鍛金で人のやりたがらないことをやろう
2006年に鍛金の分野で重要無形文化財保持者の認定を受けた田口壽恒(としちか)さん。おじいさんの代から鍛金を始めたといい、ご自身は3代目だ。展覧会に出展する作品を作りはじめたのは田口さんが初めて。お父さんの代までは主にお茶の道具や、やかん、急須、それにぐい呑みやとっくりといったお酒の食器を作っていたという。
「自分のやりたいことをやってみたいと思ったんですよ。技術的には父の代までやっていた日用品を作るものと変わらない。難しいことはないんです。でも、人がやりたがらないものをやろうと思いましたね」
人がやりたがらないものというのが、“堅い”ものだったという。田口さんはあえて堅い素材に挑戦し、金属の美しさを感じさせる作品に取り組んでいった。
鍛金の描き出す美しさ
鍛金が描き出す美しさは、何といっても“打った跡”。田口さんも「鍛金で作られた作品は、光によって微妙に見え方が変わる。だから模様なしでも美しい」と言う。
田口さんが使うのは「四分一(しぶいち)」という素材。銅3に銀1を合わせた日本固有の合金だ。これを「しぼり」と「のばし」という技法を使って、縮めて伸ばして形を作っていく。まずは素材の中心から同心円状にカナヅチを打っていく。最初に形が変わりだすまでが一番時間がかかるという。
中田も試しに打たせてもらったが、一度全体を打ったくらいではほとんど変化がないように見えた。それほど根気のいる作業。その積み重ねが田口さんのいう「打った跡の美しさ」を生む。田口さんは「模様なし」といったが、打つ行為こそが鍛金作品の“模様”になるのだ。
作品が”育つ”から面白い
器の形になったら、そこからは自分の望む形に変えていく。その段階で田口さんはあえて厚みを残したりもする。「迫力を持たせたい」そう意図を話す。
その絶妙なバランスは最初から考えて作っているんですかと中田が質問をすると、「最初にぼんやりと考えて作り始めますね。でも僕は制作の途中でかなり変えていく。他の人に比べたらびっくりするぐらい変えていくほうだと思います」と田口さんは答えた。
また「作品がどこまで育ってくれるか楽しみなんです」と田口さんは言う。同じことをしようと思っても、絶対に毎回違うものになるというのだ。
「いいものをつくろうと思って、いろいろ考える。いろいろ考えて、丁寧に仕事をする。でもなかなかよくできたと思うものはできないんですよ。そして次の作品にとりかかる。前回までの経験を踏まえて、同じような作業をする。でもね、毎回違うものになるんですよ。完成までにかかる時間も違うし。そうやって、自分の作品が育ってるんです。どこまで育ってくれるかは自分にもわからない。だから面白いんですよ」
熟練の技術が生み出すひとつの“偶然性”。自らの想像を超える表情が器にあわられたとき、田口さんの作品がひとつ生まれるのだ。