手に。自治体からの起業支援も安心感をもたらした。また、奥様のみずきさんが福島県いわき市出身ということで、より身近に感じられたそう。

現在の南相馬市小高区には以前から暮らしていた住民のほか、起業する若い世代が全国から集まり、新たな事業と街づくりの取り組みが進んでいる。

つくり手の個性が光る「クラフトサケ」は振り幅も魅力

haccobaが手がけるクラフトサケは、酒税法上、「清酒」ではなく、「その他の醸造酒」に区分されるため「日本酒」と名乗ることができない。また現在、日本酒を造る「清酒製造免許」は新規で発行されることがほとんどないため、酒造業を目指す若い世代はクラフトサケに夢と活路を見出している。佐藤さんもその一人だ。

「ただ、2020年に酒税法が改正され、日本国内の流通は行わず、輸出向けに販売する日本酒を造る場合のみ、新規製造免許が発行されるようになりました。こうした流れから、今後は法規制も変わっていくのではないかと期待しています」。

人気が高まっている新ジャンルのお酒「クラフトサケ」

日本酒(清酒)は米と米麹と水を発酵させた“もろみ”をこしたもので、他に使える原料は醸造アルコールや糖類など限りがあるが、クラフトサケはもろみを搾らないものや、発酵時にフルーツやハーブなどの副原料を入れるなど、日本酒とは違う工程で作られる。

クラフトサケブリュワリー協会によると、「クラフトサケ」とは、日本酒(清酒)の製造技術をベースに、従来の日本酒では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルの米のお酒のこと。近年つくる酒蔵が増えていて、酒質も格段にレベルアップし、着々と人気と勢力を拡大中だ。

「クラフトサケの強みは、自由に挑戦できることだと思います。自分たちの酒蔵は直販にも力を入れているので、普通なら売りにくいと思われがちな酒でも冒険できるし、ハーブやホップ、フルーツなど、加える副原料次第でフルーティにもドライにもスモーキーにもなる振り幅の広さが魅力です」と笑顔があふれる。

民俗的な酒づくりを現代的に表現したい

かつて、日本では各家庭で多様な原料を使ってつくる「ドブロク」(日本酒の原型)を楽しんでいた時代があった。ところが、明治時代に酒づくりが免許制となったことから自由な酒づくりが難しくなってしまった。そんな民俗的な酒づくりを現代的に表現することもhaccobaが酒づくりをスタートした目的の1つだ。

佐藤さんが、レシピの参考にと愛読し、ずっと大切にしている本が『諸国ドブロク宝典』。「昔、家庭でドブロクなどを作っていた頃のレシピを集めた本で、東北の山中に生えているカラハナソウを使っていたり、お米だけでなく、粟やヒエ、ヤマブドウなどの果実を使うなど、家庭独自の自由な作り方に興味を惹かれていきました」。民家を生かした酒蔵を始めたことも、家庭でつくっている酒づくりの延長のようなイメージだったそうだ。

進化と変化を楽しむ小さな醸造所

南相馬市小高区の酒蔵にあるのは、約40平米のガラス張りの小さな醸造所と併設したパブ(金土日営業・予約制)、多彩な商品が並ぶショップ。醸造所には仕込み用と貯蔵用、300Lのサーマルタンクが3台あり、仕込みから完成まで行っている。

創業時から順調に新作の受注が増えたこともあり、2023年には隣町の浪江町にも醸造所を建て、2カ所で酒づくりをしている。仕込みから完成までの標準は約1か月。タンクが空き次第、次の仕込みに入るルーティーンを重ねながら新作やコラボ商品などをリリースしている。

「今年は醗酵を注視しながら熟成させていく古酒にも初挑戦しています」と楽しそうに笑う佐藤さん。常に進化と変化を忘れず、酒づくりに挑む。

生産者からのバトンをつなぎ、有機米で安心な酒づくり

原料に使用する米もこだわりのひとつ。契約農家の南相馬市の根本有機農園の「雄町」、豊田農園の「天のつぶ」、猪苗代町のつちや農園の「ササシグレ」などを使用している。

南相馬市小高区の根本有機農園の田んぼでは美しい稲穂が風になびいていた。園主の根本洸一さんは現在、息子の剛実さんとともに有機栽培に真っ直ぐ取り組んでいる。

「根本さんのお米はとても美味しいので、自然とお酒も美味しくなると実感しています。有機で美味しく育てている貴重なお米を無駄にせずに、最大限にお酒という形で表現してバトンをつないでいきたいです」と話す佐藤さん。

「米作りを始めて70年になりますが、毎年1年生のつもりで向き合っています」と、おだやかに話す洸一さん。「佐藤さんが移住して酒蔵を起こし、私たちが育てた米を使ってくれて、さらに地元の若い人も雇用してくれているので地域の活性化につながっています。毎年、田植えを手伝ってくれるのも心強いですね」と剛実さん。haccobaはすでに地域に根ざした酒蔵として、多文化・多世代と楽しくつながっている。

オリジナルを醸す美酒が日常を豊かに彩る

創業以来の定番酒「はなうたホップス」をはじめ、「kasu [sansho lemonade]」「ハッコウバ珈琲店」「猪口酒 -しょこらっしゅ-」など個性豊かな味わいやコラボ商品が次々リリースされて話題を呼ぶhaccoba。

商品はほとんどが500mlサイズ。個性的でキュートなラベルのファンも多く、贈り物としても喜ばれている。アルコール設定を10~13℃にしているのは、ワイン好きの人でも気軽に楽しんでほしいとの思いから。「食事とともに楽しめる味わいと量をベースにしています」。異業種の方とのコラボも多く、アイデアを出し合ってレシピの設計書を作り、最終的にお酒を通した楽しい体験を目指している。

福島の在来の草木を組み合わせた奥行きのある味わい

「クラフトサケ」や「ボタニカル酒」と言えば、必ず名前が上がるほどの酒蔵へと順調に成長したhaccobaでは、福島の在来の草木を組み合わせた奥行きのある味わいが国内外で注目されている。

定番酒の「はなうたホップス」は、東北に伝わる幻の製法「花酛(はなもと)」と、華やかな香りを抽出するビールの技法「ドライホップ」を掛け合わせ、柑橘系の爽やかな香りとお米のクリアな甘さが調和した1本。こだわりは、アロマホップに加え、つる草の一種で東洋のホップとも呼ばれるカラハナソウを使用していること。乾燥させた状態から煮出し、煮汁を仕込み水に加えてもろみを立てる。発酵後期のタンクにもホップを浸し、香りを強く残して仕上げる手法だ。「花酛」の再現を意識しつつ、クラフトビールの製法を掛け合わせて完成させたスタイルが唯一無二の味わいを醸す。

2024年には新たな定番酒「zairai(在来)」のシリーズを発表。様々な在来の素材で醸す酒は、福島県の山の山主さんとともに出合った地物のハーブを使ってつくられている。例えば、カヤの枝葉、杉ぼっくり、アブラチャンの枝、ヨモギの花などをお米と一緒に醗酵する。出来上がりはおだやかな香りが広がり、清涼感と渋みのバランスも良く、味の余韻が心地いい。

常時6~10種類以上が揃うhaccobaのショップやオンラインショップはもちろん、東京都内のお店で購入して楽しむことができる。

福島から世界へ。ベルギーでの醸造所開設に挑戦

自由な酒づくりでクラフトサケを表現するhaccobaの次の目標は、ベルギーへの進出。「創業当初からベルギーで醸造所をつくる計画を進めています。ベルギーはビールで土地ごとのレシピがある地域で、日本のドブロクのような文化を築いているので、僕らのお酒を融合させたような酒づくりに挑戦したいと思っています」と熱く語る。

かつての民俗的なドブロクづくりにも通じる自由な発想で世界を目指すhaccoba。どんな美味しいお酒ができるのか、これからも目が離せない。

ACCESS

haccoba-Craft Sake Brewery-
福島県南相馬市小高区田町2-50-6
URL https://haccoba.com
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