微生物が生み出す見たことのない世界で、日本酒の可能性を探る「土田酒造」/群馬県利根郡川場村

群馬県北部の山間にある川場村は、日本百名山のひとつである武尊山(ほたかやま)の南麓に広がる、自然豊かな農山村だ。そんな川場村にある「土田酒造」は、武尊山の伏流水を使い、米と麹で造る江戸時代の製法「生酛(きもと)造り」で菌の力を引き出し、微生物が生み出す日本酒の可能性に挑戦している。

目次

土田酒造にしかできない酒を造る

1907年に新潟で創業した土田酒造は、隣接する群馬県の武尊山の良質な水を求めて群馬県沼田市に移転し、酒造りを行っていた。
ところが、しばらくして沼田市の区画整理により、再び移転を余儀なくされる。その際、できるだけ今まで造ってきた酒と味が変わらぬよう、同じ水脈を辿って移転する土地を選んだ。それが現在、蔵を構える川場村だ。1992年からこの地で酒の製造・販売を開始し、移転先の決め手にもなった武尊山の水を使って酒造りを続けている。

創業以来「お客様に喜ばれる日本酒」を意識して造っていた土田酒造だが、日本酒の需要が減少していくなか、地元のお客様に向けて安価な普通酒を造っているだけでは、この先、蔵が潰れてしまうのではないかという危機感に襲われ、一度、事業を整理するために縮小し、今後の方向性を話し合った。
そこで蔵が生き残るには、難しくても自信を持って「これが自分たちの酒だ」といえるものに挑戦した方がいいのではないかと考え始める。普通酒ではなく特定名称酒、なかでも純米酒で結果を出し、全国新酒鑑評会で金賞を取ることをひとつの目標に定めた。

ちょうどその頃、秋田の新政酒造が出品した生酛純米造りの「新政」が、全国新酒鑑評会で金賞を受賞する。
目標は設定したが、純米酒で求める味をどう造っていったらいいかわからなかった、土田酒造の杜氏・星野元希さんは、酒造りのヒントを得るために新政酒造にコンタクトを取り、研修をしてほしいと願い出た。
自分たちの造りたい酒を純米で造ることに不安を抱えたまま研修に参加したが、この研修で純米酒でもテクニックで軽い味わいが出せることを学んだ。新政酒造での研修をきっかけに、理想でしかなかった「全量山廃全量純米」という酒造りを、実現可能なものとして捉えることができたという。
この土地にあるものを最大限に活かす、山廃仕込みでの純米酒造りという、土田酒造の生き残りを賭けた酒造りへの挑戦が始まった。

群馬県産の飯米で、うまい酒を造る

土田酒造では現在、主に群馬県産の飯米(食用米)である「あさひの夢」をできるだけ削らずに、地元の農家が一生懸命作った米をムダにしない酒造りを行っている。
「以前、飲食店のプライベートブランドとして精米歩合90%で日本酒を造ってほしいという依頼がありました。やってみたところ、おもしろい味わいのうまい酒ができた。味のおもしろさに惹かれて精米歩合を90%程度にし、米の旨味を丸ごと日本酒に落とし込んだ、うちならではの酒を造ることを今は追求しています」と、土田酒造の杜氏・星野元希さん。

一般的に米の表層に多く含まれる脂質やたんぱく質は日本酒の雑味の原因になるため、雑味の少ない大吟醸酒では精米歩合が50%以下になるまで米が削られている一方で、脂質やたんぱく質といった雑味になりやすい米表層の栄養素は酒の旨味の元でもあり、酒の個性につながる大切な部分でもある。酒造りにおいて精米歩合は香りや味わいを左右する重要な要素となるため、土田酒造ではあえて精米歩合を90%にし個性を生かす道を選んだ。

自然濾過された伏流水が生み出す、独特の味わい

武尊山でじっくりと自然濾過された水は、弱アルカリ性で硬度が78程度の中軟水。日本酒造りにおいて水の性質は、そのまま味に反映される重要な要素のひとつでもある。この土地にある水を活かした酒造り。使う水によって、日本酒のクオリティーは大きく変わってくる。
「水の影響は大きいです。仕込み水の質はもちろん、温度も重要になってきます。冬場、雪で覆われる武尊山の雪解け水は冷たく、我々が造りたい酒と相性がいいんですよ」と星野さん。

地名からもわかるように、川がたくさんある「川場村」で、今後も水の良さを活かした、土田ならではの酒造りをしていくという。

蔵にすみ着く菌は、蔵の歴史そのもの

日本酒は基本的に、米、水、麹という3つの材料を発酵させ、醸して造られる。その間に、蔵にすみ着いている乳酸菌をはじめとするさまざまな微生物の活動によって、蔵独自の香りや味わいに変化していく。
「生酛造り」は、米を早く溶かすために蒸し米をすり潰し、麹と仕込み水を混ぜて酒母を作る「山卸」という作業がある。この「山卸」を廃止した「山廃仕込み」では、蒸し米をすり潰さずにそのまま麹の力で溶かし、アルコール発酵させていく。そのため「山廃仕込み」では、蔵にいる微生物の働きが特に重要になってくるのだ。

星野さん曰く「山廃仕込みに切り替えてから、自分ひとりで造っている間は失敗したことがなかったのですが、事業を拡大するために若いスタッフを入れて現場の人数を増やしたら、うまくいかなくなってしまったんです」
そんな時、広島にある竹鶴酒蔵の杜氏に相談したところ「山廃は名人芸。だから経験値が浅い人間は基本を学ぶためにも、最も古い酒造りの手法である生酛を、まずはやってみた方がいい」とアドバイスをもらい、若いスタッフたちに生酛造りを指導したところ問題なくうまい酒が造れた。
そこで星野さんは「個人の技術力ではなく、蔵の技術として残すのは生酛だ」と思い、社長に進言。社長は、すべての酒を生酛造りにすると決断し、現在の全量生酛造りに舵を切った。

試行錯誤の末に行き着いた、生酛造りのおもしろさ

生酛造りとは、江戸時代からある日本酒の最も伝統的な醸造法で、米、水、麹と蔵にすみ着いている乳酸菌などの微生物の生存競争を利用した製法のこと。土田酒造では純米酒にこだわり、酵母や醸造アルコールを添加しない無添加で、先代たちから受け継いだ技術を現代的な機械設備の中で行っている。
「こうなるはず」と設計して造る酒が、「こうなったか」となる。当初の狙いとは違う酒になったとしても、その酒が意図せず評価されることもある。
目に見えない微生物を導き、促す生酛造りは、味の違いや複雑さが楽しめる造り方ではあるが、予測できない菌の動きは常に失敗と隣合せでもある。

「結果が出てから、なぜそうなったかを検証する。その発見と学びが、生酛造りのおもしろさです」と星野さん。

無添加にこだわり、日本酒の可能性を探る

星野さんは「うちの社長はまだ見たことのない世界、日本酒の持ついろいろな可能性について、お客さまに伝えていきたい気持ちが強い人なんです」という。
「それを形にしていくのが自分の仕事」と理解し試行錯誤する中で、日本酒の持つさまざまな可能性に挑戦できる方法として行き着いたのが、乳酸をはじめ、すべての添加物を使用せずに無添加で造る“生酛造り”だ。

無添加で起こる偶発性を大切に、菌の力を促す技術を培っていく。江戸時代の醸造方法を用いて、現代の道具で発見や検証を繰り返しながら、日本酒の持つ世界観を広げていきたいという。

地元で愛されてきた「誉国光」

長年「誉国光」という、地元で親しまれてきたアルコール添加の普通酒を造ってきた土田酒造が、全量無添加生酛造りにしたことにより離れていく客も多くいたという。
今まで同銘柄を飲んでいた客に向けた商品もつくったが、造り方を変えたことで価格が高くなってしまい、地元客はもちろん、酒屋からも怒られた。実際、売り上げも落ち込んだという。

しかし現在は、以前の誉国光の余韻や切れ、味わいを純米無添加で再現するように設計した地元向けの辛口の酒として誉国光を復活させた。また蔵の味わいを追求するために、技術的なチャレンジや特殊なスペックで造る酒を「土田シリーズ」として商品化。この2ブランドが、現在同社の二枚看板となっている。
このように、酒蔵が本気で挑戦する姿に期待を込めて応援してくれる客がいることも、売り上げ回復の一因だろう。

失敗から生まれるうまい酒もある

試行錯誤しながら実験的に挑戦を続けていると、当然、失敗も多くなる。
「予期せぬ微生物の働きで、本来、目指していた姿にはならなかった、自分たちにとっては“失敗した酒”を、試しに商品として販売してみたら、これが売れたんですよ」

挑戦をしているからこそ起こるトラブルを「F」と名付けて、しっかり説明をしたうえで商品化する。売れている日本酒の中には、失敗から生まれている商品も少なくない。
いつ何が起こるかわからない、無添加の生酛造りだからこそ、応援してくれる人には事情を理解したうえで飲んでもらい、自分たちは酒造りでできることを真摯に精一杯やり続ける。

「それが飲み手、造り手、すべての人の喜びにつながっていく」と、土田酒造は考えている。

土田の「究極の1本」を造りたい

生酛造りをやっていくなかで、徐々に主原料である「米作り」という部分に、価値を見出していったという星野さん。農薬や肥料を一切使わずに、自然の力のみで育てる自然栽培で収穫した米をできるだけ削らずに酒にする。そうしてできた酒は、土田酒造にしか出せない、土田の最高峰になると信じている。

「究極の1本を造りたい」という思いは強いが、その「1本」のイメージは、まだまだ模索中だという。しかし、米を削らないことで味の変化や個性がはっきりし、無添加であることで不安定にはなるが、微生物の動きが活発化してこの土地ならではの味わいになる。

「そこにヒントがあるような気はしていますけど、まだ『この酒だ』という明確なものは見えていません」と星野さん。最終的には商品ラインをひとつにし「これがうちの酒だ」というものを造り出したいという。

再現性を求めず、今は挑戦のとき

「究極の1本」を見つけるために、今はたくさんのことにチャレンジし、ひとつでも多くの経験をして、一度酒造りを大きく広げているところだという。
目指すべき場所に辿り着くために、今は幅を広げて技術的な引き出しを増やしている最中のため、味も一定ではなく、毎年違うしブレまくる。安定感はなく、失敗することもある一方で、予想を超えた味わいの、うまい酒ができることもある。

今はイメージを広げ、無添加生酛造りでできる酒造りの可能性をデータと経験値として集めている段階のため、現段階での再現性はそれほど求めていないという。

蔵の技術としてデータを残す

土田酒造の分析室では、酒母やもろみの様子を詳しく分析し、仕込み中は毎日、顕微鏡で酵母を観察し発酵を管理している。いかに酵母を生かしたまま、もろみを搾って原酒と酒粕に分ける上槽の作業まで持っていけるかが、日本酒の味わいや香りに大きく影響する。
しかし、毎日検査をしてデータを取っていても、添加物なしで酵母まで無添加だと「正直、何が効いているのかわからない」と星野さん。

また技術的なデータを取るために、毎年「研究醸造」を行いテーマを決めて実験し、実際どうだったかを記録している。その結果わかったことを元に、今後の製造計画などに反映している。
昔ながらの伝統的な製法だからといって勘に頼ることなく、一つひとつ丁寧にデータを取り、分析することを欠かさない。それは「誉国光」や「土田生酛」のような定番商品の設計図を変えずに、毎年同じ商品を提供するための挑戦でもある。

日本酒の可能性に挑戦中

日本酒造りにおいて「生酛造り」という特殊な醸造方法を選択した土田酒造。いわゆる通常スペックではないが「自分たちで選んだ『生酛純米』という手法で評価されたい」という気持ちが強い。
具体的な目標として掲げているのが、コンクールでの「全国で金賞」だ。
そこには今の日本酒業界にある、評価が高い酒に対して似たような味わいの酒が出てきてしまう傾向への、土田酒造の姿勢が伺える。

「道はひとつじゃなく、こんな道もあるし、こういう道もある。無添加生酛純米酒で、我々はそれを示していくのが役目なんじゃないかなと思っています」
造り手自身が楽しんで酒を造り、醸造技術や日本酒文化を次世代へと伝えるために、土田酒造の挑戦は続いていく。

ACCESS

土田酒造 
群馬県利根郡川場村川場湯原2691
TEL 0278-52-3670
URL https://tsuchidasake.jp
  • URLをコピーしました!
目次