米価の低迷や人手不足など農業を取り巻く状況が厳しさを増す中、福井県福井市の農事組合法人「ハーネス河合」は、全国でいち早く集落営農を立ち上げ、米の生産性を飛躍的に向上させた。近年では、「在来種そば」や野菜の栽培も行い、特にそばの付加価値を高める数々の取り組みが注目を集めている。
地域の農家が生き残るための組合法人
福井市中心部から北へ約10キロに位置する河合地区は、福井県最大の河川である九頭竜川に接する田園地帯。農事組合法人「ハーネス河合」はそこにある。1998年に地域の103の農家が参加し発足した同名の生産組合が母体で、2011年には法人化を果たした。現在では、150を超える農家が参加しており、「コシヒカリ」や福井県の新ブランド米「いちほまれ」、酒米の「五百万石」、福井県が日本一の生産量を誇る「六条大麦」、ブロッコリーやレタスなどの野菜、そして全国的にも珍しい夏そばや近年人気が高まっている在来種のそばを生産。福井市にある酒蔵に委託して製造するオリジナルブランドの日本酒や焼酎も販売している。
在来種の栽培に取り組む
福井県は、たっぷりの大根おろしとそばつゆで食す「越前おろしそば」が有名なそば処で、在来種王国としても全国のそば通から注目を集めている。在来種とは、昔から特定の地域に伝わり、品種改良されずに栽培され続けてきたそばのこと。福井県には各地域で在来種が数多く残っており、福井県食品加工研究所に残されているだけで22系統もある。これほど多いのは、福井県が在来種を名産品に位置付け、ブランド化に取り組んできたから。そばは多殖性植物なので、近くで他の品種を育てていると容易に入り交じってしまう。一度交じってしまうと固有としての特性を失ってしまう性質があるため、かつては全国各地にあった個性的な在来種は徐々に姿を消していったが、福井県では県をあげて、これらを守ってきた。ハーネス河合では、代表的な在来種である「大野」「美山」「丸岡」「今庄」などの品種を栽培している。 在来種は品種改良されたそばと比べ、小粒で収穫量では劣る。しかし、味が濃く香りも高いのに加え、特定の地域の土壌や水質、寒暖差などによって生じるテロワールが最大の魅力だ。
現在、ハーネス河合でそば担当を務める小倉祟文さんは「ここ数年、福井の在来種のそばの知名度がぐんと上がり、全国から注文が入るようになりました」と顔をほころばせる。
受け継がれる農業への情熱
小倉さんは自動車の板金塗装の仕事に長年従事した後、2018年にハーネス河合に入社した。
「そばは天候さえよければ比較的すくすく育つ作物です。しかし、水に弱い」。昨今増えている集中豪雨の後などは種をまき直し、なんとか収穫につなげた。また、小倉さんが入社した当初は、まず種を一気にまいてから排水の溝を掘っていたが、最近それを見直し、種まきと溝掘りを平行して行うことで種を踏まないように改善した。
「手間は増えましたが安定して収穫できるようになっています」。良い品質の作物を育てるために試行錯誤も楽しんでいると語る小倉さん。その農業への情熱は、同組合の立ち上げに尽力した功労者である亡き父・小倉英二さんから継承したものだ。
地区の3集落の農家が集結
小倉さんの父が中心となり、1996年に河合地区の全3集落参加による「河合を考える会」という地域農業のあり方について話し合う場を設けた。翌年には若手が中心となって「河合地区営農推進委員会」を立ち上げ、週1回、夜中まで話し合って今後の方針や計画を立てていった。それをもとに地域の農家にアンケート調査を行い、それぞれの農家の意向を丁寧に汲み取っていった。
当時、米の価格はピークを越えて、徐々に下落が始まっていた。小倉さんの父たちが中心となって「米価の下落は続くに違いない。将来的に1俵1万円まで下がったとしても経営が成り立つような農業を目指すには、どうすればいいか」と議論を重ねた。その結果、農地を集約して大区画化し、生産力向上への取り組みを実行するための新たな組織づくりが必要との認識で地域がまとまり、立ち上げにつながった。
収穫量と作業の効率化を目指して
地域の期待を背負って活動を開始したハーネス河合は、まず稲の栽培方法を研究した。福井県農業試験場などの協力を得て栽培方法の違いによる収穫量の実証実験を行い、組合として全面的に取り組むことになったのが乾田直播(かんでんじきまき)栽培だった。乾田直播とは、あらかじめ苗を育てるのではなく、乾いた畑の状態の田んぼに直接種をまき、ある程度育ってから水を入れて水田にするやり方で、作業が効率的になり大区画での栽培に適している。
超大型機械の導入で生産性が向上
大区画化した農地を最大限に活用するには、農業機器への設備投資も必須だった。そこで2000年に補助事業を活用し、超大型のコンバインなど最新鋭の農業機器を大規模に導入。飛躍的に生産性を向上させた。また、土壌そのものの生産力を高めるため、土を深く掘り起こして反転するプラウ耕や堆肥の投入などを積極的に行ってきた。現在では、化学肥料を使わず、農薬の使用を減らした米の栽培にも取り組んでいる。
在来種のそばの栽培に挑む
2008年頃からハーネス河合が本格的に挑んだのが、「在来種そば」の栽培だ。日本のそばはその多くを輸入に頼っており、国内産は全体の約20%ほど。国内産のそばは、手打ちそば店など味にこだわる飲食店からの重要が高く、二毛作で国の助成も受けられることから、大麦を収穫した後の土地を活用してそばの作付けを始めた。さらに休耕地でのそば栽培のために、小倉さんの父の仲間たちが地主を訪ねて説得を続けた。最初は消極的だった地主たちも、同組合が耕す農地にそばが豊かに実っていく様子を見て、次第に土地を提供してくれるようになった。
夏そばへの挑戦
福井県内では通常8月に種をまき、10月から11月に収穫を行い、その後1ヵ月ほどが新そばのシーズンになる。現在、小倉さんたちは、福井県が2011年から試験栽培を始めた「夏そば」に着目し、改良品種「キタワセソバ」も作っている。夏そばは4月下旬に種をまき、6月下旬から7月上旬の初夏にかけて収穫する。そばのニーズが高まる真夏に新そばとして提供できることから、夏そばの需要はここ数年順調に伸びており、ハーネス河合が生産するそば全体の3割ほどを占めるまでになっている。
収穫後の品質管理を徹底
収穫したそばは、収獲がすべて終わった段階でまとめて乾燥させる方が効率的だが、小倉さんたちは「そばの鮮度をより保つため」に、収穫するコンバインのタンクがいっぱいになる度に乾燥させている。通常、そばは生産者からJAに出荷され、そこで乾燥させてから流通することが多い。それをハーネス河合ではJAを通さず、自社でベストな状態に乾燥させ、丁寧に不純物を取り除き、玄そばとして冷蔵庫で保管する。収穫後の品質管理の徹底で価値を高めた玄そばは、主に福井や長野、東京の製粉会社などの取引先に卸している。
玄そばとは外皮がついたままのそばで、外皮をむいたものを「丸抜き」や「むき実」などと呼ぶ。取引先は専任のスタッフが全国を営業で回って開拓しており、中には製麺会社やそば店などの飲食店もある。そうした多様な取引先の要望に合わせ、玄そばを丸抜きにしたり、さらには製粉まで行っている。
生産、加工、そしてその先へ
ハーネス河合のそば粉加工所では、8台の石臼がごろごろと音を立てながらゆっくりと玄そばをそば粉に挽いている。石臼挽きは、ロール挽きという高速挽きの機械での製粉に比べて手間と時間はかかるが、熱を持ちにくいのでそばの風味や甘味が損なわれず、高品質なそば粉に仕上がる。
最近、小倉さんの提案が受け入れられ、同社ではそばの製麺にも取り組み始めた。「年末に組合員に配付して喜んでいただきました。ゆくゆくは一般のお客さんにそばを提供できるような場所をつくりたい」と話す。
栽培から製粉、製麺そして販売まで一貫して行えるようになれば、より一層、福井県の在来種のそばの魅力を発信することができる。このように同社はこれからも新規事業に挑戦し、試行錯誤を続けていきたいと考えている。もちろん、生産、販売だけでなく、消費者に興味を持ってもらえるような農業体験やイベント活動にも力を入れる予定だ。ハーネス河合では、在来品種を守り育てることに力を注ぎ、どちらかといえば時代に逆行したスタイルの農業を行ってきた。しかし、それが自分たちの強い武器になった現在、組合員の跡継ぎ問題や安定した持続化を考え、今度は未来に目を向け、AIやDX(デジタルトランスフォーメーション)といった農業も取り入れていかなければならないと感じている。自分たちで考え、より良くする環境を整えてきたからこそ、ハーネス河合は時代や消費者ニーズの変化にも対応しつつ、この場所にしかない伝統や文化を多くの人たちに展開していくだろう。