毎日気軽に使えて、キズを味わいに変える越前漆器。「うるし工房錦壽」山岸厚夫さん/福井県鯖江市

福井県のほぼ中央に位置する鯖江市。その東部の山間部にある越前漆器の産地・河和田地区では1500年続く伝統の技を受け継ぎながら、近年は現代に合わせたデザインや機能を持つ漆器が生みだされている。その先駆け的存在の山岸厚夫さんが生み出したのは、毎日の食卓で気軽に使えてキズでさえも器の味わいに変える漆器だ。

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職人たちで分業する作り方が一般的な越前漆器。家族で手がける理由とは

ピーク時には国内の業務用漆器のシェア80%を誇っていた越前漆器。その産地である河和田地区での漆器の歴史は1500年と長く、器の制作は専門技術を持った各職人により今でも分業で行われている。そのため現在でも人口4,000人ほどの町に、漆器の問屋や職人の工房が数多く存在している。山岸厚夫さんは、漆器作りだけでなくギャラリーなどからの依頼にあわせた漆の作品などを手掛けており、工房「錦壽(きんじゅ)」は、その町の中心地から少し離れた山中にある。

現在そこで、漆器など工房の定番商品は山岸さんから代替わりした息子の芳次さんを中心に制作しており、その工程を家族で分担し、下地から上塗り、仕上げまでを行っている。身内だけで制作をするのは、山岸さん親子の器の製法が特殊で、他の工房に外注するのが難しいためだ。

漆器と聞けば、色は朱か黒で、光沢のある椀を思い浮かべるのが一般的かもしれない。山岸さんの椀は、刷毛の目が表面に残り、手触りは少しボコボコしている。持つと木の器ならではの温かみがあり、手にフィットする独特のフォルムをしている。河和田地区で伝統的に作られてきた、旅館や飲食店で使われる業務用漆器と比べて、一つひとつ表情が違うことと、毎日毎食使って漆にキズがついたとしても気にならない工夫がされている点が特徴になっている。

手入れに気をつかう漆器を一般家庭でも普段使いしてほしい

山岸さんは、代々続く塗師の家に生まれ、5代目として父から技法を受け継いだ。20代半ばの頃、県外の展示会に出展した際、お客からの質問が漆器の造形の美しさに関するものではなく、家庭での使い方や普段の手入れの仕方ばかりなのが気になった。「うちが作っているような手塗りの器を、普段使いするのは難しいと思われているのでは」と。

元々、漆器はハレの日である冠婚葬祭の場で使われるものだったため、日常の器とするには気をつかってしまうのかもしれない。宝石のような美しい光沢はキズをつけたくないという不安に繋がっているのかも。そう考えた山岸さんは、普段から気兼ねなく使える耐久性のある漆器を開発しようと漆そのものの研究を始めた。

自ら山に入って漆かき(漆の木から樹液を採取すること)をしてみると、ウイスキーのような茶色をした生漆の樹液は、固まると石のようになり、爪を立ててもキズが付かない。しかし、器の耐久性を高めようとして木地に漆を何層も厚く塗ると、衝撃に弱くなり剥がれ落ちやすくなる。

漆器について書かれた文献を調べると、器が割れにくく、さらには漆も剥げにくくするためには「塗り」よりもさらに基礎の「木地(削ったままの木材)」が肝心であることを知った。木地に漆をたくさん吸い込ませる「木固め」という技法を使えば、木そのものが固くなり、次の工程である下地塗りの密着度が高まる。実際にこの方法で器を作ってみると、購入されたお客様から修理依頼が来るまでの年数が大幅に延び、また10年以上経ってもメンテナンスなしで使えるようになったものもあると言う。

越前漆器の作家として、山岸さんのこだわりが受け入れられるまで

さらに下地の強度を上げるため、塗り液も漆に地の粉や砥の粉を混ぜてベストな配合に行き着いた。耐久性は満足するものになったが問題もあった。一般的に塗りに使う漆液は塗る前に漉して異物を取り除き、塗り跡に残らないようにする。だが、山岸さんの漆液は最初から粉を混ぜ込んでいるので、どうしても刷毛目が残ってしまう。しかし、その刷毛跡の凹凸のおかげで漆器の表面に表情を作るのでキズがついても目立たない。仕上げも、完成した器の表面をサンドペーパーで研ぎ、あえてツヤ消しをして使い込まれた古い漆器の風合いを出した。それは当時流行っていた、新品のジーンズをあえて洗い込んでユーズド感を出す方法に倣った逆転の発想だった。

当時、山岸さんが考えた椀は、刷毛の線が残った手作り感の強いものだった。現在の作業場に並ぶ、整った造形の漆器とはかけ離れたものだったため、山岸さんの持ってきた器を見た途端、家族も含めた産地の職人たちは「下手な塗りを売り物にする気か」と大反対。器を仕上げるための次の行程に行く処理を依頼した親戚からは「『こんなものできるか』と器の箱を足で蹴られ、悔しい思いをしました」という。

それでも山岸さんは自分のやり方を理解してくれる家族に頼んで工程を進め、なんとか器を完成させた。さっそく地元の問屋に持ち込んだが、キズがつくことを受け入れるというコンセプトの器は、あまりの斬新さに発注してくれるところはなかったそう。山岸さんは今までの催事などで培った自らの伝手を頼って、全国の催事や小売店で展示をすることにした。

使い込むほどに美しさが増す一点物の越前漆器

知り合いの店にお願いして何度か個展を開くうちに、山岸さんの今までにない斬新なコンセプトの器は次第に評判を呼ぶようになる。ある時、雑誌「家庭画報」に掲載されたことで、全国の陶器店やギャラリーから問い合わせが来るようになった。通常、手作りの味わいを生かした陶芸の器は、従来の光沢のある漆器とはテイストが合わず、同じテーブルの上ではコーディネイトしにくいとされる。しかし、山岸さんが手がける器や皿のクラフト感のある風合いは従来の陶器とも合わせやすいのだという。

さらに個性が強い陶芸作家の器とも相性が良く、同じテーブルに並べても不思議となじむ。たとえば、陶器のカップに山岸さんの漆器を受け皿として合わせた際も、ザラザラとした陶器の底が漆器に擦れてもキズが目立たないというわけだ。山岸さんの「気軽に使える漆器」は、着実に知名度を上げていき、全国各地での個展開催に繋がっていく。2005年にはニューヨーク市内の4ヵ所で個展や講演を開く機会に恵まれ、現在でも年に数回は東京都内のデパートや画廊で企画展を開催している。

刷毛目が残る技法を追究していくうち、山岸さんは日本に古くから存在する塗装技法「根来塗り」と巡り会った。和歌山県発祥の伝統的な技法で、黒漆を下地として朱漆を重ねて塗る。使うほどに表面の朱地が薄くなって下の黒地が見えてくるのだ。また「逆根来」ともいわれる、朱漆の下地に黒漆を塗り重ね、使い込むほどに表面の黒の中に朱が浮かび上がってくる「曙」の技法も取り入れ、自身の表現の幅をひろげていった。

木地づくりも、より丈夫なものにするために木の粉を固めてさらに多くの漆液を染み込ませる「木乾漆器」という方法で行っている。その木地なら乾燥しても反ったり割れたりする心配がないので長い間使え、器の経年変化を充分に楽しめる。「同じ椀を家族で何点か買われても、使う人が違うとそれぞれの表情に育っていきます」。まさに使う人が「一点物」に創り上げていくという器だ。

福井の伝統・越前漆器に現代感覚を採り入れたオリジナルの美しさ

また、山岸さんは自分で個展を開くようになった頃から、伝統の技法に現代感覚を採り入れた漆器や漆を使った創作活動にも励んでいる。

かつては作家として全国を巡回する個展用として、漆のカップや皿、箸などにカラフルな色彩を施したものを作っていた。だが、数年前に病気を患い右手の作業が難しくなったことから、右手を使わなくても制作が可能な絵付けに作業を絞ることにした。一点物の作品としてジャケットの背中や木のパネル、和紙などをキャンバス代わりにし、思いつくままに制作を始めた。以前は奥様に器を持ってもらったり紙を押さえてもらったりもしたが、今はお椀に水を入れて布や紙の重しにし、ひとりでも制作できるように工夫している。「自分の世界に没頭して左手だけでどこまで作品を創ることできるかチャレンジしているんです」と楽しげだ。

今のお気に入りの作品は、木から器を切り抜く途中の「荒挽き」と呼ばれるどっしりとした素材に漆を塗ったもの。削り出されるまでの荒々しさに生命力を感じるという。

今、漆器業界では、例えば「樹脂に漆を塗る」などこれまでありえなかった組み合わせや技法が生まれている。「やりたいことはまだまだ溢れてきますね」という山岸さんが生み出してきた漆器や漆のアートは、その中心にあって漆の文化を担う翼となり、産地・河和田が次世代に生き残るヒントを創り出していくのだろう。

ACCESS

うるし工房 錦壽(山金漆器株式会社)
鯖江市寺中町29-1-1
TEL 0778-65-3118
URL http://urushi.com/
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