時代を超えて“音”の文化を現代につなぐ 和楽器の弦メーカー「丸三ハシモト」

時代を超えて“音”の文化を現代につなぐ 和楽器の弦メーカー「丸三ハシモト」

「琴線(きんせん)に触れる」という言葉がある。何かに感動して心が震えることを、触れると美しい音を響かせる琴の弦にたとえて日本人はそう表現してきた。その繊細な音色を生み出す和楽器の弦を、日本で唯一、機械を使わない伝統技法で作り続けている会社が滋賀県にある。長浜市で100年以上の歴史を持つ「丸三ハシモト株式会社」だ。


滋賀県の養蚕の里で始まった和楽器の弦作り



丸三ハシモト株式会社があるのは、滋賀県の東北部に位置する長浜市。賤ヶ岳(しずがたけ)のふもとから湧き出る良質な水に恵まれたこの土地では、1000年以上も前から養蚕業や製糸業が行われてきた。

かつて、琴や三味線といった和楽器に張られる弦は、すべて絹の糸だった。長浜市の大音(おおと)地区に伝わる「生挽(なまび)き」という糸取りの手法が特に強度が必要とされる和楽器の弦に適していたことから、この地域に弦作りが根付いたという。


400種類を超える弦を生産



「今から120年ほど前、私の曽祖父が当時大阪で流行していた義太夫三味線の糸作りを学び、長浜に戻って和楽器の弦作りを始めたのが当社の始まりです」と話すのは丸三ハシモト株式会社の4代目、橋本英宗(ひでかず)さん。以来、自社ならではの強くて深みのある音にこだわりながら、糸の太さや楽器の種類、ランクなどに応じて400種類を超える和楽器の弦を生産している。

「プロの演奏者には絹の弦を使う方が多く、例えば三味線だと東京の歌舞伎座や、大阪の古典芸能である『人形浄瑠璃文楽』で当社の弦が使われています」と橋本さん。特に人形浄瑠璃文楽に欠かせない義太夫三味線においては、プロ向けの製品に於いてはほぼ100%のシェアを誇っているという。


日本に3社しかない絹の弦を作り続ける会社


かつては絹の弦が主流だった和楽器だが、戦中、戦後の食糧不足によりカイコの餌となる桑畑が畑や水田に転換。また、ポリエステルの糸が急速に普及したことにより、和楽器の弦も化学繊維で作られることが一般的になった。「今では、お琴だと95パーセント以上がポリエステルの糸。天然素材である絹はどうしても湿気の影響を受けやすく切れやすいことから、耐久性が重視される現代では敬遠されるようです。三味線や琵琶ではまだまだ絹を求めてくださる方が多いので、昔ながらの製法を守りながら作り続けています」。現在、和楽器の弦を作っている会社は国内に7軒しかなく、うち絹の弦を作っている同業者はわずか3社しか残っていない。


世界で唯一「独楽撚り」の技術を継承



絹の弦を作り続ける3社の中でも、丸三ハシモトだけが受け継いでいるのが「独楽撚り(こまより)」の工程だ。これは繭から引いた細い生糸を数本合わせ、1本の弦に仕上げる作業。糸の先に独楽(こま)という重りをつけて撚(よ)り合わせていくのだが、細い糸をただ集束させるだけではなく、ねじりをかけながら合わせていくところがポイントだ。

通常、独楽撚りの作業は3人で行われる。1人が約16メートルの距離を走って糸を伸ばし、残りの2人が両手に持った板を使って独楽をまわして糸を撚る。中腰の体勢が続く上、脚力も必要とされる重労働だ。効率よく作業をするためには職人同士の息が合っていることが必須条件で、一人前の職人になるには10年かかるともいわれている。


伝統技術によって伝えられる“日本の音”



弦作りでは、強く撚りをかければ繊維の隙間が少なく細い弦になり、撚る回数を減らせば空気を含んだ柔らかい弦になる。こうした撚りの強弱や方法が、楽器の音色にダイレクトに影響するという。

「昔、機械がなかった時代はすべてこの独楽撚りで撚られていましたが、今でもこの方法を継承しているのは、日本では当社だけ。おそらく世界でもうちだけではないでしょうか。機械で撚ると撚りが強すぎて詰まったような音になってしまいますが、人の手だと糸の中にわずかに空間が生まれて、大きなホールでも遠くまで飛ぶような音が出るようになります。楽器から出る音が空気中にランダムに広がって、それが私たち日本人にはとても心地のよい音に聞こえるんですね」。


世界にひとつしかない宝物の復元プロジェクトに抜擢


この独楽撚りの技術が特に注目されたのが、2011年に始まった「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」の複製作業においてだった。螺鈿紫檀五絃琵琶は奈良時代に作られたとされるインド由来の楽器で、正倉院を代表する世界にひとつしかない宝物だ。当時の制作技術の解明などに向けて宮内庁が精巧な模造品を作ることとなり、弦の制作においては丸三ハシモトに白羽の矢が立った。 普段、独楽撚りで作っているのは三味線などの細い弦。琵琶の太い弦を作るために通常は使わない1.5キロの独楽を用意し、太さや撚りの向きに注意を払いながら4カ月もの時をかけて弦を完成させた。「制作中は、遠い昔にこの琵琶を作った人たちと会話しているような感覚でした。またとない貴重な経験をさせていただいたと思います」と橋本さん。1000年以上の時を超えてつながれてきた技術が、今自分の手に宿っている。この技術、そこから生まれる音を残していきたいと改めて考えるきっかけになったという。


地域に育まれた文化、その音色を残すために



「昔はうちのような弦を作る会社が全国各地にたくさんあり、江戸や上方、九州など、それぞれの文化ごとに音にも特色がありました。例えば上方では明るくゆったりした音、関東ではソリッドで硬めの音が好まれます。その地域の音は地元の弦メーカーが作っていましたが、今はメーカー自体が全国に数軒しか残っていません」。現存しているメーカーは必然的に他の地域の音を理解し、再現することになる。「もう少し影のある音にしてほしい」「裏に落ちるような音が出したい」「丸みのある音がいい」といった多岐にわたるプロの演奏者からの要望に応えて、その地域の音、流派の音を再現していく。製造工程にどう落とし込んだら目標とする音ができるのか、それを探るのが何よりも難しいと橋本さんはいう。




10年ほど前までは和楽器の弦だけを作り続けてきたが、今は世界にも目を向けている。ミュージシャンとの出会いで興味を持ったというウクレレの弦をはじめ、韓国の「奚琴(ヘグム)」中国の伝統楽器「古琴(こきん)」などさまざまな楽器の弦作りに挑戦するうちに、もともと絹の弦を使っているアジアの伝統楽器に需要があるのではないかと考えるようになった。

「初めて中国の展示会に出展したのは2011年。1800ぐらいのブースがありましたが、絹の弦で出展しているのは私たち1社だけでした。3000年以上にわたり絹の弦を使ってきた中国でも、現在はスチールの弦が主流。そんな中国で、あえて自分たちが絹の弦をよみがえらせたいという気持ちがありました。『シルクロードを通って日本に伝わった絹を、今度は日本から中国に伝えたい』。シルクロードの写真を見せながらそう言うと、みなさんとても喜んでくださいました」。絹の弦を介するとアジア全体がファミリーになる、と橋本さんは楽しげだ。海外の伝統的な弦の作り方や楽器の歴史、音の好みを知ることで、日本にしかない音色への造詣も深まるのだろう。


弦メーカーとして“音”の価値を追求したい


2022年からは全国邦楽器組合連合会の副理事長も務めている橋本さん。日本の人たちに、もっと和楽器に目を向けてもらえるような活動を行っていきたいと話す。「業界として、このままでは先細りになっていくのは目に見えています。私たちが作っている絹の弦は、存在自体が希少である上に、目に見えない “音”としても大きな価値がある。その音をいいと思う人が増えれば残す価値も高まると思っています」。

絹の糸の響きを耳にする機会がめっきり減ってしまった昨今。音楽や演奏家はもちろん、その裏にいる製造者たちにも目を向けながら、“本物”の音に触れてみてはいかがだろう。


ACCESS

丸三ハシモト株式会社
滋賀県長浜市木之本町木之本1427番地
TEL 0749-82-2167
URL http://www.marusan-hashimoto.com/