清里の地だからできたこと「有限会社農業法人清里ジャム」/山梨県北杜市

ペンション経営の為に移住してきたところから始まった清里ジャムは、独自の製法にこだわるジャムやコーディアルなど多くの人に受け入れられる商品を生み出した。これまで多くの開拓者を受け入れてきた歴史を持つ「清里ならではの風土があったからできたこと」と語る社長・佐野間 芳樹(さのま よしき)さんの商品開発を続ける原動力とは。

目次

ペンション経営から始まったジャム作り

八ヶ岳南麓の山梨県北杜市清里地域、萌木(もえぎ)の村の一角にある「有限会社農業法人清里ジャム」。ここには「フルーツをそのまま食べているみたい」という感想が寄せられる程みずみずしい果実を味わえるジャムがある。

「余計なことをせず、素材の味を生かす」そう話すのは有限会社農業法人清里ジャムの代表取締役社長・佐野間芳樹(さのまよしき)さん。

製造の効率ではなく「誠実さ」を大切にすることをモットーにジャム作りを続けている。佐野間さんが「清里ジャム」の工房を立ち上げたのは2003年。30代前半でこの地へ移住し立ち上げたペンション事業の食材作りを始めたことがきっかけだった。

清里で第二の人生を

群馬県に生まれ、大学進学の際に上京し、後にファッション業界を志して専門学校へ進学した佐野間さん。卒業後は某有名ファッションデザイナーの下でデザイン業務を行っていた。やりがいのある仕事だったが、常にトレンドを追いかける目まぐるしい日々に次第に行き詰まっていったという。

故郷のような自然の中で仕事をしたいと思い、当時ブームだったペンション経営の道に進むことを決意。八ヶ岳周辺で物件を探しているところで清里と出会い、この土地でペンション事業を行っていく事を決心した。

農業への興味

ペンションで提供する料理に必要な食材が上手く手に入らなかったことから、まずは自身で農業を始めたと当時を振り返る佐野間さん。

初めはハーブや野菜などの食材を作っていたが、次第に農業へのめり込むようになっていく。「仕方がないので食材を自分で作ってしまおうと始めた農業でしたが、結構うまく行ったんですよね。元々興味もあったので、勉強しながら作る物も広げていきました」。清里の土地に合う農作物を探し試行錯誤を重ねた結果、辿り着いたのがブルーベリーだった。

観光農園として本格的に栽培をスタートし、収穫したもので作った自家製のブルーベリージャムをペンションの食事で提供してみると、利用客から好評の声が多く寄せられるように。近隣のホテルなどからも仕入れの要望が舞い込むようになったこともあり、いよいよ本格的に製品化へ踏み切ることとなる。

清里の受け入れる風土と拡大するジャム事業

宿泊業に並ぶ柱として、加工品の市場へ事業を開拓しはじめた佐野間さん。さらにその背中を押すこととなった転機が訪れたのが2003年、当時の高根町町長の発想で始まった萌木の村内施設建設の話を持ちかけられたことだった。

「当時の町長が非常に意欲的で聡明な人でした。元々地域の特性として酪農やその生産物であるミルクなどに力を入れていましたが、それ以外の特産品作りや農業へ尽力してくれたんです」

牛乳以外の特産品を作る。佐野間さんはそのミッションを果たすべく、町長直々に推薦を受けてジャム作り事業としてエントリー。その結果見事採用され、ペンションで消費する分だけの小規模だったジャム作り事業を拡大することになり、「有限会社農業法人清里ジャム」を設立。いよいよ地元山梨の果物を使った「清里ジャム」のブランドが生まれた。これら一連の経緯を「清里だからできたこと」と語る佐野間さん。「清里は開拓者の町なので、外部からの人を受け入れる風土がありました」。事実、1938年の奥多摩湖のダム建設により沈むこととなった村の住民たちが清里地区に移住し、新たな開拓を始めたという歴史がある。厳しい寒さと飢えに耐えながら痩せた荒地を開墾するという過酷な作業に取り組み、地域を発展させてきた清里には、佐野間さんのいう「受け入れる風土」があるのだろう。移住者にも分け隔てない風土があったからこそ、こうした新しいムーブメントが起きたのだ。

農業体験と宿泊を掛け合わせた「農泊連携」にもいち早く取り組んでいた当時の高根町では、町長が青年塾という団体を作り、毎年ヨーロッパ諸国への視察を実施。農業を観光に繋げ「アグリツーリズム」や、野菜・果物の現場を学んでいたという。「非常に有意義な体験だった」青年塾の一員だった佐野間さんはそう当時を振り返る。この視察で刺激を受けた佐野間さんはペンションでも摘み取り体験やジャム作り体験などの宿泊と畑をセットにした施策を打ち出していく。

魔法のかかった「清里ジャム」

「清里ジャム」の商品の中で最も人気なのが白桃のジャム。「多くの場合、一番人気といえばいちごジャムですが、うちは白桃が一番売れるんです」。その理由のひとつは、旬の時期にだけ製造・販売することで、素材本来の瑞々しい美味しさを届ける事が出来ているからだという。もちろん白桃以外のラインナップも旬のシーズン内で完売してしまう程の人気ぶりで、一つひとつ丁寧に選別した材料で作られたジャムの種類は25種類に及ぶ。

大きめにカットされた果物のごろっとした食感が魅力の「清里ジャム」だが、「果物の下処理に半日かかってしまって、効率が悪いんです」と苦笑いする。通常のジャム作りであれば1日に3回転製造ができるところを、ここでは1回転しか行う事ができないそうだ。具体的な1日の工程として、まず自分の目で確かめた素材の下処理を午前中に済ませる事から始まる。佐野間さんが作るジャムの糖度は37度と市販のものよりやや低い。その分酸味や香り、味の奥行きとなるえぐみが感じられ、ただ甘いだけではない素材の味を感じる仕上がりとなる。

ジャムの粘り気を出すための添加剤であるペクチンや香料を使わずに時間をかけて水分を飛ばす、独自の「真空低温濃縮」という製法を用い煮詰めていく。これにより、素材の風味がより濃縮され、出来上がったジャムがフルーティーで「果物そのもの」の味に仕上がるのだという。

この一連の工程を佐野間さんは「魔法をかける」と表現した。瓶詰めされた美味しそうなジャムの中には、試行錯誤し続けてたどり着いた「魔法」がぎっしりと詰まっているのだ。

ここにしかない、「日本のコーディアル」 

ペンション事業から始まったジャム作り。今までは主に小売店やホテルの売店などへの卸売りが多かったが、ここ数年はホテルで提供する朝食用のジャムや、ギフト用のジャムといった商品開発の依頼が増えてきたそうだ。「好反響のおかげで、認知度が少しずつ増えていっている実感はあります」と佐野間さんは胸を張って答える。

これを受け盛況であったペンション事業をたたみ、現在はジャム事業に専念している。その中で新たに「コーディアル」という商品が開発された。

コーディアルは日本人にあまり馴染みのない商品だが、イギリス発祥の希釈して使うフレーバーシロップの事だ。炭酸水で割ってノンアルコールドリンクにしたり、紅茶やヨーグルトに混ぜてその香りや甘さを楽しんだりと多彩な使い方で味わうことができる。現在日本で流通している物は輸入品が大半を占め、日本国内で作っているところはほとんど無いのだという。

「勿論一番の売れ筋商品はジャムですが、ジャムを作ること、果物を加工する事の延長線上には色んなものがあります。コーディアルもそのひとつで、加工をするのが好きで色々と商品開発を進めています」

「日本のコーディアル」として、開発以降多くの反響を呼ぶ人気商品へと成長した。

これからの「清里ジャム」

現在有限会社農業法人清里ジャムの悩みは人手不足。佐野間さん自身も高齢となり、次の担い手がなかなか集まらないという状況がある。また果物の仕入れ先である農家も、後継ぎがおらずに閉業してしまう所も少なくない。地球温暖化が原因で不作に陥ってしまったりと、継続して同じものを仕入れられないのではないかという不安もあるそうだ。しかしそんな厳しい状況にあっても、佐野間さんにジャム作りを辞めるという選択肢は無い。

「それでもまだやりたい事の発想が出るんです。それは『あなたはまだ世の中の為に活動しなさい』と言われてるって事だと思います。だから動けるうちは色んな事にチャレンジしていきたいです。ジャムと良く合うパンを作るのが当面の課題ですね」

ジャムやコーディアル、パンと様々な商品を展開する「清里ジャム」。その根底には良いものを作ろう、山梨の農業や観光、ひいては世の中の役に立つことをやりたいという思いがある。試行錯誤し、独自製法を編み出しながら誠実に作られた商品はこれからも佐野間さんの歩みと共に、世の中に受け入れられ続けるだろう。

ACCESS

有限会社 農業生産法人 清里ジャム
山梨県北杜市高根町清里 3545-264 ともにこの森
TEL 非公開
URL https://kiyosatojam.com/
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