鉄器に温かみを加える「金属造形作家 廣瀬愼」

鉄器に温かみを加える
「金属造形作家 廣瀬愼」


南部鉄器との出会い

岩手を代表する工芸品の南部鉄器のデザイナーである金属造形作家の廣瀬愼さん。東京でデザインの勉強をし、工業デザインを手がける仕事をしていた。ただ何となく「違うな」という思いをもち続けていたそうだ。そんなときにたまたまデパートのクラフトコーナーで展示されている鉄瓶を見た。それが南部鉄器との出会いだったという。
「ほんとうにしゃれた鉄瓶で、黒の世界、形は崩し様がない。すぐにお店の人に頼んで紹介状を書いてもらいました」そして南部鉄器の道に入り、弟子として3年間修行を積んだ。

「その間にもずっとこれでやっていけるかという悩みはありました」と廣瀬さんは話す。基本的な修行を積みながら、夜になると自分なりに作品を作っていたという。お皿をデザインし、メーカーに持ち込み作品にしてもらった。そんなことを繰り返しているうちに、作ったお皿が当時の通産大臣賞を受賞することになった。
「それに後押しされた形ですかね。これで間違いないと思って、やってみようと思えるようになったんです」と廣瀬さんは当時を振り返る。

温かみのあるデザインを

廣瀬さんは現在、南部鉄器の鍋や食器をデザインするデザイナーの仕事をしている。例えば取っ手を隠して鍋のように見えない鍋など、これまでになかった新しいデザインにもどんどん挑戦している。実は色も黒だけでなく鉄そのものの灰色もあり、顔料を塗布すれば様々な色を描くことも可能なのだという。そういったデザインの作業のなかで一番気をつけていることを聞くと、こう答えてくれた。
「鉄はどうしても冷たいというイメージがあると思うんです。だからデザインをするときに鉄器自体に”温かみ”を持たせたものにしたいなと考えてデザインしています」
たしかに鉄というとどこか冷めた印象があるかもしれない。どしっと腰を下ろした重量感があるいかにも「道具」という印象のものもある。そこに温かみを入れることを大事にしているという。

使う人の言葉を聞く

廣瀬さんがデザインをする際に絶対的なアドバイザーとなるのは奥さんだ。展覧会などに出品する「作品」として製作するものもあるが、もともとはやはり鍋や皿など「日用品」であるのだ。日常使うものだから使う人の意見を大事にする。見た目のデザインを考える上でも「使う」という観点は忘れていないのだ。
そもそも鉄という素材は料理に適している部分がある。例えば鉄鍋ひとつで焼く、煮る、炊く、さまざまなことができるし、熱の伝わり方が均一でムラなくおいしい料理を仕上げることができる。また鉄器は自然素材なので身体にも優しいという安心感もある。
鉄器は錆びやすいとか、手入れが難しいと思われがちだが、使ったらすぐに洗って、一瞬だけ空焚きをして水分を飛ばしてしまえば、それで大丈夫。何も面倒なことはひとつもない。となれば、ぜひ鉄器での料理、鉄器での食事を試してほしい。料理自体も温かい。見た目も温かい。そんな食卓ができるかもしれない。

ACCESS

工房ヒロ 廣瀬愼
岩手県紫波郡矢巾町