農家による農家のためのブドウ作りを。“未来への土壌”を繋ぐ「志村葡萄研究所」/山梨県笛吹市

果樹栽培に適した環境や地形に恵まれた山梨県は、夏から秋にかけてシャインマスカットや巨峰などをはじめ、様々な品種のブドウが栽培される。山梨県笛吹市にある「志村葡萄研究所」には栽培だけにとどまらず、常に新しいブドウの開発を試み、“未来への土壌”を繋ぐ親子がいる。

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フルーツ王国山梨のブドウ栽培

古くから果樹栽培が盛んな山梨県。ブドウ栽培の歴史は古く、江戸時代には甲斐国の代表的な果物「甲州八珍果」のひとつとしてブドウが栽培されていたという。水はけが良く日照時間が長い土地と、昼夜の寒暖差が大きい気候などの条件に恵まれており、国内におけるブドウ生産量は堂々の一位。栽培方法や品種改良などに関する研究も盛んで、常に新たな技術や品種開発が行われている。

そんな山梨県のブドウ栽培を牽引する生産者のひとりが、甲府盆地の東部に位置する山梨県笛吹市に農園を構える志村葡萄研究所代表の志村晃生(しむらあきお)さん。開発してきたブドウ栽培の向上に取り組むと同時に、全国の生産者に技術指導をしながら独自の販売ルートを構築。自社ブランド戦略など幅広い取り組みをしている。

新しいブドウをつくろう

志村葡萄研究所の名前を一躍世に広めたのは、創設者であり晃生さんの父・志村富男(しむらとみお)さん。ブドウ栽培からワイン醸造まで手がける全国レベルの知名度を誇る指導者だ。生食用とワイン醸造用を併せ、富男さんがこれまで品種開発してきたブドウは約100種類以上に及ぶ。全国各地のワイナリー立ち上げにも数多く関わっており、国内外で栽培技術の指導にあたるなどの功績も認められ、複数の大学から名誉農学博士の称号が贈られているほどのレジェンドだ。

富男さんは大学卒業後、山梨県甲州市勝沼町にあるマンズワイン勝沼ワイナリーに入社し、34年間ワイン醸造やブドウ栽培の技術を磨いた。1986年になると、新たなブドウ品種開発を目的とした志村葡萄研究所を設立し、日本の気候風土に適した品種の開発に尽力。「雄宝」「クイーンセブン」「マイハート」「バイオレットキング」など、多くの品種を次々と発表し、その栽培技術を普及させていった。食味がよく、栽培の容易性など優れた新品種は瞬く間に話題となり、息子の晃生さんに代表を託した現在も国内外各地に苗木の販売や栽培指導を精力的に行っている。

ブドウ業界に広がった“黒の衝撃”

「父の主な活動は品種開発やコンサルティングで、商業栽培にはほとんど力を入れてこなかった。名前の通りこの農園は研究所だったんです」

父から志村葡萄研究所の代表を引き継いだ晃生さんは今2023年3月に法人化へ乗り出し、約3.5ヘクタールの広大な畑で30品種以上の商業栽培をスタートさせた。SNSでの販売を皮切りに、ネットショップ等の販売を強化。今ではピークの8月ともなると問い合わせ注文が殺到し、9月上旬にはほとんどの品種が在庫薄になってしまうそうだ。

同園では多くの農園がシャインマスカットの栽培に乗り出すなかで、次世代の新品種を開発するため、様々な交配に注力している。その試みが生み出した注目の新品種が「富士の輝」だ。種無しで皮まで食べられるシャインマスカットと、美しい紫黒色で、高い糖度がありつつも爽やかな酸味をもつウィンクを交配させた志村葡萄研究所オリジナルのブラックシャインマスカット。シャインマスカットよりも濃厚でコクのある甘みと巨峰のような香りの強さがありつつ、皮の旨味ともっちりとした食感が特徴。日本国際ボランティアセンター(JVC)の調査でも、「最も栽培してみたいブドウ」に選ばれている。

「家族の名前を品種名にした」という、赤い果皮に爽やかな酸味と甘みが特徴の「美和姫」や、一粒が鶏卵ほどのサイズにまで成長する「雄宝」など、同じくシャインマスカットを親に持つ品種も人気を博している。

シャインマスカットがもたらした革新

そもそも「富士の輝」をはじめ、志村葡萄研究所で開発された品種の親となるシャインマスカットが登場したのは約30年前のこと。1988年に広島県の農研機構が「安芸津21号」と「白南」の交配によって生み出し、2006年に品種登録がなされた。食味が良く、種無しで皮まで食べられる上に、栽培の容易性にも優れた品種の誕生に「ブドウ業界に革新がもたらされた」と晃生さんは話す。

それまでブドウ品種の中で最も粒が大きく、食べ応えと糖度に優れていた巨峰(1621ヘクタール)や、ジベレリン処理による種無し化の先駆けとして人気を博したデラウェア(1627ヘクタール)が国内の主要な品種であったが、シャインマスカットの登場以降全国各地で爆発的に普及。2022年日本園芸農業協同組合連合会の統計によれば、その栽培面積は1797ヘクタールと国内トップの規模にまで拡大した。

できることを、丁寧に

「同じシャインマスカットでもつくり手によって品質は違う」そう話しながら一つひとつ丁寧に房の様子を観察する晃生さん。ブドウらしい香りや風味を重視し、最高の状態で収穫することを第一に考えたブドウづくりは、日々努力と試行錯誤の連続だという。

最も大変な作業は、ブドウの房の粒を間引いていく“摘粒”作業。本来放っておくと粒が密集し、互いに潰しあって粒が十分に肥大せず、形状や食味にも悪影響が出てしまう。多くの農園で栽培しているシャインマスカットだからこそ、長年培ってきた知識と技術を用いた細やかな栽培をしていくことが大切だと、晃生さんは力強く語る。

 “土いじり”が未来を創る

「あくまでもこだわり続けているのは農場での品種開発」そう語る晃生さんの開発はまさしくトライアンドエラーの繰り返し。新しい品種ができると接木をし、安定して栽培することに成功したところで本格的な苗づくりに入っていく。それらの工程に費やす時間は約5年間に及ぶ。

「父の代から変わらず目指しているのはブドウ栽培の発展です。これまで国の試験場などでも多くの品種が開発されてきましたが、現実的に安定して農家さんたちが栽培ができるものはほんの僅か。国の機関が研究室にこもって試験管で行う環境と、現場の環境では大きな差があるんです。ですから、私たち農家が実際に農場で試行錯誤しながら、現実的・持続的に栽培していけるブドウを開発していきたいと考えています」。

「新しく発見した技術や知識は抱き込まずにどんどんシェアしていきたい」長年業界を牽引し続けてきた晃生さんたちだからこそ見えるブドウの未来がある。

 甘いブドウのおもてなし

志村葡研究所では卸売をせず自社直売所とネットショップでのみ販売を行っているため、シーズンになると早朝から県外ナンバーの車が押し寄せ、連日長蛇の列ができる。来園者たちの楽しみのひとつとなっているのが、施設内にあるスイーツショップ「Grape Shop Cocolo」。季節ごとに様々な品種のブドウを使用したパフェなどを味わえるほか、ジェラートやジュース、ワインなど、豊富なブドウメニューを取り揃えている。

人気のメニューはシャインマスカット、藤稔、クイーンセブン、我が道、クイーンマスカットと、5品種のブドウがふんだんに盛り込まれている「5種葡萄付きのパフェ」(2,600円)。バルサミコ酢がかかった濃厚なバニラアイス、クリスピーなフィアンティーヌ、メイプルクッキー、マスカルポーネの組み合わせがブドウの甘みと香りを引き立たせる贅沢な一品だ。

「訪れた人にその場で山梨のブドウを味わって欲しい」という細やかなもてなしも、志村葡萄研究所がファンを集める理由の一つだろう。

世界に広げる“未来への土壌”

「これからもシャインマスカットとの交配を中心とした開発を続けながら、山梨のブドウを世の中に広めていきたい」広大な農園を見渡しながらそう話す晃生さん。近年では親族の中から後継ぎ候補も現れ、志村葡萄研究所と業界のさらなる発展に向けて、親族への指導にも力を入れているのだという。現在の日本では民間で開発された新品種の商標登録には多くのハードルがあるのが実情。そうした制度とも向き合いながらも、「今後は海外での特許取得も視野に入れながら、山梨のブドウの品質と技術を世界に普及させていきたい」と意気込む。

農家による農家のためのブドウづくりを体現する志村葡萄研究所。次世代のブドウや担い手たちに向けた“未来への土壌”を、今後もひたむきに開発し続けていく。

ACCESS

志村葡萄研究所
山梨県笛吹市御坂町下黒駒520−1
URL https://dr-tomio.com/
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