「虫も出ない畑を子どもたちには見せたくないから、農薬は使いません」ときっぱり話すのは、「ニッケイファーム」代表の大竹秀世さん。農業を志して17年あまり。農薬を一切使用せず、有機肥料での野菜作りにこだわり、今では年間100種類もの野菜を栽培する、福島県郡山市の農業の未来を担う1人だ。2024年の「野菜ソムリエサミット」で最高金賞を受賞した「レジェンドほうれん草」でも知られ、全国からも注目される存在に。農業に従事しながら自社直売所での販売を担当する奥様の志保さんやスタッフとともに、人を喜ばせる野菜作りを追求している。
美容師から農業へ転身。人を喜ばせる意味では同じだった

実は大竹さんは、高校卒業後に最初についた職業は美容師だったそう。「高校時代、ある美容師さんに自分の髪の悩みを解決してもらえた時、自然に『ありがとうございます』という言葉が出たんです。自分もいつか美容師として人を喜ばせたいと思い、弟子入りしました」。
当時から、大竹家では畑を所有して野菜を育てていたが、農業に携わっていたお母様が病気のために畑に出られなくなったことで、農業に携わることに。美容師の道に進めたことへの感謝の思いもあり、その後、悩みながらも美容師から転身し、農業の道を志すことになった。
「まさか美容師をやめて農業の道に進むとは思ってなかったので自分でも驚いています。当初はやりたくなくて、泥まみれになるのはかっこ悪いと思っていました。でも、うちの野菜を食べた方からの『おいしかった。ありがとう』の一言に、美容師でも農業でも人を喜ばせる意味では同じだと気付きました。農業で人を幸せにしたいという気持ちが芽生えました」と笑顔で振り返る。
土の中にいる生き物こそ、農業に欠かせない大切な仲間

周囲からは「無農薬は難しい」と言われて悔しかった大竹さんは、まず初めにトウモロコシを1,000本植えて始まった。しかし、ハクビシンやカラス、虫の被害にあってしまいトウモロコシは全滅。その経験からハクビシン除けに電柵を張るなど工夫し、少しずつ成功率を上がっていったそう。「微生物を育てながら栽培していくと、連作(同じ場所で同じ作物を何度も繰り返し栽培すること)によって起こる野菜の病原菌感染や育ちが悪くなるなどの障害も出ないようです」と独自の有機農法に自信を持つ。
就農して約17年。勉強熱心で追求する性格の大竹さんは多種多彩な野菜作りに挑戦してきた。とにかく農業を知ることから始まり、先輩農家の話を聞いたり、指導を受けるなど様々な経験を積んで、失敗を重ねながら独自のスタイルを築いてきた。
野菜作りにおいて大竹さんが大切にしているのは、農薬を使わずに昔ながらの農業を残していくこと。ただし、決して農薬否定派ではない。その思いの背景にはご自身の幼少時代の楽しかった経験が影響していると言う。
「昔から虫が大好きで、カブトムシやトンボを採ったりしていました。田んぼにはカエル、畑には虫がいるのが当たり前でしたが、農薬を使い出したせいか、いつの間にか消えてしまいました。農業の実体験を通して学びましたが、野菜を育てているのは土であって、土作りのやり方を変えることで、土壌の微生物たちも変化し、健康な土になる。健康な土になれば、自然と虫も増えるんです。だから、むしろ虫たちから野菜の生育のヒントをもらいます。虫たちがいる畑は子どもたちにも誇れますから」と楽しそうに笑う。虫たちにとって畑はレストランみたいなものだと言う。人間が身勝手に殺虫するのではなく、土質をあまりいじらず、緑肥という形で少しずつ微生物を増やしている。「虫がいる土を使って野菜作りをさせていただいている」という考えで今のスタイルを築き上げた。
震災後の苦しい状況を乗り越え、熱い思いで農業を守る

大竹さんは農業について勉強する中で、出荷についてもこだわりを追求してきた。無農薬野菜や多品種の希少な野菜を必要とする方に届けるための手段を検討した結果、市場やJAなどへの出荷ではなく、契約する販売店や飲食店へ直接販売する独自の農業を貫きながら、自社直売所でも旬の野菜を販売する。
順調に農業の道を歩んできたように思えるニッケイファームだが、17年の間には東日本大震災後の風評被害やコロナ禍を経験し、作った野菜を捨てなければならないような苦しい状況を何度も乗り越えてきた。
「震災前の売り上げは飲食店を専門とする仲介業者を通して東京の飲食店などに出す分が約8割、地元が2割ぐらいの比率だったので震災と原発事故の風評被害で8割分がごっそりなくなってしまいました」と振り返る。福島県民にも地元野菜が避けられたため、「当時のことを思い出すと、今でも涙がこらえられなくなります」と話す奥様の志保さん。しばらくは作っては捨てるという毎日を過ごし、心身ともにダメージが大きかった。赤字が続き、会社としては全く成立していなかったが、地元のレストランが立ち上がったことで支えられ、復興に向けて少しずつ歩んできたと言う。
「10年ぐらいは本当に苦しくて大変でした。しかし、震災後に農業をあきらめざるを得なかった方も多い中で、僕らは福島県、そして郡山の農業を未来へ繋いでいかなければならないと決意しました」と故郷への思いを語る。
自社直売所では、有機肥料で育てた新鮮な旬の野菜を販売

郡山市大槻町の住宅街に静かに佇むニッケイファームの直売所では、自社の野菜を中心に、おいしい野菜を作っている生産者の野菜も多数取り扱う。小さな店舗にはカラフルな野菜や、他店では目にすることがあまりない希少な品種が並び、訪れる人を笑顔にする。農薬を使わず、有機肥料で栽培した野菜は自然の恵みをたっぷり吸収し、味も香りも濃厚。夏の時期は枝豆、ズッキーニ、インゲンなどに加え、カラフルなミニトマトやビーツ、京まんじゅう(ナス)などが登場。コロンとした形が愛らしいサラダカボチャや朝採りのトウモロコシは生でも食べられるほど新鮮だ。
「口頭にはなりますが、お客様には販売する野菜を使って楽しめる料理のレシピを数種類ご紹介しています。直接話せるのは楽しいし、野菜の魅力を伝えることができるのはうれしいです」と微笑むのは、直売所を切り盛りする志保さん。また、市内のレストランでニッケイファームの野菜を使用した料理を食べ、自分でも調理してみたいと来店する人も多いそう。
まるでフルーツのような甘さ。生でも食べられるトウモロコシ

年間100種類もの品種を栽培するニッケイファームは少量多品種をベースとしているが、その中でも主力のトウモロコシは26,000本もの量を出荷している。旬を迎える夏の3か月間は毎日午前3時頃に収穫し、もぎたての新鮮な状態で出荷する。それは、トウモロコシは夜中にデンプン(糖分)を蓄え、朝が一番甘みのある状態だからだ。また、早朝に収穫したトウモロコシは水分量が多いため鮮度を保ちやすくなり、昼間の暑さによる品質の劣化を防ぐのにも役立つという。
ニッケイファームでは、トウモロコシは通常より10日ほど長く育てるため、甘みが凝縮し味が濃くなるそう。白いトウモロコシ「ピュアホワイト」の糖度は22.5度、黄色いトウモロコシは21.5度と高水準を維持している。
「トウモロコシの頭の部分を触って実がしっかりしていて、お尻を触って確認し、ひげ部分の乾燥具合や色で判断をして収穫します」とピュアホワイトを手にする大竹さん。トウモロコシの害虫として知られるアワノメイガを防ぐために茎を切ったり、葉の数を減らすなど工夫することで害虫被害は劇的に減ったと言う。
「白いトウモロコシは生食がおすすめです。ジューシーで新鮮な甘みを感じることができます。黄色は少し火入れをしたほうが甘みが増します」と教えてくれた。
野菜の味でたくさんの人を感動させたい

「夢はまだまだたくさんあります」と笑う大竹さん。そのひとつが自分の農業のスタイルになっている、野菜の味でたくさんの人を感動させること。
野菜を食べることや食べさせることを親子で義務のように感じるのではなく、子どもがお菓子を買うように、「あそこの野菜がおいしい」「あのトウモロコシが食べたいから買ってほしい」と思われるような存在になりたいと願う。
「子どもの頃の農業体験を通して面白さやメッセージを届けることができれば、畑は子々孫々まで野菜を作り続けられる場所であり続けることができると信じています。また畑に遊びに行ってみたいと思われることが幸せです」。
また、消費者にとって野菜が安いのは当たり前という現状は決して農家が望んでいることではないため、「農家が抱える状況を理解して意識を変えてもらうことも大事なこと」と言う。
「様々な困難を乗り越えてきましたが、今となっては農業をやってよかったと思えます。誰かのためにできることなら僕は頑張れます」と話す大竹さん。隣で志保さんも大きくうなずく。これからも「おいしかった!」という笑顔を見るために、日々やりがいを感じながら独自のスタイルで農業の道を突き進んでいく。



