「日本六古窯」のひとつに数えられる越前焼の陶芸家として活躍する岩間竜仁さん。代表作である「越前うすくち盃」は、越前焼では不可能とされていた極限の薄づくりに挑んだ平盃で、飲み口をわずか1ミリの厚みに仕上げた。その魅力は、酒を飲んだときの比類なき口当たりの良さ。福井を代表する酒蔵「黒龍酒造」も越前うすくち盃に注目し、岩間さんにオリジナルの盃の制作を依頼している。
越前焼でかつてない極薄の平盃が誕生
福井市から南西に位置し、越前海岸に面した越前町に岩間さんは「竜仙窯」を構えている。近くには「越前陶芸村」があり、入村した作家たちはその周辺に工房やギャラリーなどの拠点を置き、創作活動に励んでいる。岩間さんもそうした作家のひとりで、2019年には伝統工芸士に認定された。
隆盛、衰退を経て復活を遂げた越前焼
越前焼は平安時代末期から始まり、当初は水がめやすり鉢といった日用雑器を中心に生産されていた。室町時代後期には日本海側で最大の焼物産地となり、越前焼は北海道から島根県に至る広い地域で流通していたが、江戸時代中期になると他産地の台頭などで次第に衰退し、明治末から大正時代にかけては窯元の廃業が相次いだ。しかし、1948年に陶磁器研究者の小山冨士夫氏によって越前焼が「日本六古窯」のひとつに数えられたことで再評価がなされ、1971年の越前陶芸村の建設によって再び窯元が増加。1986年には国から伝統工芸品として指定を受け、さらに2017年には日本六古窯として日本遺産認定されるなど復活を遂げてきた。
越前焼は数ある焼物の中でも非常にシンプルで、土の風合いを生かした素朴で温かみのある佇まいが魅力。かつては釉薬を使わないことが特徴だったが、近年では釉薬を使うものも増え、顔料で色付けした化粧土を重ねて焼く鮮やかな色合いのモダンな器も登場している。
飲み口の厚みがわずか1ミリの平盃
焼き物は陶器と磁器に大別され、岩間さんの手掛ける越前焼は陶器に分類される。 陶器が粘土を主原料とする一方で、磁器は主に陶石をくだいた石粉を使い、1300〜1400℃で焼成。高温で焼成することで、原料の陶石が溶けてガラス化するため、磁器は、陶器に比べて硬く、そして薄く仕上げることができる。
反対に、陶器で磁器のような薄さを再現するのは困難とされてきた。それならば、と岩間さんは磁器をも凌駕する薄い越前焼の製作に挑み、「越前うすくち盃」という作品を完成させた。その最大の特長は、言うまでもなく飲み口の薄さ。わずか1ミリほどという輪郭は、口に当てるとわずかばかり器の質感を感じる程度で、注いだ酒がそのまま自然に口の中に流れ込む。磁器のシャープさと越前焼のナチュラルさを兼ね備えた、いまだかつてない触感の盃だ。
不可能と思われた極薄の越前焼への挑戦は、岩間さんがひとりの作家として生きていくための闘いでもあった。
越前焼に魅せられ、作家の道へ
岩間さんは中学時代に地域の陶芸クラブに入ったことをきっかけに焼物の世界に魅了され、1991年に越前市の窯元に入り、住み込みで働き始めた。その年から1994年まで4年連続で福井県美展に入選し、期待の若手として経験を積んでいった。次第に作家としての力量が認められ、越前焼の協同組合が問屋などに向けて発行するカタログに岩間さんの作品が載るようになる。それらを見ての発注がある程度まとまった数になり、独立のメドがたってきた2007年、組合からのすすめもあり、自身の工房を開いた。高価なガス窯などの設備投資に必要な資金を金融機関から借り入れてのスタートだった。
作家として独立。試行錯誤を続ける日々
独立した当初はご祝儀的な新規の注文も舞い込んだが、2年も経たないうちに注文が来なくなった。メインの取引先である組合からの発注も伸び悩み、越前焼の伝統的な作風だけでは客に飽きられると言われた。そこで、化粧土を使った明るい配色の器を制作するなど試行錯誤を繰り返した。まわりからは「作風がころころ変わる」と言われたが、それは、作家としてのこだわりより、客が求める越前焼を重視した結果だった。作家としての道に迷う岩間さんに組合からある相談が舞い込み、転機が訪れることとなる。
ついに極薄の平盃が完成
「客が飲み口の薄い平盃を欲しがっている。ごく薄いものをつくれないか」。組合からの依頼を聞いた岩間さんは難しいことを承知の上で、やるしかないと覚悟を決めた。しかし、予想以上の悪戦苦闘。
岩間さんが焼物をつくる工程は、まず「水簸(すいひ)」という不純物を取り除いた粘土をこねて均一にする「菊練り」を行い、ろくろにのせて、上に伸ばし下に縮める「土殺し」という作業で粘土をさらに整えて中心軸をつくる。ここからろくろでの成形に入るが、極薄に伸ばそうとするとどうしてもゆがみが出てしまう。粘土を硬めに調整し、やっとうまく成形できたと思ったがいざ焼くと割れていた。そこで次は成形した後の乾燥時間を長めにとるなど工夫を重ねていった。
ようやく極薄の平盃を完成させたが、一日作業して成形できたのはわずか数個の日もあった。岩間さんは、作家として生きていく糧を得るために、どうすれば生産量を増やせるかを日々考えていた。
繰り返しこそ上達の近道
従業員を雇う余裕がない以上、自分自身の生産性を高めるしか道はないと考えた岩間さんは、とにかく平盃の受注を増やした。薄く伸ばす作業をひたすら繰り返すことで精度を高め、成形のスピードを上げようと考えたのだ。組合とも相談し、平盃の販売価格を破格の1000円以下に設定すると注文が殺到した。必死に成形を続けていると、1日に数個作れていたのが1時間に4、5個になり、今では1時間あたり10個ほどを成形できるようになった。成形した後は乾かして高台を削り、さらに適度に乾燥させてから約800度で素焼きし、釉薬をかけて約1200度で本焼きして仕上げる。成形してから焼き上げて完成するまでには早くても2週間以上を要するという。
価値が認められた極薄の平盃
現在、岩間さんの越前うすくち盃は組合を通して販売され、その価格は独立した当初の5倍近くにもなっている。極薄の平盃を作り始めて3年ほどが経った2016年には、岩間さんの作品に注目した黒龍酒造がオリジナルの平盃の制作を依頼し「黒龍 平杯」として発売。越前うすくち盃同様の極薄の仕上がりで、黒龍の冷酒の旨さをより引き立てる盃として人気を集めている。
作品の完成度を追求し続ける
他人の目から見ればパーフェクトな仕上がりに見える自身の作品を手にとりながら、「飲み口をあと0.1ミリ薄くして、完成度をもっと高めたい」と語る岩間さん。高みに挑み続ける陶芸家としての原点は、かつて通った陶芸クラブで焼物に魅了された体験だ。その岩間さんは今、越前町や組合が主催する親子向けの陶芸体験の講師を務めている。その取り組みによって、子どもたちが焼物と出会い、産地の豊かな未来につながっていくことだろう。