地元の米や水、耕す人々。“永平寺テロワール”で世界に挑む「𠮷田酒造」/福井県永平寺町

1806年創業の「𠮷田酒造」は、福井県𠮷田郡永平寺町(えいへいじちょう)にある酒蔵。永平寺町の高品質な酒米と豊かな水、そして、この土地の人々の営みと風土も含めて“テロワール”と表現し醸す酒は、老舗酒蔵にとって新たな世界の扉を開く。

目次

先代が米作りで活路を開く

銘酒「白龍」を醸してきた𠮷田酒造は、雄大な九頭竜川のすぐそばにある。酒造りや米作りに適した良質な水が豊富な地域で、同じ永平寺町には「黒龍」の黒龍酒造「越前岬」の田辺酒造など、全国的な知名度を誇る酒蔵が集中する。そんな激戦区で、𠮷田酒造の杜氏を務める𠮷田真子さん。2017年、25歳の若さで杜氏に就任し、当時、全国最年少女性杜氏として大きな注目を集めた。

現在は母である由香里さんと姉の祥子さん、その夫の大貴さんと力を合わせて酒蔵を営んでいる。

全量永平寺町産の米で純米酒を醸す

𠮷田酒造では真子さんが杜氏になった2017年から全量純米酒蔵となった。使う酒米は山田錦、五百万石、ハナエチゼンで、2018年からは、原材料米のすべてを永平寺町産で賄っている。
真子さんが目指すのは、永平寺町産の酒米の特徴を生かしつつ、この土地の水のようにピュアで透明感のある「食中酒として盃がすすむ酒」だ。

新しい酒蔵で海外向けの酒を

そして2023年、𠮷田酒造は新しい酒蔵を建て、純米や吟醸といった特定名称酒に頼らない海外向けの新しい酒造りを始める。家族経営の小さな蔵が世界に挑む原動力は、真子さんの父で、8年前に亡くなった6代目蔵元の智彦さんが家族に遺した酒造りへの情熱に他ならない。

等級制度の酒造りからの脱却

智彦さんが𠮷田酒造を継いだ1980年代、造っていた酒は一級酒や二級酒がメインだった。一級酒、二級酒というのは、かつて存在した日本酒の等級制度における呼称で、1992年に廃止され、純米や吟醸といった「特定名称酒」制度に変わった。
智彦さんはかつて酒造りの修行を行っていた滝野川醸造試験場での会合で、全国から集めた日本酒を飲む機会があった。会合の参加者が好んで飲み、真っ先に空になったのは、山田錦を磨き上げた大吟醸。その光景を目の当たりにし、一級酒や二級酒に依存していたのでは未来はないと感じた智彦さんは、山田錦を使って酒を造ろうと考えた。

米を買えないなら、自分で作る

1990年、智彦さんは山田錦を酒造組合から購入しようとしたものの、実績がないことを理由に断られてしまう。悩んでいたとき、知人から自分で山田錦を作ったらどうかと提案されて、なるほどな、と思った。当時、𠮷田家は食用のコシヒカリを生産する田んぼをいくつも所有しており、智彦さんは早速、その一部で当時、栽培北限と言われた福井での山田錦栽培に着手した。

酒造りは、土作りから

コシヒカリを作ってきた田んぼでは化学肥料を使っていたが、山田錦の栽培には、それを一切使わず農薬も極力使わないようにした。そのため、1年目に収穫できたのは田んぼ1反あたりわずか3俵。一般的な食用米が1反で8〜10俵ほど収穫できるというから、出来高は通常の3分の1程度。しかし、まずは無事に酒米が収穫できたことで良しとし、試験的に酒造りに臨んだ。はじめて自分で収穫した米から酒を造ることができる喜びは大きく、せっかく米作りから酒造りまでを、一貫してできるようになったのだから、特別純米酒、純米吟醸酒を造ることに。できた酒は、感慨深く、今後自社が進むべき道を標してくれているようだった。
そして、山田錦の栽培に取り組み始めてから3年後、ようやく一定の量と安定した品質の山田錦が収穫できるようになった。

量ではなく質を追求

智彦さんは、米作りと並行して「白龍」ブランドの強化に努め、商品ラインアップを増やしていった。2006年には蔵の創業当時の記録に残る「旭泉(あさいずみ)」という幻の酒を復活させ、創業200年の記念酒として「白龍 純米懐古酒 旭泉」を発売。山田錦を精米歩合85%の低精白に磨き、大昔に飲まれていたであろう米の旨味をしっかりと感じる味わいを再現した。また、大粒の山田錦を磨き上げた純米大吟醸などの高級酒造りにも取り組んだ。蔵の経営そのものは非常に厳しい状況が続いてはいたが、未来への方向性が少しずつ見えてきていた。

先代の意志を継いだ家族の挑戦

それから、しばらく経った2014年6月、大学卒業を目前に控えていた真子さんの元へ由香里さんから連絡が届く。「智彦さんの体調がすぐれず、人手が足りない。大学を卒業したら実家に戻り、酒造りを手伝ってくれないか?」という相談だった。そこで真子さんは2015年春、大学を卒業した後、すぐ蔵に入り酒造りを手伝い始める。しかし、その年の暮れ、智彦さんは54歳の若さでこの世を去る。さらに翌年、伝手を頼んでいたベテランの南部杜氏が腰を痛め、高齢を理由に地元に帰ってしまうという事態に。こうした困難が重なり、蔵は未曽有の危機に陥った。

母と娘で危機を乗り切る

杜氏不在のまま、𠮷田酒造は2016年の酒造りをはじめた。多少の知識はあるものの、経験値はほとんどないに等しい状態の真子さん。県の機関である「食品加工研究所」に醪(もろみ)の経過を毎日送り、蔵に来てもらってアドバイスを受けながら、その年はなんとか乗り切ったが、これからの酒造りをどうするかは大きな課題として頭の中をぐるぐる巡っていた。智彦さんの死後、7代目を継いだ由香里さんは、真子さんに「あなたはこの2年間、酒造りを手伝い、蔵の方針をよく理解している。杜氏をやって欲しい」と持ちかけた。しかし、全国新酒鑑評会の開催をはじめ、酒類の分析や鑑定、製造業者に対する講習などを行う「酒類総合研究所」で約1カ月半の研修を受けたものの、まだまだ酒造りに精通していると胸を張って言える状態でなかった真子さんにとって、それは大きな不安となり、「私には無理だ。蔵を辞めよう」とまで思い詰めたという。そんな時、父と付き合いが深かった地酒協同組合の事務局から、北海道の「上川大雪酒造」で夏場の試験醸造に参加しないかとの打診があり、母の強い後押しもあり、真子さんは単身、北海道に向かった。

家族が一丸となった𠮷田酒造

2017年、「上川大雪酒造」の杜氏・川端慎治さんのもとで酒造りを一から学ぶうち、真子さんの心境に変化が起こる。それまでは「ただひたすら酒を完成させる」ことだけを考えていたが、経験豊富な川端さんの教えで酒造りの面白さや奥深さが少しずつ理解できるようになり、「自分が心からおいしいと思える酒を造りたい」という気持ちが湧いてきた。
研修を終えた真子さんは、正式に杜氏になることを決意。翌2018年には東京のIT企業に勤めていた姉の祥子さんが大貴さんと結婚し、夫婦で𠮷田酒造の力になりたいと入社した。祥子さんはIT企業で培った知識と経験を生かして蔵の近代化に取り組み、大貴さんは酒米作りの責任者に就任。亡き父が礎を築いた高品質な酒造りをさらに磨き上げるための体制が整った。

香港の企業と合弁会社を設立

父亡きあと、𠮷田酒造は父が遺してくれた山田錦の圃場拡大と酒質の更なる向上のために醸造設備の改善を進める。真子さんも年を重ねるごとに醸造技術を進化させ、長年目指してきた雑味がなくクリアでありながら米の旨味をしっかりと感じるな味わいに着実に近づく。2021年度の全国新酒発表会では「白龍」の純米大吟醸が金賞を受賞するなど、2021、2022年度の全国新酒発表会で「白龍 純米大吟醸」が2年連続で金賞を受賞するなど、近年その評価は定着しつつある。
そして2022年6月、𠮷田酒造は大きな挑戦に乗り出した。日本酒の世界展開を考えていた香港の上場企業「シンフォニー社」との共同出資により、海外向けに日本酒を醸造する新会社「シンフォニー𠮷田酒造株式会社」を設立。香港、シンガポールなどアジア圏を中心に、品質管理の徹底を図り、日本酒の価値を高めて、グローバル市場の開拓を目指す。
また、2023年には築100年ほどの古民家を改修した「吉峯梅庵(きっぽうばいあん)」が完成。この施設では、永平寺町産の酒米の魅力を知ってもらうワークショップや杉玉作り体験などのエクスペリエンスを通して、この地に根ざし日本酒を醸してきた酒蔵だからこそ知りうる、永平寺町の文化や風土の魅力を発信していく。

永平寺ブランドを世界へ

こうして、𠮷田酒造は世界に向けて「永平寺テロワール」の素晴らしさを掲げはじめた。テロワールを表現する海外向けの酒には、あえて特定名称は付けず、自らと契約栽培農家が育む山田錦を中心とした酒米のもつポテンシャルを最大限に生かす酒質で勝負する予定だという。実現のためには、今まで以上に高品質な酒米の増産が必要になるが、原料米生産を担当する大貴さんが開催する山田錦生育の勉強会などを通して、つながりを深めてきた永平寺町の農家が𠮷田酒造グループの酒米づくりに参画してくれることで、その課題はクリアできる見通しだ。
「永平寺テロワールを表現した酒が海外でどう受け入れられるのか、そこには不安もあるが、期待の方が勝る」と真子さん。海外に向けた挑戦は、今まさにはじまったばかりだが、今後、𠮷田酒造グループが醸す日本酒が海外で評価されることで、永平寺町の認知も高まっていくとも考えられる。例えば有名なワイナリーのあるフランスの小さな町のように、それをきっかけに永平寺町へ足を運ぶ人が増えることも大いにありえるだろう。自分たちの起こしたアクションが、世界中から人を呼ぶ一助になる。そんな未来を目指し、𠮷田酒造の飽くなき挑戦は続く。

ACCESS

𠮷田酒造株式会社
福井県𠮷田郡永平寺町北島7-22
TEL https://www.jizakegura.com/
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