みりんの可能性を追い求めて。三河みりんの老舗「角谷文治郎商店」の挑戦/愛知県碧南市

みりんの可能性を追い求めて。三河みりんの老舗「角谷文治郎商店」の挑戦/愛知県碧南市

1910年に愛知県南東部の碧南市で創業したみりんの醸造メーカー「角谷文治郎商店」。米本来のうまみを引き出すことにこだわり、丁寧に醸造された「三州三河みりん」は、2016年に開催された「伊勢志摩サミット」にて前菜・炊き合わせに使用され、各国首脳に振る舞う料理の味を高める一助となるなど、料理のプロからも評価されている。これを醸造しているのが、角谷文治郎商店の3代目社長を務める角谷利夫さん。長年みりん醸造に携わってきた同氏が次のステップとして見据えているのは、みりんの可能性をより一層広げ、海外も視野に入れた展開だ。


愛知県で「みりんを極める」 角谷文治郎商店のこだわり



碧南(へきなん)市は、愛知県南東部の三河湾に面した人口約7万人の小さな町だ。東に矢作川、西に知多半島を臨み、豊富な水源と温暖な天気に恵まれたこの穏やかな土地で、角谷文治郎商店は100年以上、みりんと向き合い続けている。角谷文治郎商店が生み出した看板商品「三州三河みりん」は、もち米のおいしさを醸造という技のみで引き出した本みりん。上品な甘さ、旨み、そして照りとツヤが素材をより輝かせる調味料。角谷さんは「この歳になると、みりんをたくさん売るのではなくて、みりんのおいしさを皆さんにより一層伝えたいと考えるようになりました。それこそが今、自分が目指す『みりんを極める』というゴールです」と話す。


みりんが日本人の食事に最適な調味料である理由



みりんは戦国時代に飲料用の酒として誕生したと言われている。調味料として使われるようになったのは江戸時代ごろ。人々は料理に甘さを求めるようになったが、当時は砂糖がまだ高級品だった。そこで、砂糖よりも安価で日本人に身近な「米」に由来する甘味を持つみりんが使われるようになった。みりんは、食材に甘さを加えたり、照りを出すだけではなく、加熱した際にみりんに含まれるアルコールが臭み成分と一緒に蒸発する「共沸効果」、醸造により生まれる香気による肉や魚の生臭さを消す「マスキング効果」がある。そのため、魚が多く食べられていた日本において、調味に加え、魚の生臭さまで抑えることができるみりんは食卓での市民権を獲得し、広く普及していった。

また、みりんは高い保水性を持ち、食材から水分が出すぎてしまうのを防ぐ。近年では、その保水性に注目し、みりんをパン作りに取り入れるベーカリーも登場。実際、焼き上げてからも水分が留まることでパンが目減りせず、しっとりと仕上がったそうだ。


みりん作りは醸造文化の副産物



豊かな水源に囲まれた三河地方では、米や麦、大豆などを手に入れやすく、200年以上前から醸造業が盛んだった。物流の拠点となる港も築かれ、全国からさまざまな業者が出入りするようになったことで、ここで造られた醸造品が全国各地に運び出され、醸造産業はさらなる発展を遂げていった。

江戸時代末期から明治時代にかけては、日本酒の名産地である灘(神戸)や伏見(京都)にも負けない酒処として名を馳せるほどに。これにより酒づくりの過程で生成される酒粕が手に入りやすいことから、その酒粕を集めて造った粕取り焼酎が三河地方のみりん醸造に用いられるようになった。


このことからも分かるように、みりんは焼酎、もち米、米麹を仕込んで造られる。その過程でも、酒づくりと同じように粕が出る。角谷さんによると、先代の時代にはそれらの粕を廃棄せずに名古屋の漬物屋などに販売していたそうだ。そして、その売り上げで翌年の米を仕入れていたという。「粕をただ捨ててしまうのではなく、重宝して高く買ってくれるところがあったからこそ、当時から贅沢で上質なみりん造りができたのではないでしょうか」と角谷さんは話す。最初は粕の取引だけだった漬物屋とも次第に関係性が構築されていき、同社が製造するみりんを使用した製品を製造してみようと考える店も現れた。名古屋市の老舗漬物店もそのひとつ。同店の奈良漬けにも角谷文治郎商店のみりん粕は使用され、地元愛知県を代表する名産品の人気を支える重要なファクターとなっている。


長く醸造させるから、味にまとまりが出る



蒸したもち米を、米麹、焼酎と一緒に長い時間をかけて仕込、醪(もろみ)熟成させるのが、みりん作りにとって大切な工程だ。米麹によって米のデンプンはブドウ糖に、タンパク質はアミノ酸に分解され、甘く、そして旨くなっていく。自家蒸留にこだわっている焼酎焼酎により、みりんの味わいが豊かになる。そうして仕込みタンクの中で約3か月熟成させた後に搾り、さらに熟成させる。仕込んでから1年以上の期間を経て熟成することにより味が整い、ようやくみりんとして完成する。

熟成させた醪を搾った段階ですでに3ヶ月月もの時間を費やしているのに、さらに熟成させるのには理由がある。圧搾された直後のみりんは、ブドウ糖の甘さ、アミノ酸の旨み、そして仕込みに使った焼酎の辛さが混ざり合い、味がバラついているのだ。そこで、にごりをとるための滓下げ(おりさげ)も兼ねて熟成させることで味がまとまり、よりまろやかになるよう仕上げている。


本みりん、みりん風調味料の違い



じっくり時間をかけて熟成することで、米のおいしさを最大限に引き出した本みりん。仕込みにはアルコール度数が40度以上ある焼酎を使うため、できあがりの度数は14度前後になる。酒税法では「酒類」に分類され、販売の際には酒税がかかる。

一方、スーパーなどで多く売られている安価な「みりん風調味料」は、米麹とブドウ糖、水あめなどの糖類、うまみ調味料、香料などをブレンドした調味料で、アルコール度数は1%未満。醸造にかかる手間も少なく、酒税もかからないので安く手に入れることができる。よく知らないと、その違いがわかりづらいみりん風調味料と本みりんだが、それぞれを使用して仕上げた料理の味には大きな差が出るという。

料理に甘みをプラスするという作用自体はどちらにも共通するものだが、本みりんに含まれるアルコールには、煮崩れ防止効果や、素材に味を染みこませたり、ほかの調味料の味を浸透させる効果もある。「本みりんを使うだけで料理の格が上がる」とよく言われる理由がよくわかる。安価で気軽に入手できるみりん風調味料が広く普及している現代だからこそ、角谷文治郎商店は“料理に差がでる”本みりんにこだわり、その伝統の味を守り続けている。


世界中で使われる調味料に



「みりんを極める」。角谷さんはこの言葉を繰り返す一方で、「極めた先で事業が細くなっていったのでは、経営が成り立たない」とも話す。首都圏の問屋を中心に三州三河みりんを売り込み、さらには海外の商談会にも積極的に足を運び、洋食におけるみりんの活用法などを発信している。「みりん=和食の調味料」というイメージを払拭することこそが、みりんの将来を大きく切り拓くことになると考えているからだ。角谷さんは、みりん風調味料が主流になってしまう前に、醸造という技によって造られる本みりんを世界に広めたいと意気込む。


「もち米のリキュール」としての価値を高める取り組み



角谷さんは、みりんを「もち米のリキュール」と呼ぶ。米の甘さや旨さを焼酎の中で引き出している醸造方法に誇りを持っているからに他ならない。そして、和食のためだけの調味料というイメージを変えたいから。

また、リキュールと呼ぶことで、さまざまなジャンルの料理に取り入れやすい狙いもある。これまでも有名シェフに依頼して、フレンチなどにみりんを使用してもらい、みりんの可能性を探ってきた。

そんな努力を積み重ねてきた角谷さんは、みりんが持つ米由来の旨みや、熟成によって加えられたフレーバーが、徐々に世界から認められつつあると胸を張る。だが、フランスのパティシエがチョコレートにみりんを使ったときは、さすがに少し驚いたそうだ。「聞いたときは意外だなと感じましたよ。でも、お米のリキュールですからね。リキュールだと考えれば、スイーツにも十分通用していくはずです」。


安全な原料を使うことが、生産者の将来につながる



角谷文治郎商店では、国内産の有機米を原料にした「有機三州味醂」も生産している。国産の有機米のみを使って伝統製法で造られた同製品は日本初の有機みりん。オーガニックという言葉が普及するずっと前から造られているが、現在に至っても有機米でみりんを製造しているメーカーはほぼない。甘みの強い三州三河みりんに比べると、有機ならではのやさしくやわらかい味わいと、米本来の果実のような香りが特長。やさしさ故、舌に乗せた際にアルコールの存在感がほかの製品より強く感じられるのも、この製品ならではだ。


2000年にはオーガニック認証も取得。当初はみりんを造るために必要な大量の有機米を確保するのに骨が折れたと言うが、それでもこだわりを持って取り組み続けてきた。「日本に脈々と受け継がれてきた田んぼや畑で収穫されたものを食べることや使うことは、その地域の環境保全にもつながるんですよね。そこで採れたものを食べてくれる人がいなければ、農家さんも不安になるわけです。私たちが『その土地で収穫されたから食べる』という意思表示をすることで、農家さんも安心して野菜や米を作れる。そして、そこに続く後継者さんも育つと思っています」と話す角谷さん。


愛知県三河地方の水と気候に恵まれた土地、豊かさゆえに発展した醸造文化、そしてその副産物から始まったみりん造り。この財産を伝え続けるため、角谷さんの挑戦は続く。

ACCESS

株式会社角谷文次郎商店
愛知県碧南市西浜町6-3
URL https://mikawamirin.jp/