川があったから発展した産業
36社もの桐箪笥専門の会社がひしめき合い、現在では国内シェアの約8割を生産する新潟県加茂市周辺。全国各地に桐箪笥の産地はあるが、「なぜこの地域が現在も一大産地として残っているのか」という中田の質問に、今回お話を伺った小倉タンス店の九代目小倉健一さんはこう答えてくれた。
「材料も豊富なんですが、まず道具があること。隣町が金具で有名なところなんです。もうちょっと行くと、刀鍛冶の有名なところもある。あとは、川ですね。輸送に向いていたんですよ」伝統工芸が地域文化として作り上げられているという証拠だ。
職人の技は“ティッシュ一枚”
小倉タンス店では、伝統工芸士に認定されている職人が丁寧に手作りでひとつひとつ「加茂総桐箪笥」を製作する。
創業228年(2012年で229年を迎える)という伝統の技の現場を見せてもらった。
「洋家具っていうのは、たとえば引き出しの手前部分が、中の箱よりも少し大きい。そこの部分で引き出しをストップさせ、隙間を隠すんですけど、和家具は隙間を隠さないでぴったりでなんです。だからこれ…」といって、手渡してくれたのが、かんな屑。
「ティッシュペーパーって二枚重ねになってますよね。あれの一枚分の厚さなんです。薄い。これで隙間がゼロになるんです」
だから、引き出しをしまうと、中の空気の逃げる場所がなく、どこかもう一つの引き出しが飛び出してくるという光景に出くわすのだ。寸分の狂いも見極めて成型する職人の技があるのだ。
桐という素材がもたらすもの
工房にはさまざまな形、デザインの箪笥があったが、それはお客様の希望にできるだけ近づけるためだ。「われわれは職人集団ですから、できる限りお客様のご要望に応えなくちゃいけない。だから相談をして決めますね」
「変わったものを作ってくれっていうありましたか?」
「スニーカー…」
中田もこの答えに一瞬戸惑っていたが、ある企業の依頼でデザインの展覧会用タンスを組み合わせて、スニーカーの形を模したもの作ったのだという。最後に中田が素朴な疑問を投げかける「なぜ桐なのか」。小倉さんはこう話す。「桐が一番狂いづらい。桐っていうのは極端にいうとスポンジみたいな木なんです。やわらかい。もちろん木ですから、経年で寸法が多少狂う。でもたとえば欅だと、反っちゃうんですね、ねじれてしまう。桐は反らないで、伸び縮みするんです。しかもそれが少ない」
“呼吸”する木材「桐」
ほかにも桐が、とくに服をしまうタンスとして最適な素材である理由がある。
「余計に水分があるときは桐が吸収してくれるし、逆に乾燥しているときは、桐が吐き出してくれる。絹の成分は人間の皮膚とほとんど同じ、乾燥しすぎてもだめ、湿気が多すぎてもだめ。だから着物をしまっておくには最適な素材なんです」
まさしく四季のある日本にはぴったりの木材なのだ。職人の手によって使い勝手を追求し、製品の実用性を高めた加茂総桐箪笥は、長い年月を共に暮す家具として全国から支持を得ている。