りんご大国長野で注目されるシードル醸造所
全国2位のりんご生産量を誇る長野県。それに準じて、リンゴのお酒「シードル」も多く生産されている。かつては、県内のワイナリーや酒造が“ついで”に造る土産物的なスタンスのシードルも多かったが、近年では流行も追い風となり、クラフトマンシップ精神でシードルを造る専門の醸造所が急増。その先駆けとも言える長野県初のシードル専門の醸造所「カモシカシードル醸造所」は、南と北、ふたつの日本アルプスを望む風光明媚な長野県伊那市の高台にある、さながらカフェかと思ってしまうようなモダンなデザインの施設。しかし、ここで醸造されているのは、世界的なシードルのコンテスト「フジ・シードル・チャレンジ」で最高賞「Trophy」を受賞するなど、数多くの権威あるコンテストで高い評価を受けてきたシードルなのだ。
慣れ親しんだ伊那谷のリンゴの味
カモシカシードル醸造所の代表を務める入倉浩平さんは東京都出身。伊那市にある曾祖母の家でリンゴを送って貰っていたこともあって、リンゴには小さいころから慣れ親しんでいたが、大人になってからは、しばらくはりんごと関わることもなく過ごしていた。しかし、そんなある日、家でよく食べていた伊那谷産のリンゴのおいしさが、ふと思い浮かんだ。入倉さんはそれ以来、リンゴを使って何かできないかと考え、そのフックがすべて揃っていた伊那市に移住。都内の醸造専門学校や長野県内の醸造所にて醸造技術を学び、2016年に「カモシカシードル醸造所」を開設した。
研究用に育てられていた醸造品種との出逢い
開設後は自分の思い描くシードルの味を追求するため、さまざまなことに挑戦。そもそもリンゴは日本でも確固たる地位を築き、超が付くほどメジャーなフルーツとして市民権を得ているというのに、それを原料とするシードルは、未だに土産物の領域を脱することができない製品すら多い。その理由は、明治時代に生食用のリンゴが普及し始め、その時に醸造用の品種は輸入されなくなったことにある。
その後、醸造用品種のリンゴは検疫の問題などもあり、一層輸入しづらくなってしまったため、必然的に国内で生食用として改良された品種を利用して造る独自のシードルを造るしかなかった。裏を返せば、地元産の人気品種のりんごを使うシードルなのだから、土産物としてはもってこいだ。しかし、それはワインでいうところの巨峰やシャインマスカットなど、ワイン専用の品種ではないブドウを使った地域振興的な要素を含んだものに近いのかもしれない。
もちろんそれもおいしいが、国内のワイナリーがこぞってカヴェルネソーヴィニヨンやメルローなど世界の人気品種のワイン用ブドウの栽培に力を注ぐのと同じで、シャープな酸味が特徴的な紅玉(英語名ジョナサン)や酸味が爽やかな青リンゴ・オーストラリア原産のグラニースミスなど、生食用のリンゴにはない、渋味や酸味をもったシードルにはシードルに合った品種のリンゴがある。ただ、苗木を輸入するにも検疫がすぐに通らなかったためそう簡単にそれを使ったシードルを醸造するというわけにもいかなかった。
しかし、偶然にも醸造所を構えた伊那には国立信州大学の農学部があり、そこでは研究材料としてアメリカの第3代大統領トーマス・ジェファーソンの自宅の農園にて栽培されていたアメリカ原産のバージニアクラブや、イギリス原産のグリーンスリーブスなど貴重な醸造用の品種のリンゴが研究用に栽培されていた。入倉さんは早速、教授に頼み込み、その品種の枝を分けてもらい、自社畑にて栽培。醸造品種と生食用品種をかけ合わせたりんごを造リはじめた。
手間を掛けて味を追求した瓶内二次発酵
ここでは、炭酸飲料のように炭酸ガスを工業的に付加したものではなく、シャンパンのように、ワインに糖分や酵母を加えて、瓶の中でもう一度発酵させる“瓶内二次発酵”を用いてシードルを造っている。季節によって使うリンゴも変わる。星の数ほどある品種のなかから、何度も試行錯誤を繰り返し、収穫シーズンに合わせた旬のものを用い、自信を持ってシードルとして世に送り出せる組み合わせを見つけ出していった。
カモシカシードル醸造所が目指す伊那谷らしいシードル
入倉さんが目指すシードルのコンセプトはフレッシュな味と果実味。リンゴは非常に酸化しやすいため、なるべく果汁を酸化させないことに気を使う。しかし、入倉さん曰く、シードルの味は原料の良し悪しで8割が決まるという。だからこそ全国でも有数のリンゴ生産量を誇る長野県、その中でも品質の高いリンゴが収穫できることで有名な伊那谷で醸造ができるメリットは十二分にある。そこにフランスから取り寄せるシャンパン醸造用の酵母や、対流しやすく酸がまろやかになる卵型の醸造タンクを使うことで、原料に次いで味への影響を与えると言われる酵母や醸造環境を整え、こだわりのレイヤーを重ねた、ここ唯一無二のシードルに仕上げている。
こうして造られたシードルは、使用する品種の収穫時期に合わせて醸造された
「La 1e saison」「La 2 saison」「La 3e saison」、それぞれに甘口と辛口が用意されたクラシックなエチケットが計6種類、そのほかにも希少な品種のリンゴを使用したものや、地元産のイチゴ、洋梨を使ったものなど、こだわりとオリジナリティの両面を追求したものばかりが揃う。どれも瓶内二次発酵を用いたキメの細かい泡とリンゴ本来のフルーティな酸味を感じられるしっかりとした味わいが特長だ。
目指すのは、シードルをフックに人が集まる場所
開設から6年、地の利を生かしたシードルを造りつづけ、名実ともに全国トップクラスのシードル醸造所となったカモシカシードル醸造所。その間に長野県内にも10件以上のシードル専門の醸造所が開設し、ワインに比べると国産シードルと世界の有名なシードルとの差が小さくなってきたと感じている。それは、冒頭でも述べたとおり、国内にクラフトマンシップ精神のシードル醸造所が増えてきた証拠だろう。そんな日本シードル界を牽引するこの施設。シードルをフックにこの地域のビジターセンターとなり、伊那を訪れる人が増えてくれる、そんな魅力を持ったシードルを造ることを目指している。