ジャージー牛を放牧し、「低温殺菌・ノンホモ」の牛乳を全国にお届け。なかほら牧場/岩手県岩泉町

北上山系の広大な山地で、ジャージー牛主体の放牧酪農をしている「なかほら牧場」。野草を食べながらのびのびと過ごす健康な牛の生乳を、自社のミルクプラントで「低温殺菌・ノンホモ」に仕上げた牛乳は、「コクはあるのに後味がすっきりしている」と県内外で評価されている。

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故郷で山地酪農を目指す

岩手県の県土の約6割を占め、中央部から周辺部に向けてなだらかな勾配の山地が広がる北上山系。その標高700〜850メートルの窪地に、なかほら牧場はある。面積は、東京ドーム約25個分の、およそ120ヘクタール。ここで子牛も含め110頭の乳牛を放牧している。

なかほら牧場は、1984年に岩手県出身の中洞正(なかほらただし)さんが岩泉町有芸地区に入植して始めた牧場だ。中洞さんは東京農業大学在学中に、植物生態学者の猶原恭爾(なおばらきょうじ)博士が提唱した酪農スタイル「山地(やまち)酪農」を知り、衝撃を受ける。現在日本の多くの酪農家は、牛乳を大量に安価に提供するために、牛を放牧せず、牛舎につないで栄養価の高い外国産穀物飼料を食べさせている。それに対して「山地酪農」は、山に野シバを植え、草食動物である牛を放牧して草を食べさせることで、日本の国土の約7割を占める山を酪農に有効利用し緑の草地に変える、というものだった。しかも、「放牧」と聞くと平らで広い草地が必要と思いがちだが、牛は好物の草さえあれば傾斜地でも難なく歩くという。「これなら急傾斜地が多い岩手の山林でも酪農ができる」と考えた中洞さんは、卒業後に帰郷し、「北上山系総合開発事業」により売り出されていた現在の牧場を購入。この事業は県内8地区17市町村に酪農を誘致する事業で、牧場は、50ヘクタールの土地のほかにさまざまな設備や牛舎、住居なども付いた「建て売り牧場」だった。設備のなかには糞尿処理機など、牛の糞尿が放牧地の肥やしとなる山地酪農では不要なものも含まれており、多額の借金を抱えるものだったが、「故郷で放牧酪農を実践する」という夢のために決断したという。

ジャージー牛を選んだ理由

入植した中洞さんは、まず木を伐採して、牛たちが逃げないように牧場の周囲に柵を打ち、11頭の乳牛を放牧した。牛たちは歩き回って下草や木の葉などを食べるので、食べ尽くされて土壌がむき出しになる。そこに日が当たり牛たちの糞尿が肥料となって、やがて野シバなど在来の野草が生えるように。この作業を少しずつ繰り返すことで野草が生えた放牧地を拡大し、乳牛の頭数を増やしていった。ちなみに猶原博士は、牛が十分に食べられる量且つ、過食により野草が消滅しないちょうどいいバランスとして、「放牧地1ヘクタールあたりの牛の頭数を成牛に換算して1.5頭まで」としており、なかほら牧場でも、それに準じた規模で放牧を行っている。

生乳本来の風味を生かしたい

なかほら牧場の牛たちは、通年昼夜問わず放牧されている。牛舎に入るのは、一日2回の搾乳時のみ。搾乳時には、国産のビートかすと大豆かす、小麦を混ぜた「おやつ」が与えられるが、それ以外は、春から秋までは放牧地内のノシバや野草を、放牧地が雪で覆われる冬は、自社採草地の無農薬牧草を発酵させた「サイレージ」や国産の干し草を食べながら、広大な放牧地でのびのびと過ごす。交配も出産も自然のまま。出産後も2か月までは母乳哺育なので、母牛・子牛ともにストレスがかからない。心身ともに健康そのものだ。

「63℃で30分間」の低温殺菌

なかほら牧場ではそんな健康な牛たちの生乳を、自社のミルクプラントで牛乳に加工し、販売している。中洞さんは入植してから7年間は生乳を農協に出荷していたのだが、1987年に生乳の取引基準が「脂肪分(生乳に含まれる脂肪分の割合)3.5%以上」に変更になり、基準に満たない生乳の買取価格が半額程度となった。なかほら牧場の生乳は放牧で運動量が多いため、乳脂肪分が高くなかったが、水分量の多い青草を食べる春から秋にかけては乳脂肪分がさらに低くなる。そのため中洞さんは「この基準では経営が成り立たない」と危機感を感じ、自分のブランドを立ち上げることを決意。銀行から融資を受けてミルクプラントを建設し、牛乳の製造を始めた。ちなみに同牧場ではその後、ジャージー牛の比率を増やして生乳の脂肪分を高め、現在は夏が3.6〜3.8%、冬は4.3〜4.5%である。

同牧場の牛乳は、コクがあるのに後味がすっきりしている点が特徴だ。それをつくりだしているのが、「63度Cで30分間」の低温殺菌をしていること。「殺菌温度や時間によって、タンパク質が変化して生乳本来の味ではなくなる。そこで試行錯誤してたどり着いたのが、法律上ギリギリの『63度Cで30分間』だったんです」と説明するのは、中洞さんに代わり2021年から牧場長を務める牧原亨さんだ。牧原さんによると、日にちが経つと牛乳に「熟成した風味」が加わるそうで、顧客の中には購入した当日と1週間後の味の変化を楽しむ人もいるという。

瓶の上部の「生クリーム」も楽しんで

もうひとつ、なかほら牧場の牛乳の特徴が、ノンホモジナイズ牛乳(ノンホモ牛乳)であることだ。「ホモジナイズ」とは牛乳に含まれている脂肪球を小さくつぶす工程のこと。大手乳業の大量流通品は120℃2秒などの高温殺菌工程における焦げつきを避けるため、殺菌の前にその脂肪球をつぶしておく必要があるのだ。しかし一方で、脂肪球を砕くため生乳本来の風味が失われるというデメリットがあることから、なかほら牧場では「生乳に近い味を楽しんでもらいたい」と「ノンホモ」を選択しているという。「うちの牛乳の味が濃厚といわれるのはそれもあるのです。また、日にちが経つと脂肪分が瓶の上部に浮いてきますが、これは生クリームですのでそのまま食べてもおいしいですし、パンにのせて食べるというお客様もいらっしゃいます」と牧原さんは胸を張る。

次世代に引き継げる「安定経営」を目標に

現在なかほら牧場のミルクプラントでは、牛乳のほかにアイスクリームやヨーグルト、バター、プリンなどの加工品も製造している。販売先は岩手県を越え、関東や関西、四国、九州まで拡大してきたが、それでも経営は厳しい。

商品の価値を理解してもらうことが重要

牧原さんの実家は、隣りの田野畑村で600頭の牛を牛舎で飼育する酪農家だったが、その後廃業となり、牧原さんは13年前になかほら牧場にやってきた。そして「こういうやり方で牛を飼いたい」と感じるようになったという。「でも、現在のように年一億円以上の赤字経営ではダメ。家族で食べていくことができて、次世代の若者に引き継げるような経営体にしないと」と明言する。

経営を安定させるために牧原さんは、消費者に商品の価値を理解してもらい売り上げを増やすことが必要だと考えている。「例えば、うちの牛乳の瓶の上部に浮いてくるのが脂肪分だと知らないお客様もいます。うちの牛乳の値段は一般的なものの5倍以上ですから、その理由、つまり放牧酪農でエサは草主体で、低温殺菌でノンホモである、ということを理解してもらわないと買ってもらえない。逆に理解してもらえば、購入につながるはずです」と牧原さん。若いスタッフや研修生とともに知恵を出し合い、「牛のため、山のため、乳製品を飼ってくれる生活者の健康のため」をモットーに、牧場の発展を目指す。

ACCESS

なかほら牧場
岩手県下閉伊郡岩泉町上有芸水堀287
TEL 050-2018-0112
URL https://nakahora-bokujou.jp
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