およそ330年にわたり、平戸の地で酒を造り続けてきた老舗の酒蔵、福田酒造。平戸の風光明媚な風景が浮かぶような味わいの中に、古き伝統と新しさが光る酒の追究を続けるのは、若き兄弟の福田竜也さんと信治さんだ。この地でしか造ることのできない唯一無二の酒造りに迫った。
日本最西端の酒蔵
九州本土の最西端に位置する長崎県平戸市。平戸瀬戸を隔てて南北に細長く伸びる平戸島と、その周辺に点在する大小約40の島々から構成された海のまちだ。長崎県で最初にキリスト教が布教された場所でもあり、1600年代には日本唯一のオランダ貿易港として賑わうなど、その歴史もまた奥深い。
この平戸の地で330年ものあいだ酒を造り続けてきたのが、福田酒造だ。1688年、平戸藩の御用酒屋として初代・福田長治兵衛門が創業。現在は14代目の福田詮(あきら)さんが当主を務め、彼の長男・竜也さんと次男・信治さん兄弟が酒造りの現場を担う。平戸産の原料にこだわり造られる酒は、国内外はもとより海外でも評価が高く、代表銘柄の「福田」シリーズは、2018年にはフランスで開催されている日本酒の品評会「Kura Master」純米酒部門でプラチナ賞を受賞。同銘柄の純米吟醸は純米大吟醸酒・純米吟醸部門で金賞を受賞し、その後も3年連続で金賞に輝くなど、その知名度を着実に高めている。
そのほか、大吟醸「福鶴」や「長崎美人」をはじめ、長崎県産のじゃが芋を使った焼酎「じゃがたらお春」、南蛮伝来の秘法を受け継ぎ製造された長期熟成焼酎「かぴたん」、本みりんなども手掛けているほか、もともと廃棄物だった焼酎粕を貴重な資源に、有機肥料の開発も行っている。
原料はすべて平戸産
日本酒の原料となる米には、酒造りに適した酒米として知られる山田錦をメインに、地元・平戸産のものを使用。契約農家と二人三脚で地元の休耕棚田を復活させ、福田兄弟自らが栽培したものだ。10年前からは自社の田んぼも開墾。除草剤を極力使わず、水田の泥を人力や機械でかき混ぜることで雑草を減らすなど、手間を惜しまない。
「民家がほとんどない棚田上流では生活排水もなく、山からの清らかな水で育つ米は味も違います。手の届く範囲で育てることで、気候や環境の変化も敏感に感じますし、その感覚は酒づくりにも活かされます」と兄の竜也さんは話す。
今年からは、1970年代に九州地方で盛んに使われてきた「レイホウ」と呼ばれる酒米にも再び着手した。「山田錦は香りもいいし、スッキリした味わいで、色々な意味で優等生。レイホウは温暖な地域でも栽培しやすく平戸の風土にも適しているので、改めて挑戦中です。香りは穏やかであっさりした口当たりと言われていますが、どんな味わいを見せてくれるのか今から楽しみです」と意欲的だ。
仕込み水には、世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産に含まれている平戸市の最高峰、原生林豊かな安満岳(やすまんだけ)の湧水を使用。ミネラル分の少なく、清らかで軟らかい水でじっくりと発酵させることで、雑味のないまろやかな日本酒が生まれる。
温暖な地域かつ古い蔵だけに温度管理が難しい側面もあるというが、仕込み時期の急激な温度変化に耐えられるよう、数年前には琺瑯製の仕込みタンクの一部をサーマルタンク(冷却装置付タンク)に入れ替えた。「タンク単位で温度をコントロールできるので、外気に影響されずに醪管理ができて仕込みやすさは抜群」と竜也さん。
酒を通して、平戸の風土を味わう
こうして醸されるのが、福田酒造を代表する銘酒「福鶴」や「長崎美人」。自家栽培の山田錦を原料に低温でじっくり発酵させた大吟醸酒「福鶴」はやや甘口で、口に含むとフルーティな味わいが広がり女性にも人気の酒だ。
また国内のみならず、海外の日本酒品評会で数々の賞を受賞した「福田」シリーズも、福田酒造の新たな人気商品だ。「やわらかい香りと山田錦のやさしい味わいが調和する『福田』は、あと味もすっきりしていて料理の邪魔をせずに飲みやすいですよ」と竜也さん。海鮮物が豊富な平戸ならではの食中酒としても注目されている。
長崎ならではの「じゃがいも焼酎」
日本酒以外に、焼酎も手がける福田酒造。特に全国でも珍しいじゃがいも焼酎「じゃがたらお春」は、地元でも親しまれている人気の銘柄だ。じゃがいもの産地といえば北海道が思い浮かぶが、長崎は、実は北海道に次ぐ生産量を誇るじゃがいもの産地。新鮮な馬鈴薯と麦、米麹を原料に、長年培ってきた技術で丁寧に蒸留された焼酎は、カリウムが豊富な上、加熱しても壊れにくいビタミンCが多く含まれていることから、健康志向の人たちにも親しまれている。ちなみに「じゃがたら」とは、現在のジャカルタのこと。このジャカルタから運び込まれた芋「ジャカルタ芋」が、「じゃがいも」になったと言われている。
「じゃがいもの歴史に、かつてキリシタン禁止令によってジャカルタの地に追放された『お春さん』という長崎の女性を偲ぶ思いも込めて命名しました」と、福田兄弟。クセがないながらも微かに漂うじゃがいもの風味とともに、西洋文明の息吹に触れてきた平戸の歴史に想いをめぐらせて味わいたい酒だ。
10年貯蔵の秘酒「かぴたん」
麦焼酎「かぴたん」も、一風変わった焼酎だ。昔ながらの常圧蒸溜で麦の風味を引き出した後に樫樽に詰め、創業当時に建てられた蔵で5〜10年の歳月をかけてじっくりと熟成。琥珀色に円熟した「かぴたん」は、口に含むと樫樽特有のスパイシーな香りの中に、まろやかな旨味と麦本来のコクが広がる秘酒だ。「ウイスキーのようにロックや水割りで飲むのもおすすめですが、クセが少なくすっきりとした口当たり」ということから、食事とあわせて味わいたい。
脇役ではなく主役級の「本みりん」
これら多彩な酒と並び、唸ってしまうのが、地元産の原料だけで造られる「本みりん」だ。みりんはアルコールが12〜15%程度入っているため酒税の対象となっている。2011年には酒税法が改正され製造免許を取得しやすくなったことから、地方の酒蔵がみりんの製造免許を取得し、開発に取り組むケースも増えている。福田酒造もそのひとつ。弟の信治さんは大学卒業後、修行先の蔵でみりん製造を学び、帰郷後の2016年に免許を取得。酒蔵ならではのノウハウを活かしながら“本物の”みりんを造っている。
みりんに用いるのは、地元産のもち米「モチミノリ」、米麹、米焼酎の3つのみ。醸造用アルコールや、糖化の不足を補うために糖類を加えるみりんが少なくない中、福田酒造のみりんは3ヶ月かけてじっくりと米の甘みを引き出した昔ながらの甘味料。「自分たちで言うのもあれですが、料理の出来栄えが格段に違います。飲んでもうまい」と、信治さん自らが太鼓判を押す。
酒づくりは、心でつくり、風が育てる
平戸藩主から日本酒「福鶴」の製造許可を受けて以降、実に330年以上にわたって酒造業を営んできた福田酒造。話を聞きながら、そして酒を口に含みながら思い浮かぶのは、平戸の歴史や文化だけでなく、米が育った畑や、水が湧き出る山をはじめとした平戸の風景。そして日本酒造りに全てを捧げる蔵の人々の笑顔だ。
揺るぎない伝統を守りながらも、目まぐるしく変わる時代の変化に合わせ、常に試行錯誤を続けてきたその根底にあるのは、「酒づくりは、心でつくり、風が育てる」という創業者・福田長治兵衛門の言葉。300年以上続く家業を継承する覚悟は、並大抵のものではないはずだ。その強い使命感を胸に秘めながらも「『笑顔をつくる酒造り』をモットーに、たくさんの人に飲んでもらえる日本酒を」と、今日も酒造りに励む。