場の雰囲気を変える工芸作品
ひとつの作品があるだけで、空気がピシっと締まる。お話を伺った庄司逸雄さんの作品もそんな「空気を変えてしまう」存在感を持った作品だ。
庄司さんの作るものは、鋳金の工芸作品。溶かした金属を鋳型に流し込み、冷却することで形を作る。そのあとに磨きを入れ、装飾をしてできあがる金属作品だ。金属の持つある意味でひやっとした美しさと、輝きがもたらす存在感が、周りの空気を変えてしまうのだ。
庄司さんは日本工芸会に参加し、何度も入賞を果たしている作家。2008年に入賞した際の作品は、朧銀(おぼろぎん)を使った花器。花器といえば花瓶の形を想像するが、そのイメージを覆す平らな花器を制作しての入選だった。形ももちろんだが、口の部分に三角形を用いたり、全体にも三角のデザインが施されて、リズムのようなものがある作品だ。
鋳金で金属の表情を作り出す
さらに作品の評価を高めたのは、その肌。鋳金はいわゆる鋳物なので、まずは全体のフォルムを決める鋳型が重要になる。それとともに、鋳金を鋳金たらしめているのは、磨きなどの、その後の作業だ。庄司さんの平らな花器は素材であるおぼろ銀の質感をうまく表現し、行きすぎず手前で止まらずという絶妙なバランスで肌合いを表現していたのだ。
庄司さんの作品が並ぶ戸棚を見て中田が「これは」と目を止めたのが深い茶の花器。
「これは、漆を塗ってるんですか?」
「そうなんです。鋳金といっても金属をそのまま見せるだけではないんですね。ときに漆を塗ったりして違う表情を作ることもあるんです」
そのほかにも並ぶ作品を見て中田は「右手に並ぶ作品と左手に並ぶ作品がちょっと違うような…」と言う。片方は、大ぶりなもの。もう片方は小ぶりなものが並ぶ。
「美術品としても重要なんですけど、あくまで工芸作品ですからね。使えるもの、言ってみれば買ってもらえるものも大切だと思うんです。あまり大きいと置くところがないでしょ。だからこうして自分の手元に残ってるんですよ。あとは学校に寄贈したりね」
火と合金を扱い、鋳金を作っていく
お話を伺ったあとに実際に金属を溶かして、鋳物を作るところを見せてもらった。まず庄司さんがもってきたのは“青銅の延べ棒”。一見、木の棒にも見えるような姿だが、床に置くと、「コツン」と金属の音がする。重さも相当なもの。今回は鉄瓶の蓋を作る作業だったので、青銅も少量だったが大きなものを作るとなればそれ相応の量が必要となる。それを轟々と音を立てて燃える火の中に入れる。溶けるのを待ってから取り出す。このときの熱さは想像以上のもの。「これが大変なんですよ。熱くても、火傷しても、こぼせないからね」と笑って作業をしていたが、とても笑えるような状況ではない。溶かす金属や鋳型などの違いで取り出すタイミングも違ってくる。それが作品にも大きく影響するというので、まさに作者の勘がためされる場面でもある。
それを型に流し込んで冷やしていく。型に入れてもまだ溶けた青銅は煙を上げているような状態。どれほど熱いかがよくわかる。冷えたところで、型から取り出すときれいに蓋ができあがっていた。それを最終的に磨くなどして仕上げの作業をする。
できあがりの凛とした作品の姿からは想像ができないほどの、文字通り“鉄火場”のような場所だった。
庄司さんは佐野屋という鋳金工芸工房の代表も務めている。佐野屋の創業は1350年ごろといわれるから、600年以上もの歴史のある工房だ。その伝統技法を守りながら、新しいセンスを取り入れて作品を世に送り出している。