富士山の北麓から見据えるクラフトビールの“未来”「富士桜高原麦酒」/山梨県富士河口湖町

富士山の湧水はミネラルが豊富で、ビール酵母が発酵するのに適している。その湧水を“富士山からのおくりもの”と考え、ビールに変える職人がいる。研修で訪れたドイツで飲んだビールの美味しさに感銘を受けてから20年以上、富士山の北麓でドイツビールを造り続けてきた職人が見据えるクラフトビールの未来とは。

目次

富士桜高原麦酒のはじまり

日本におけるクラフトビール文化の始まりは、1994年、日本の酒税法が改正された時に遡る。ビール製造免許の条件として最低製造量が2000キロリットルから60キロリットルまで引き下げられ、小規模な醸造所でもビールを生産することが可能となったことがきっかけだ。後に“地域に根差したビール”として「地ビール」が誕生したが、まだクオリティも洗練されておらず、大手ビールブランドに慣れ親しんでいた国内の消費者には受け入れられぬまま、その文化は次第に薄れてしまう。

しかし、一部の醸造所は美味しくするための試行錯誤や研究を止めなかった。2000年代に入るとアメリカでクラフトビールの人気に火が付き、日本でも地ビールが改めて見直されるように。今までのイメージを払拭するため、地ビールから「クラフトビール」へと呼称を改めたところ消費者にも広く浸透し、2010年代に入ると各地でクラフトビールブルワリーが立ち上がっていくこととなった。富士山麓に醸造所を構え、今年で25周年を迎える「富士桜高原麦酒」もそんなクラフトビールブルワリーのひとつ。醸造長を務める宮下天通さんに話を伺った。

「元々この施設はドライブインだったんです。施設の老朽化に伴い新たな展開を検討していた中で、自社(富士観光開発)で所有していた水源(湧水)を活かした事業に乗り出すことになりました

湧水をどう活かしていくかと考えた時に富士観光開発が着目したのは、当時国内で流行し始めていた地ビールだった。そこから国内のブルワリーやドイツなど、各地に研修に赴き、本格的なビールの造り方を学ぶところからスタート。「ドイツ・ミュンヘンで初めてドイツビールを飲んだ時の、震えるような旨さを今でもはっきりと覚えている」と言う宮下さん。富士桜高原麦酒のこだわりはここから始まった。

ドイツビールの原料と四要素

富士桜高原麦酒の定番は、小麦の種子を発芽させた小麦麦芽と呼ばれる原料を50%以上使用したヴァイツェンという伝統的なドイツビール。フルーティーで甘くまろやかな味わいで、宮下さん曰く「バランスが良くごくごく飲めるビール」とのこと。1516年、ドイツで発布された世界で最初の食品に関する法律は「ビールは、モルト・ホップ・水・酵母のみを原料とする」という内容だった。この“ビール純粋令”に27年前、ドイツでビール造りを学んでいた宮下さんは魅せられたという。

モルトの芽と根を取ってから乾燥させたもので、世界各地で生産されている。その中でも同所ではドイツにある「ワイヤマン社」のモルトを輸入して使用している。芳醇な香りとほんのり甘みがあるのが特徴で、多湿な日本の気候で水分を吸収して柔らかくなってしまう事を防ぐ為に、倉庫では徹底した温度や空調の管理がなされている。モルトの配分でビールの風味や色、味は全く変わってくるため、狙った見た目や味わいを引き出す配分を決めるのが職人の経験と腕の見せ所だ。

モルトと並んでビール造りで重要な原料がホップだ。アサ科の植物でビールに「苦み」と「香り」を与える役割を担っている。造り手がどんな苦みと風味を出したいか、その考えが反映される原料と言える。

ビール酵母は発酵の工程で糖分を取り込み、アルコールと炭酸ガスを生成。アミノ酸を取り込んで香りや味の成分を生成するという二つの役割を担っている。宮下さんは無数にあるビール酵母の中から厳選した2種類の酵母を採用した。

富士山麓地域でビール造りを行う富士桜高原麦酒の強みと言えるのが水だ。富士山の水は溶岩でろ過されることでビール酵母が発酵するのに適したミネラル量が含まれている。成分の調整などを行う事もできるが、“水は富士山からのおくりもの”として捉える富士桜高原麦酒では、水自体に調整を加えるのではなく、その性質に合わせたモルトやホップを配分し、水のポテンシャルを最大限に生かしたビール造りを心がけている。

モルト・ホップ・酵母・水の組み合わせによりビールの出来は大きく異なるため、造り手によって決して同じ仕上がりになることはない。この配合の複雑さこそが「醍醐味であり楽しみ」だと宮下さんはいう。

「ここにしかない」ビール造りを

醸造工程の一つに、モルト内のデンプンを酵素の働きによって糖に変える「糖化」というものがある。具体的には、粉砕したモルトを糖化釜でお湯と混ぜ合わせた麦汁を作り、温度を上げながら酵素を活性化させていく作業だ。富士桜高原麦酒では麦汁の一部を取り出して沸騰させた後、元の糖化釜に戻して全体の温度を上げる、ドイツ発祥のデコクションと呼ばれる糖化方法を採用している。まず37℃から44℃に温度を上げ、10分間温度を上げず休ませることで、モルトのタンパク質をアミノ酸に分解する酵素を活性化させる。次に58℃に上げてまた10分の休みを挟む。62℃、72℃も重要で5ステップから6ステップを挟む。このように間に時間を置きながら小刻みに温度を上げていく。(なお、ビールの種類により適切な温度帯は異なる。)

小刻みな温度管理をせず、一気に温度を上げきってしまう事も不可能ではない。しかし小刻みにステップを踏んで温度を上げることで安定したビール造りを実現している。

「国内でここまでのステップが可能な設備をもったブルワリーは数少ない」と宮下さん。実際にブルワリーへ見学に訪れたアメリカのビール醸造家も、この設備を見て感心した程なのだとか。「少しでもお客様に美味しい物を届けたいという気持ちです」。富士桜高原麦酒ならではの設備と経験に裏打ちされたこだわりが、飲む人の心を掴むドイツビールを生み出している。

多彩なラインナップと味わい

現在インターネットでの通販のほか、全国のビアバーや酒販店にもクラフトビールを出荷している。ジャーマンスタイルラガーの「ピルス」はクリアなキレと苦みのある味わいが特徴。富士桜高原麦酒の集大成ともいえる「ヴァイツェン」は、喉ごしとともにフルーティでまろやかな甘みが口に広がる。2012年にWorld Beer CupとWorld Beer Awardsを受賞した名作「ラオホ」はスモーキーで甘みのある味わい。黒ビール「シュヴァルツヴァイツェン」にはキレと“甘芳ばしさ”が共存している。

定番クラフトビール4種の他にも、地産地消にこだわり山梨県富士川町産のゆずを使用したビールなど、期間限定のクラフトビールが年間約10種類ほど揃う。ビール好きな人だけでなく幅広い方々がドイツビールの美味しさを存分に楽しむことができるラインナップだ。

どのビールにも炭酸ガスを後から注入するのではなく、ビール酵母の活動で自然発生する炭酸ガスを溶け込ませる「ナチュラルカーボネーション」という方法を採用することで、炭酸を飲んだ時特有の胃が膨らむような感覚の無い、柔らかく滑らかな炭酸の味わいを実現している。

「富士桜高原麦酒」が見据える未来

「これからもドイツビールの素晴らしさを日本中に伝えていくためには、基盤となる“売れるビール”を造らなければいけない」と語る宮下さん。研修先のドイツでビールの醸造と出会ってから20年以上ドイツビールにこだわり続けてきた富士桜高原麦酒だが、近年のクラフトビールブームで注目されているのはIPA(India Pale Ale)と呼ばれるアメリカ生まれのビールだ。ホップを大量に使った苦みの強さが特徴で、ホップをあまり使わない「ヴァイツェン」とは味わいがかなり異なる。

「昨今のIPAビールのブームに負けたくない」自分のこだわってきたドイツビールを残しながらも新しい事にチャレンジしていく必要性も感じているという。そんな思いからドイツビールとIPAを融合した新しいビール、“ニューイングランドヴァイツェン”の開発にも力を入れている。ホップの苦味でガツンとしたインパクトを表現しつつ、ドイツビールならではの甘くまろやかな後味を残す、「富士桜高原麦酒」の未来を担う新たなラインナップだ。

「現在日本国内にも様々なブルワリーができています。それぞれの個性を切磋琢磨させながら、日本独自のトレンドを発信して行けるよう、僕たちも富士桜高原麦酒ならではのビール造りに向き合っていきたいです」 「プレッシャーはあるが、そのプレッシャーが楽しい」と最後に笑顔を見せる宮下さん。長年愛される富士桜高原麦酒のブランドを守りつつ、ニーズに寄り添った新たなビール造りを極め続ける職人の想いが、世界を驚かせるニュースタンダードを生み出していくのかもしれない。

ACCESS

富士桜高原麦酒(富士観光開発株式会社)
山梨県南都留郡富士河口湖町船津6663-1
TEL 0555-83-2236
URL https://www.fujizakura-beer.jp/
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