細部へのこだわったガラス
馬越寿(うまこしやすし)さんのガラス作品の最大の特徴は”細部へのこだわり”だ。それは、形、色は当然のことながら、肌質まで細部にとことんこだわり抜く。大きなオブジェを制作していたこともあるというが、現在取り組む作品は花器や香水瓶。表面、内側、蓋、細部にまで繊細な美しさを持つ作品だ。工房で作業を見学させていただくと、精巧に作り込まれていく作品はガラスという素材の持つ表現の幅広さを感じさせてくれるようだった。
馬越さんの繊細な造形は「コールドワーク」という技法を多用している。つまり固まった状態のガラスを削る作業だ。吹きガラスに代表される「ホットワーク」で基本的な形をつくり、一度冷やした後に、さらに”削る”加工を加えて自身の世界観に近づけていく。
粒状の研磨剤を噴射してガラスを削るサンドブラストと呼ばれる技法もそのひとつ。実際にガラスを削ってみせてもらうと、「こんなに砂で削れるんだ。意外と、ガラスって強くないんですね…」と中田。切子や表面研磨とはまた異なり、削った後の表面にぼかしが残る。変化を見極め時間を掛けて、少しづつ形を変化させるのだ。
ガラスの偶発性も大切なかたち
馬越さんの特徴は表面の質感にも現れる。見せていただいた作品のなかで、中田が興味をもったのは、霜のようなざらざらとした質感のもの。それを可能にしているのがグルーチップという技法だ。手で彫って作り出した凹凸ではなく、自然の偶発性が作り出した表面の小さな割れとでも言おうか。グルーチップという技法のグルーは糊のこと。表面の下地をサンドブラストにしておいて、その上にニカワを塗るのだという。
「乾燥させると、表面のニカワが縮みます。それが限界を超えると、はぜるんです。そのときにガラスの表面もニカワと一緒に剥がれます。だからコントロールはできない。自然の偶発性が生んだ凹凸なんです」
「海外の窓ガラスでよく見るような気がしますね」
「そうですね、もともとは板ガラスに施されていた技法なんです。立体物にそれを利用してみようと思ったんですよ」
質感が生まれる
また、作品の表面にエナメル絵付けをする作品にも取り組む。ガラスの表面にエナメル塗料を塗り、高温で焼き付けるのだ。白いエナメルはやや不透明で艶やかな質感をその表面に残し、独特の表情が生まれるのだった。
直線に掘り込んだへこみにエナメルを埋める作業をしながら、ふと、ガラスと光の話になった。
「ガラス作品は、光のあたりかたですごく見え方が変わりますよね?」と中田。「そうですね、ガラスは光を見ているようなもの、とも言えますからね」と馬越さん。表面の質感や造形が美しい馬越さんの作品。しかし、表面の質感は光を受けたときにまた、にじみ出る別の表情があるように感じられた。
削ることで自分の思った表現に近づけていく。そのガラスの変化を受け入れ、発見を繰り返しながら、新しい作品を作り出していくのだ。