暮らしに馴染むふだん使いの小石原焼を。陶芸家・鬼丸尚幸さん/福岡県朝倉郡

小石原焼がつくられているのは福岡県中南部に広がる朝倉郡東峰村小石原エリア。1983年に開窯した「翁明窯元(おうめいかまもと)」は日常的に使う器をつくる窯元で、素朴で温かく、料理が映える器が人気だ。2代目当主の鬼丸尚幸(たかゆき)さんに器づくりに賭ける思いを伺った。

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美しき里山で生まれる素朴で温かい器

福岡県南、筑後地域にある東峰村は人口約2000人の小さな村。宝珠山川(ほうじゅやまがわ)、大肥川(おおひがわ)、小石原川という3つの清流が流れ、澄んだ空には満天の星空が広がるのどかな里山だ。小石原焼はこの地で350年以上前からつくり続けられてきた焼き物。その起源は1669年に陶工・高取八之丞がこの地に陶土を見つけて移住したことから始まる。その後、黒田藩藩主が伊万里から陶工を招き、すでにこの地にあった高取焼と交流し、それぞれの文化が混じり合いながら小石原焼として発展してきた。小石原焼は日々の暮らしに寄り添う作風が特徴で、1958年にベルギーで開催された万国博覧会では最高賞を受賞。「用の美」という言葉とともに世界から注目を集めた。現在は約50軒の窯元が伝統を受け継ぎながら、新しい作風の確立に取り組んでいる。翁明窯元もその一軒だ。

翁明窯元は1983年に鬼丸さんの父・翁明さんが開窯。幼い頃から工房で働く父の姿を身近に見て育った鬼丸さんはごく自然な流れで陶芸家を志した。高校卒業後は東京藝術大学美術学部工芸学科に進み、その後同大学院に進学。美術研究科修士課程陶芸専攻を修了し、2008年には博士号も取得。多くの学びを得て2008年に小石原に帰郷した。

伝統を現代のライフスタイルに昇華

ショップに足を踏み入れると、ろくろを回しながら鉋(かんな)の刃先を器に当て、規則的に小さな削り目を入れて幾何学的な文様をつけていく小石原焼を代表する技法「飛び鉋(とびかんな)」に、水玉を組み合わせた可愛らしい作品が目に留まる。ドットの大きさは大小さまざまだがどれも手にしたくなる可愛いデザインで、女性ファンが多いというのも納得だ。「飛び鉋」や「刷毛目(はけめ)」といった伝統技法を踏襲しつつ、現代のライフスタイルに馴染みやすいのが翁明窯元らしさだ。

「器は料理の引き立て役」と捉える鬼丸さんは現代の食生活に寄り添った器づくりを心がけている。小石原焼には円形の器が多いが、鬼丸さんの器は正方形や長方形、星形など、形のバリエーションも豊富で、同じデザインでも艶あり・マットといった質感が違うモノも揃えている。また「器を日々の暮らしの中で使って楽しんでもらいたい」と手に取りやすい価格に設定しているのも多くの人から支持される理由のひとつとなっている。

女性目線に立った作品づくり

新作は年に4〜5種類登場するが、試作品ができるとまず鬼丸家で使い心地を確かめている。その際、良きアドバイザーとなっているのが妻・晃子(あきこ)さんだ。毎日の食卓を守る晃子さんは実際に使って感じた“大きさ、重さ、厚み、形”などの改善点を鬼丸さんと共有。鬼丸さんがその意見を反映して改良を重ねていく。こうして鬼丸家で合格点が出たものだけが新作として店頭に並ぶというわけだ。もちろん家族だけではなく、取引先のスタッフやお客様の声にも常に耳を傾けている。こうしたユーザー目線に立った鬼丸さんのモノづくりの姿勢が商品のクオリティを高め「翁明窯元の器は可愛くて使いやすい」と定評を得られるまでになった。

ちなみに翁明窯元の作品は、スタイリスト・熊谷隆志氏がディレクターを務めるセレクトショップ「CPCM」で取り扱われていたほか、「スターバックスコーヒー」が日本各地の産業、素材を取り入れた商品開発を行う「JIMOTO Made」シリーズにも採用されている。

華やかな受賞歴を持つ作家としての一面も

ショップに併設されたギャラリーには窯の作品とはまったく趣向の違う青磁作品が展示されている。ここは2017年に小石原を襲った九州北部豪雨により店のシャッターが“く”の字に曲がり、店内が浸水したのを機にリノベーションしてつくられたスペースで、並んでいるのは鬼丸さんが過去に制作した作品だ。

鬼丸さんは学生時代に磁器を研究しており、小石原に帰郷後も有田から土を取り寄せ青磁づくりに励んでいた。2010年からは「日本伝統工芸展」に3年連続で入選したほか、2012年には「西日本陶芸美術展」で大賞を受賞、アジア美術のコレクションで知られるフランス・パリのチェルヌスキ美術館に作品が収蔵されるなど高い評価を受けている。ここ3〜4年は窯の仕事が多忙で、じっくりと作品づくりに取り組めていないが「時間ができたら生まれ育った小石原の土を使い、公募展に出せるような作品もつくっていきたい」と考えている。

受け継がれる知恵と惜しまぬ努力で自然と向き合う

徐々に全国的な知名度も高まり、順風満帆に見える翁明窯元だが、鬼丸さんは課題も感じている。小石原は産地としての知名度が高くないので、人を募集してもなかなか集まらない。「経験者はまず来ません。未経験者でもじっくりと時間をかけて育てていかなければならないと考えています」と鬼丸さん。また、小石原の粘土の質が安定しなくなってきていることも大きな課題だ。翁明窯元でも焼成の際、全体の3〜4割、ひどい時は半分以上の器が割れてしまうこともあるのだとか。「歩留まりが悪いんです。小石原の理事会で“ほかの産地の土を混ぜて使っては?という声が上がることもあります。しかしそうなると“小石原焼”ではなくなってしまう。非常に難しい問題ですが、粘土のつくり方や化粧土の調合、釉薬、焼き方など、今まで培った知恵と重ねた経験を使って粘り強く地元の土とつきあっていきたいですね」。

苦境に立たされても常に前向きに器づくりに向き合う鬼丸さん。これからどんな器を世に送り出してくれるのか楽しみだ。

ACCESS

福岡県朝倉郡東峰村小石原1126-1
TEL 0946-74-2186
URL 020oumei.info
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