もっと気軽に、ワインを楽しむ。ワイナリー「農楽蔵」のこだわり

もっと気軽に、ワインを楽しむ。ワイナリー「農楽蔵」のこだわり

「曲がって、振って、農を楽しむ野良仕事」「どこにも属さず、自分たちの理想を追い続ける」という“農楽”の哲学のもと、その土地の香りと味を感じるワインにこだわる造り手、佐々木賢さんと佳津子さん夫妻。世界の銘醸地でワインに携わってきたふたりが、醸造拠点に函館などがある道南地方を選んだ理由とは。


ワインを究めたブルゴーニュでの学びと出会い



北海道の南端にあり、国際貿易の拠点としての役割を担ってきた港町・函館。日本の玄関口として、早くから西洋文化が流入した歴史を持ち、“ハイカラ”な異国情緒を感じさせるモダンな建造物が目を引く。ワイナリー「農楽蔵(のらくら)」は、そんな函館山のふもと、観光の中心エリアである元町地区にある。


「ワイナリーといえば、ブドウ畑の隣に併設されているイメージが強いようで、市街地にあることに驚かれる方もいるんですよ。農園は函館市と隣接する北斗市文月地区にあり、函館市街の夜景が見下ろせる南向きの斜面でブドウを栽培しています」


こう話すのは農楽蔵(のらくら)を営む佐々木賢さん。奥様でワインづくりのパートナーでもある佳津子さんと二人三脚で気候や風土、栽培環境にこだわったワイン造りを志す「栽培家」だ。


函館のクラシックな風情に合わせ、和と洋の雰囲気を取り入れたワイナリーは、もともと街の印刷所だった建物をリノベーションしたもの。「街中にワイナリーを設けたのは、たまたま縁あってのことですが、おかげでソムリエさんをはじめ、ワインに携わる方々とお話する機会を持てました。それによって私たちのワイン造りに対する想いを直接お伝えすることができ、結果的によかったかな」と賢さん。


室蘭市で生まれた賢さんは、幼少期から高校まで千葉で過ごした。大学進学を目指すかたわら、以前から好きだったワインのことがずっと気になっていたと話す。


「農業をしながらワインを造って売るという、いわゆる6次産業に興味を惹かれ、大学に行くよりもワインについて考えるほうが面白くなってしまったんです。それでフランスに渡りました」


フランスではブルゴーニュワインの中心地であるボーヌの醸造学校に通ったのち帰国し、山梨、栃木のワイナリーを渡り歩いた。こうしてワインを学ぶうち、農業やブドウ作りは意識して行うのではなく、生き方の中に溶け込んでいるものだと感じた、と賢さん。そこで、感じたものが正しかったのかを確認するため、再度フランスに渡り、オーガニック農法を用いた自然派ワインの作り手であるアルザスのクリスチャン・ビネール、シャンパーニュのレクラパールなど、名だたるワイナリーでさらなる研鑽を積んだ。

のちにパートナーとなる佳津子さんと出会ったのもこの頃。


「ブルゴーニュを訪れる⽇本⼈はいましたが、皆ソムリエやショップで働きたいという人ばかり。造り手を志すのは、私たちだけでした」

埼玉県出身の佳津子さんの実家は兼業農家。自宅でつくったお米や野菜を食べ、梅干や漬物などは手作りのものが並ぶ家庭だったから、佳津子さんにとって発酵食品は身近な存在だった。

成長していくなかで発酵、特に酒に興味を持った佳津子さんは、東京農業大学農学部醸造学科に入学。卒業後は兵庫県のワイナリーで醸造を担うようになる。「お酒が造りたくてワイン業界に入ったのですが、当時の日本はワインについて学べることが少なかったので、海外で勉強して日本に戻って独⽴しようと考えました」と佳津子さん。ブルゴーニュ大学醸造学部で学び、難関資格フランス国家認定醸造技師(DNO)を取得するべく、日々勉強に明け暮れた。

そんな中、ワインの造り手として共通項の多い賢さんと出会い、ふたりは同志としてワインについて語りながら、お互いを高め合っていった。


ブドウ造りの条件ありきの北海道、道南、そして北斗



いつしか自然とパートナーになったふたり。佳津子さんがDNOを取得し、賢さんもブルゴーニュ大学認定醸造技師(DTO)などの資格を得たのち、日本に帰国し、2011年、いよいよ北斗市の文月ヴィンヤードの開園にこぎつけた。ふたりの夢をかなえる場所として北斗市を選んだ理由は自分たち好みのワインの原料となるブドウ作りが行える環境だったから。


「私たちは『味がのっている』と表現するのですが、しっかり酸味のあるワインが好きですね。言葉で表すのは少し難しいですが、⼝に⼊れてから余韻に至るまでの間も味が出ているワインのことをそう表現しています。ワインが熟していないと中盤の味がぼんやりするんです」


⽇本ワインは、中盤の味が弱い傾向にあるといわれる。そこで選んだのはブルゴーニュ地方原産の白ワイン用ブドウ品種「シャルドネ」。よく知られた品種ではあるものの、ブドウそのものが放つ個性、風味が際立っているわけではなく、テロワールや造り手の個性が味に反映され、ある種、捉えどころのないブドウとしても知られている。


「シャルドネが私たちの好みのテイストになるような場所はどこか、という点を重視しました。特に重きを置いたのが有効積算温度です。一般的にはブドウの萌芽から収穫までの期間(北斗市では大体5月から10月頃まで)の中で、下限温度である10℃を超えた日のうち、超えた部分(10℃以上)の数値を足して計算します」


10℃を基準として、低すぎても高すぎてもブドウの品質に影響が出てきてしまうのだという。佐々木さん夫妻が求めるワインの味を実現する有効積算温度はだいたい1200℃で、その条件から絞ると標高が1000mの地点になる。

「山梨のワイナリーでも条件を満たすところはありますが、だったら自分のルーツに近い函館、北斗あたりがいいなと。それからこの辺りはほかより涼しい。寒いところでゆっくり熟すと⾃分の好みの味になると考えました。暑いとブドウの収穫を早める必要がありますから。シャルドネは、ゆっくり熟し、しっかり酸が残ってる状態で、収穫期を迎えないといけないから、涼しい秋の期間もある程度必要です」と賢さん。


石灰岩土壌を好むとも言われるシャルドネ。水はけのよさと豊かなミネラルを有する⽕⼭灰が積もる北斗市の畑は条件に合致している。畑の裏に控える峩朗鉱山(がろうこうざん)の石灰岩も活用し、農楽蔵ならではのテロワールをワインの味に生かすべく、環境を整えたのだという。


ラベルに品種をあえて記載しない農楽蔵の哲学



自家農園の開園の翌年には函館市に農楽蔵を設立。3年が経った2015年には佐々木さん夫妻が手がけたブドウをまとまった量で収穫できるようになった。しかし、一方で、道南・余市町などの契約農家の高品質なブドウを使ったワインも販売している。


「これぞ農楽蔵」の個性が光るノラ・シリーズ、契約農家のブドウを用いた「北海道らしさ」あふれるノラポン・シリーズ、佐々木夫妻の言う「試験ロットのキュヴェ」で自由奔放、好き放題に造るアヴァンギャルドなNora-Ken(のらけん)シリーズなどが主なラインアップ。畑仕事から醸造まで夫妻だけで行い、「納得いくもの」だけを提供するのがふたりのスタンスでもある。

野生酵母を使い、亜硫酸(酸化防止剤)は用いないのも農楽蔵のスタイルだ。


「野⽣酵⺟のほうが明らかに複雑性を持った立体的な味になる。もちろん意図しない複雑性が出てしまう場合もありますが、味に深みが出るとも言えます。意図しない部分に関しては、私たち造り手が熟成期間でコントロールするのも面白いところです」と賢さん。


また亜硫酸に関しては、あるほうが最初のひとくち目の印象がパチンとくるというから好みの部分もあるとしつつ、亜硫酸を用いたワインのほうが食事の相性、特に魚介類との相性が悪くなるとも語る。函館という魚介の街のワインとして、致命的な欠点となりかねないと考えている。


さらに、ラベルに品種を載せないのも農楽蔵流。先入観を持たず、シンプルにワインを楽しんでほしいからだという。「品種は一種の記号だと思っています。もちろん品種ごとの個性はありますが、⼀番⼤事なのは“ ⼟地らしさ”だから、わざわざ品種は出しません。いかに⼟地らしさを損ねず、瓶に詰めることができるかっていうのは、私たちにとっても⼤事なテーマです」


ワインの技術を伝え、6次産業として広めていく



街中のワイナリーとして多くの人にワインの魅力を伝えることができたと語る佐々木夫妻。ただ、スペースが限られることで、瓶詰めしてから2、3ヶ月以内に出荷しなければならない苦悩を抱えてきたとも話す。


「本当はブドウの好きなように発酵してもらいたいから、やはり瓶詰めして半年ぐらいは最低でも置いておきたいんです。そうするとスペースがない。本来は熟成してこそ出る個性もあると思っています」


日本のワインの造り手を増やすため、技術を広めるための活動にも惜しみなく力を注いでいきたいとも続ける。


「理想を追い続け自分たちの納得いくものを提供するという哲学があるので、うちは数を増やさないんですけど、ワイン造りを志す⼈たちに技術を教え、ワインの数や種類を増やして行けたらなと思っているんです。例えば、10軒のワイナリーが、1種類ずつワインを造って流通するのと、1軒のワイナリーが10種類のワインを造るのは明らかに意味が異なる。前者のほうがより多様性がある」


実際に培った技術や知識を惜しみなく教えているし、そのほうが私は面白いと思うんですよ、と柔和な表情で話す賢さん。ワイナリー予備軍には⼟地も紹介する用意もあるという。


「6次産業って畜産とか農林⽔産に関することだけを意味するけれども、例えば芸術分野と組み合わせた6次産業もあっていいんじゃないかなって思っているんです。ワインとか⾷を⽂化として深いものにしていくには、⾳楽や絵を描く人とジャンルを問わずに関わって行けたら面白いんじゃないかな」


より良いクオリティを求め、ワイナリーの移転計画をすすめている佐々木さん夫妻。新たな移転先には、ブドウ畑とワイナリー、さらにソムリエ・⼤越基裕氏の手がけるオーベルジュも併設される予定となっている。一貫した哲学のもと、ワインを通じて人と人とがつながり、新たな世界を広げていく農楽蔵のつつましやかに、それでいて楽しく過ごすための試みが続いていく。


ACCESS

農楽蔵/株式会社農楽
〒040-0054 北海道函館市元町31-20
URL http://www.nora-kura.jp/