日常の食卓にのるお酒を目指して
料理屋さんでたまに見かけるのぼり旗。そこに「出羽桜」というものを見つけた。不思議なことに、すぐに「酒」とわかる。これほどに浸透している地酒はないかもしれない。今回はその山形県天童市の地酒「出羽桜」を造っている出羽桜酒造におじゃました。
創業は1892年。120年の歴史を持つ老舗の酒蔵だ。出羽桜のポリシーは「一般のお客様に、いいお酒を飲んでもらうこと」だと話す。専門家にしかわからない僅かな味の差ではなく、一般の人間でもわかる「おいしい」を目指していると言う。また、地元の蔵人が、地元の米と水で造った、まじりっけのない「地酒」を造り続けている。
ふくよかな味わいが特長。それでいて、いくら飲んでも飽きがこない、日常の食卓にあるスタンダードなお酒として愛好家が多い。
こだわりに手間をおしまないお酒「出羽桜」
お話を聞いたのは社長の仲野益美さん。蔵の中を見学させていただいているなかで「精米所のお米は蔵の姿勢を写す鏡」という言葉が出てきた。「うちはお米が原価の7割なんです」というのだ。その意味は、文字通り商品原価の7割がお米に占められるというだけの話ではなく、お米を丁寧に扱うことが商品に直接影響するということでもある。
その言葉のとおり、出羽桜はお米にこだわりぬく。そういうと、有名産地のお米ということに話がいきがちだが、お米自体をどのように“扱うか”を大事にしている。
例えば精米に関してもそう。出羽桜では自社で精米機を導入して、玄米から精米を重ねている。それはなぜかというと「お米の硬さや柔らかさを自分達の目で見て、即座に判断できるから」だという。それをその後の作業工程(洗米・浸漬・蒸米)の人間に伝達して、自分達でその都度対応できるのだ。もちろん効率的には、精米を他社に委託し、白米を購入したほうがいいのだが、それでも、よりよいお酒を造るためのこだわりには手間を惜しまないということだ。
大吟醸がすべてではない
手間をかけるのを惜しまないということの根底には、人への信頼がある。機械化はもちろん進めているが、機械と人のどちらでもできる作業であれば、人が行うように決めていると仲野さんは話す。
「そのほうが細かな調整もできるし、自信を持ってお客様にお出しできるんです。だからできるかぎり人が触れるものを残しておきたい」。
特に、重要な作業である麹造りは全て手作業で、常に人がいて細かな調整を常に行う。その技術と感覚を次世代に伝えていくためにも、杜氏だけではなく蔵人全員が麹造りに関わる。鑑評会用の大吟醸であっても、杜氏以外の人間にも責任を持って担当させ、技術の底上げと伝承を行っている。毎年、全員が年齢を問わず責任ある作業に携わる。これもこだわりのための大きな手間だ。
だけれども最初にいったように、出羽桜が目指すのは「一般の人にもわかるおいしさと日常のお酒のおいしさ」。だから大吟醸だけがおいしいければいいとは思っていない。大吟醸はもちろん、いちばん“いいお酒”だ。造るのには手間もヒマも、そしてお金もかかる。ただし、「大吟醸だけいいというのではダメ」と仲野さんは話す。「まず日常のお酒がある。そのうえで、大吟醸がある。そういう思いで酒造りをしています。だからおいしいお酒を造るには、まず日常の食卓にのるお酒のレベルを上げなくちゃいけないんです」と話してくれた。そのために日々「こだわりの手間」が蔵では発揮されているのだ。