皮も食べられる完全農薬不使用の雪国レモン。「 ハンドレッドベリーズ」石岡浩明さん

山形県山形市の「株式会社ハンドレッドベリーズ」は、レモンやブルーベリーといったフルーツを生産する果樹園です。
特に、代表の石岡浩明さんが栽培する農薬不使用で安心・安全な「雪国レモン」は、
甘みが強く皮まで食べられると人気を博しています。

全国有数の果物生産地である山形県で、雪国には珍しいレモンやパッションフルーツ、ブルーベリーの栽培を行うハンドレッドベリーズ。元は会社員という異色の経歴を持つ果樹園オーナーが育てる農薬不使用のフルーツは、皮まで安心して食べられるとして徐々に知名度を上げている。

目次

雪降る地でレモンを育てる珍しい果樹園

夏の暑さと冬の厳しい冷え込みによって、全国有数のフルーツ生産地である山形県。寒暖差の激しい気候が果樹栽培に向いているとは言われるが、中には、レモン、パッションフルーツ、ブルーベリーといった雪国のイメージとかけ離れた果物を生産しているユニークな農園もあり、それが今、県内外から注目を集めている。山形市にある「ハンドレッドベリーズ」だ。代表をつとめる石岡浩明さんの両親は米農家。農業に縁が深い家に育ち、自然とその道に進んだのかと思いきや、石岡さんの経歴は極めて異色なものだった。

営業畑からフルーツ畑へ

「農業はやりたくなかったんですよ。何しろ作業が大変だから」。

そう語る石岡さんの生まれは、米の専業農家。しかし、若い頃から家族の姿を見て農業の大変さを嫌というほど感じていたことから、大学進学のために山形を離れただけでなく、卒業後は首都圏で就職。茨城県内で営業の仕事をしていた。転機が訪れたのは今から15年ほど前、石岡さんが45歳の頃だった。営業マンとしてずっと働いてきたが、45歳という年齢を迎えて何か新しいことに挑戦したくなったのだとか。

そんな時、石岡さんの息子が学校から一枚のチラシを持ち帰ってきた。

そこに書かれていたのは、「ブルーベリーの木のオーナー募集」。何となく心を惹かれた石岡さんは、会社員を続けたまま1本のブルーベリーの木のオーナーになった。これが後に自身の生き方を大きく変えることになろうとは、当時は全く思っていなかったそうだ。

それからおよそ2年、つくばでブルーベリーの木を育てていた石岡さん。収穫の楽しみを感じるにつれ、「これを山形でやれないだろうか」という思いが強くなっていった。

とはいえ、当時は会社員の身。しかもつくば市では農地の確保も容易ではない。しかし、山形の実家には両親が使っていた農地が残っている。そんなことが後押しともなり、石岡さんは2011年3月を以て会社を辞め、生まれ故郷でブルーベリー栽培に携わることを決めた。そして再び山形の地を踏んだのは、石岡さんが51歳の時だった。

ブルーベリーからパッションフルーツへ

生まれ故郷へとUターンをした当時、山形ではブルーベリー栽培をしている農家がいなかったのも地元へ戻ることを決めた理由の一つだという。さらに「皮をむかなくても食べられる」「栄養価が高い」という点から、石岡さんはブルーベリーに将来性を見出していた。実際のところ農家としては駆け出しであったにも関わらず、人生を賭けた思い切った挑戦ができたのは何故だろうか。それは、就農後も3~4年は会社員時代のたくわえで何とかなるのではとの思い、そして、会社員時代の経験を活かして販路を自ら切り開き、価格や利益も自身で決めて行くという覚悟だ。そんな石岡さんが農業のいろはを学んだのは、農業大学校や寒河江にある農業試験場だった。また、全国のブルーベリー農家を訪ね歩いて栽培方法の知見を深めていく中で、「自分が作ったものを自分が食べたらどうなるか」を意識しはじめたという。安全で美味しく、自分が率先して食べたいと思うものを提供するにはと考えた結果、自然な流れでたどり着いたのが無農薬栽培だった。

石岡さんによれば、「農薬を全く使用しないでブルーベリーを栽培することは、知見や農業の経験があればそこまで難しくはない」のだという。もちろん、やってみることで課題が見つかったり、その年によってうまくいくことも、うまくいかないこともある。ましてや当時の石岡さんは、決して農業のベテランという経歴ではなかった。それでも農薬を全く使わず栽培をしてみたのは、「自分が率先して食べたいと思うものを提供したい」という思いに他ならない。その熱意が実り、石岡さんは他のブルーベリー農家から栽培法の知識を習得し、且つ化学肥料も使わない無農薬ブルーベリーの商品化に成功した。そんな石岡さんが次に挑戦したのは、これまた雪国とはイメージが結びつかないパッションフルーツだった。

石岡さんがパッションフルーツに出会ったのは、農業大学校に通っている時のことだったという。実際に栽培をしてみようと決めた理由は、パッションフルーツはそもそも農薬が無くても育つ品種だったことだ。

そんな折、「ゴーヤに代わってグリーンカーテンができるものはないか」という石岡さんの友人の相談をきっかけに「グリーンカーテン」についても興味を惹かれるようになる。

グリーンカーテンとは、一般的にはゴーヤやへちまなどのつる性の植物をカーテンのように軒下に高くはわせたもの。直射日光の侵入を防いで室内の温度上昇を防いだり、光合成のために大気中の二酸化炭素を吸収してくれるといった利点がある。夏場の農作の課題のひとつであるハウス内の高温への対策になるうえ、冷房や扇風機を使うよりも環境にやさしい。ゴーヤなどと同じつる性であるパッションフルーツでもグリーンカーテンが作れるのでは、と調べてみたところ、案の定できることがわかった。

「栽培を考えていた果樹でできるならちょうどいいじゃないか」と早速、自宅とハウスの両方で、パッションフルーツを活かしたグリーンカーテンに挑戦。とはいえ、夏がどんなに暑かろうとも山形は寒冷地。亜熱帯地域を原産とし、国内では鹿児島や沖縄、小笠原といった温暖な地域で収穫されているパッションフルーツが果たして寒冷地の山形で育つのかという疑問もあったが「やってみなければわからない」というチャレンジ精神のもと、石岡さんは栽培に挑戦。1年目にして見事収穫できた上にハウス内の温度上昇を抑制する効果もしっかりと感じられたそうだ。

ブルーベリーとパッションフルーツの両方において農薬不使用での栽培を軌道に乗せた石岡さんのこだわりは、「自分が安心して口に入れたいと思うものを作る」こと。そしてもう一つは、果物のもつ甘さをより引き出せるよう、「樹上完熟」を行っていることだ。「樹上完熟」とは、例えばトマトなどのように、販売のタイミングで熟した状態になるように早採りをする手法とは異なり、実がなった状態のまま熟させることだ。早採りに比べて日持ちしないことから流通が限られてしまうものの、その分果物の甘みが存分にひきだされるという。

味と安全の両方に妥協しないそんな石岡さんの姿勢が呼び寄せたのが、「雪国レモン」との出会いだった。

「雪国レモン」の誕生

「レモンが山形で育つわけがない」と思っていた石岡さん。

レモンと石岡さんを結びつけたのは、とある1人の地元男性だった。がんを患っているというその方は療養のために様々な食餌療法を行っており、その中の一つがすりおろした野菜と果物のジュースを毎日飲むことだったという。しかしジュースの材料のうち、にんじんとリンゴは近所の農家で入手できるものの、農薬不使用でノーワックスのレモンがどうしても見つからない。そこで、わずかな希望をもち、農薬不使用のブルーベリーやパッションフルーツ栽培を行っていた石岡さんのもとを訪ねてきたという。

レモンは暖かい場所で採れるもの、と思っていた石岡さん。しかし色々と調べてみたところ、八丈島で栽培されている「八丈フルーツレモン」という寒さにも耐えられる品種にたどり着いた。レモンとオレンジを掛け合わせたマイヤーレモンという品種に近い八丈フルーツレモンは、果皮がオレンジがかっているのが特徴。また、一般的なレモンに比べ、耐寒性だけでなく耐暑性にも優れているということから苗木を山形に持ち帰り、栽培を始めたのが2014年のこと。

2年目にして、初の収穫

レモンの農薬不使用栽培を始めた1年目は、ひとつも収穫できなかったそうだ。柑橘類の木には虫が群がると言われるが、石岡さんのレモンも例外ではなく、アブラムシやチョウの幼虫の影響で葉が真っ黒になってしまったという。しかし2年目、初めてのレモンが2つ実った。「雪国レモン」が誕生した瞬間だった。

「内陸の寒冷地で、海も日照時間もないところで本当にレモンができたときは驚いた」と石岡さん。それは、石岡さんが使っている二重のビニールハウスのおかげでもあった。

レモン独自の力で育てるような環境づくり

石岡さんのレモン栽培は、「ある程度自然のまま」の状況で行っているという。特徴的なのが、二重のビニールハウスだ。2枚のビニールの間の空気が保温の役割を果たすため、冬場であっても太陽が顔を出せば室外の雪に反射して、外が氷点下だろうとハウス内の温度は、40度近くになるのだとか。逆に夏は、ハウス内が暑すぎて曇ってしまうため、天井を折りたたむことで風通しを良くしている。

そのような自然に近い環境下で育つレモンは、剪定を繰り返されながらどんどん大きく育っていく。通常サイズのレモンは1個150グラム前後といったところだが、雪国レモンは300グラム程度になることも。また、完熟させることで糖度は10度くらいまで上がるだけでなく、果皮の苦みも抑えられる。糖度10度というと、みかんなどの柑橘類やフルーツトマトにも匹敵する甘さだ。さらに無農薬栽培であり肥料もほとんど与えていない。そしてレモン形状維持や防カビのために施されるワックスを使用していないという点が、皮ごと食べられるレモンたる所以だ。

2022年(令和4)は850個ほど収穫することができたそうだ。2023年(令和5)はさらに弾みをつけて1000個くらいを目指すという。良いものを作るために、どうやったら大きくなるか、どうしたらもっと採れるか……と常に考えているのは、石岡さんの喜びでもある。

他の人がやっていないことをやる

差別化を図ることが大事だ、と石岡さんは言った。石岡さんにとっては、それはすなわち「誰もやっていないことをやる」ことだった。だからこそUターン就農した山形の地でブルーベリー栽培を始めた。それからパッションフルーツとレモンの農薬不使用栽培に果敢に挑戦し、成果を出した。自分が最初に始めたため、県外に赴いて様々な情報を収集した。また、果樹栽培だけでなく、宮城県の酪農家とコラボレーションをしたオリジナルジェラートも手がけている。果実味あふれるジェラートは、実に原料の25%ほどが果物とあって、果物をそのまま食べているかのようなフレッシュさが人気。雪国レモンや山形産パッションフルーツの魅力を伝えるために始めたという。

そんな石岡さんだが、今後やってみたいのは、「ブルーベリー、パッションフルーツ、レモン栽培を突き詰めること」だという。

2011年(平成23)に就農して以来、手探りで進み、様々な困難に直面することも多かったという石岡さん。しかし、山形で育つわけがないと言われたレモンの収穫量が年々増加したり、石岡さんが栽培する無農薬フルーツの知名度があがり、市内のレストランやパティスリーでも重宝されるようになったりと、石岡さんの努力は確実に実を結んでいる。そんな状況に甘えることなく、就農してから10年以上経った今でも、やれる範囲でより良いもの、美味しいものを作るにはどうしたら良いかと、妻と二人三脚で試行錯誤を繰り返しているという。そんな石岡さんが持つ願いは、ゆくゆくは「雪国レモン」を山形県の特産品にすること。

また、自身の農園を観光農園に近づけたいという思いもあるという。既に2022年(令和4)、人数を限定してブルーベリー摘み取り体験を実施。親子連れなどが参加し、とても評判が良かったそうだ。

今後、例えば石岡さんが出荷しているホテルや旅館の宿泊客を対象にした体験の組み立てなども視野に入れていると語る。
山形県産の「雪国レモン」。完熟させたことによる甘みと強すぎないさわやかな酸味、そして少し歯ごたえのある皮は、丸かじりするために作られたレモンだといっても過言ではないかもしれない。雪国山形の自然が詰まった甘酸っぱいレモンを、是非味わってみてはいかが。

株式会社ハンドレッドベリーズ 代表 石岡浩明さん

2011年(平成23)に脱サラし、故郷の山形にUターンして始めたブルーベリー栽培。あれからもう12年が経ちました。手探りで始めた無農薬の果樹栽培で、当初は「レモンが1個も収穫できなかった」といった苦労もありましたが、畑作りから栽培方法など多くの生産農家の方々や苗木業者等の方々を参考にしながら今日までやってきました。今でも常に試行錯誤の連続ですが、「安心・安全で、もっと美味しいものを提供したい」との思いで日々果樹栽培に取り組んでいます。

ACCESS

ハンドレッドベリーズ
山形県山形市鉄砲町
URL https://100berries.jimdofree.com/
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