国産の西洋野菜を使いたい、というシェフの声に応えて。「三野農園」の挑戦/北海道真狩村

国産の西洋野菜を使いたい、というシェフの声に応えて。「三野(みの)農園」の挑戦/北海道真狩村

120年の歴史を持つ農家の新しい野菜作り

「えぞ富士」羊蹄山の南麓に位置する北海道真狩村。ニセコ連峰の山々に囲まれたこの村は、昼夜の寒暖差、火山性の肥沃な土壌、「神の水」(カムイワッカ)と呼ばれるミネラルが豊富な羊蹄山の伏流水など、自然条件に恵まれ、農業を基幹産業として発展してきた。特産品は生産量日本一のゆり根やじゃがいも、にんじん、たまねぎ、スイートコーン、アスパラガスなど。北海道全体の農業作目のほとんどすべてが収穫されるこの村で、ただひとりまったく違う野菜を育てる人がいる。約120年続く「三野(みの)農園」5代目の三野伸治さんだ。

フレンチやイタリアンの食材に欠かせない西洋野菜

三野農園が栽培するのはリーキ(西洋ネギ)、ベルギーエシャロット、ペコロス、サボイキャベツ、ロマネスコ、フェンネルなど耳慣れない品種や色とりどりのビーツや人参、紫色のカリフラワーなど約30品目の西洋野菜。どれも普段スーパーマーケットなどでほとんど目にすることがない、珍しい野菜である。

リーキ(西洋ネギ)は「ポワロ」とも呼ばれ、見た目は日本の長ネギよりも太い。煮込むほどに甘みが出る、フレンチには欠かせない食材だ。三野さんが「一番好き」と言うサボイキャベツは、日本のキャベツと違って主に加熱調理で使われる。歯応えがよくスープがしっかり染み込むので、三野さんの家では鍋料理にも白菜ではなくサボイキャベツを使うのだとか。

きっかけはオーベルジュ「マッカリーナ」のシェフの一声

なぜ地場の特産品ではなく西洋野菜を作るようになったのか。そのきっかけは1997年、真狩村にオーベルジュ「マッカリーナ」ができたことだった。

「まだ父親の代の頃、村役場にマッカリーナのシェフから『輸入物ではなく地元の食材を使いたいので、フレンチで使う西洋野菜を作ってみてもらえないか』という話があり、数軒の農家がリーキ(西洋ネギ)の栽培を始めたんです」と三野さんは当時を振り返る。

勇んで始めたものの、うまくいかずにほとんどの農家がやめていく中で、三野農園だけが辛抱強く栽培を続け、5〜6年経ってようやく収穫量が安定し始めた。当時は他にもじゃがいもや人参など、これまで作っていた農作物も並行して栽培し、農協へ出荷していたという。

本腰を入れて西洋野菜を扱い始めたのは、三野さんが農園を継いだ14〜15年前から。リーキができるなら他の西洋野菜も作れるのではと考え、品目を増やしていく。とはいえ、周りの農家が誰ひとり作っていない野菜を生産するのは、並大抵のことではない。独学で栽培方法を学びながら、真狩の気候風土で育てられそうな野菜を作付けしていった。

「植えて1年目、2年目は必ず失敗していました。そしたら翌年は時期をずらしてみたり、ひとつの作物を複数の畑に分けて植える時期を変えてみたり。試行錯誤を繰り返して、ようやく安定して収穫できる方法にたどり着きました」

レストラン向けの野菜作りに舵を切る

三野さんには西洋野菜の栽培にこだわる理由があった。ひとつは消費者の関心の高さだ。産直市場やイベントに出店するたびに多くの注目を集め、メディア取材も急増した。 もうひとつの理由が、市場価格の変動に左右されない農業への挑戦である。従来のような農協との取引は、大量に収穫して一度に出荷できるので手間は少ない一方、市場価格が下がると収入が厳しくなる。そこで三野さんはターゲットをレストランに絞り、一定価格で直販することにした。

「卸先にリサーチしたり、情報を集めたりして手探りで値付けしていました。北海道からの発送はどうしても送料が高くなってしまうため、その点も考慮する必要がある。でも自分で値段を付けた野菜を欲しいという人に買ってもらえるのは、とてもやりがいを感じます」

西洋野菜を作るきっかけとなった「マッカリーナ」との直接取引もスタートし、三野農園の評判は口コミで全国に広がった。現在はフレンチの老舗「東京コートドール」京都の料亭「菊乃井」など、全国各地の名店で三野農園の野菜を使った料理が提供されている。

シェフと直接つながっているからこそ

取引先レストランの増加と栽培品目の増加に伴い、三野さんの野菜作りは困難を極めていく。どの野菜をどのくらい植えて、どのくらいの量を収穫するか、綿密に計算して作付けする必要が出てきたのだ。

「レストランのメニューに使われている期間は、安定して出荷できるようにしなければなりません。せっかくメニューに入れたのに、野菜が品切れという事態は避けたい。でもどうしてもたくさん収穫できる時期もあれば、収穫量が減る時期もある。減った時に限って注文が集中してしまったり。そのバランスが一番難しいです」

レストランメニューの「品切れ」を防ぐ畑作り

また、連作障害(同一作物を同じ畑で作り続けることで起こる生育不良)を防ぐため、土の中で育つ根菜類の後は葉物野菜を取り入れるなど、作付け場所はローテーションを組む。畑に無理をさせれば、必ず野菜の品質や収量は落ちてしまう。限られた面積で求められる量を収穫するために、三野さんは天然の有機物や微生物資材、堆肥を使った土作りの工夫も欠かさない。

シェフの言葉が野菜づくりのヒントと活力を与えてくれる

収穫が完了しても三野農園の仕事はまだまだ終わらない。受注業務や選別、箱詰め、発送作業などスタッフ総出でフル稼働する。農業収入を確保する目的で始めた西洋野菜の直販だが、今は何よりもお客さんの信頼・期待にこたえたいという気持ちが強く、やりがいを感じているという。シェフとも積極的にコミュニケーションを取って、野菜の出来栄えや要望を聞く。

「周りの農家からは『大変そうだね』と言われます。オーダーに追われながら収穫もしなきゃいけないし、出荷も間に合わせなきゃいけない。これまでの一般的な農業の感覚だと難しいと思います。でも僕はこれをやると決めたので」

三野さんの口調は淡々としているが、その言葉からは強い覚悟と信念が感じられた。

「ここでしか作れないもの」を増やしたい

「120年前に先祖がこの地を開拓して、今まで僕たちが農業を続けられているのは、ここが野菜がよく育ついい土地だからだと思います」と三野さん。

その証拠に多くの農村地帯で後継者不足が叫ばれるなか、真狩村は親の後を継いで農家を続ける人が比較的多く、全然農地が空かないのだとか。三野さん曰く「農地は空けばみんなが欲しがります」とのこと。

恵まれた大地で親から継いだ畑をそのまま続けてもいいし、三野さんのように新しいことにチャレンジしてもいい。レストラン向け西洋野菜という新たな市場を切り拓いた三野農園の取り組みから、農業は可能性に満ちているのだと気付かされる。

三野さんが新たに掲げる目標は、この地域の地場農産物を増やしていくことだ。

「この場所でしか手に入らない作物を作っていれば、収入が上がる可能性も大いにあります。うちがきっかけとなって、この周辺でも西洋野菜を作りたいと思う農家がどんどん増えて、真狩村の特産品が増えたら面白いですよね」

遠くない将来、真狩村に新たな特産品が続々と登場する日が訪れるかもしれない。  

ACCESS

三野農園
北海道虻田郡真狩村字加野326
TEL 0136-45-3224
URL https://farm-mino.com/