すべて高糖度・蜜入り。選び抜かれた特別なりんご「冬恋」/岩手県盛岡市

「冬恋(ふゆこい)」は、岩手県で生まれたりんご品種「はるか」のうち、糖度や蜜入りなどの高い基準を満たした実だけが選ばれる、特別なりんごのブランド。冬のはじまりの短い期間にだけ味わうことができる、その濃厚な甘さとシャキッとした食感は、まさにプレミアムな美味しさだ。

目次

「オリジナル品種」も多彩なりんご産地・岩手

岩手県は、青森県、長野県に続く全国第3位のりんご産地。寒暖差の大きい気候や豊かな土壌といった自然条件を生かし、内陸部を中心に高品質なりんごが栽培されている。

日本に初めて西洋りんごの苗木が輸入されたのは、開国間もない1871年。その翌年には岩手県で西洋りんごの栽培が始まり、全国的にも早い時期からりんごづくりに取り組んできた。生産性だけでなく品質の向上や品種改良にも力を入れ、生産者やJA・自治体・研究機関などが連携し、果皮が濃い紅色で甘みが強い「紅いわて」や、ジューシーで大玉の「大夢(おおゆめ)」など、数々の「岩手県オリジナル品種」も生み出している。そのひとつが「冬恋」のベースとなる品種「はるか」だ。

岩手生まれのりんご品種「はるか」

はるかは、1976年に岩手大学農学部の園地で誕生し、2002年に品種登録・市場デビューしたりんご品種。その品種名は、生みの親である横田清名誉教授(故人)の孫の名前から付けられた。果皮が黄色の晩生品種で、たっぷり入った蜜と濃厚な甘み、シャキッとみずみずしい歯応えが魅力だ。その反面、実が小さめであることや、果皮が変色しザラザラになる「サビ」が発生しやすいという性質を持つことから、デビュー当初は「見た目が悪い」と人気が出ず、栽培に取り組む生産者もほとんどいなかったという。

だが一方で、はるかのポテンシャルに可能性を見出す人たちもいた。2006年、県内各地の生産者有志が集まり、果樹栽培の関係機関と「岩手はるか研究会(現・岩手冬恋研究会)」を設立。「はるかを岩手のブランドりんごに育てよう」と、品質の向上や栽培方法の確立に向け取り組みを始めた。

その初期メンバーのひとりが、盛岡市にある「下久保農園」の熊谷峰男さんだ。20年以上にわたってはるかの品質向上や栽培方法の確立に尽力し、2024年度まで「岩手冬恋研究会」の会長も務めていた熊谷さんは「外観は良くないけれど、はるかの蜜入りの良さ、糖度の高さは大きな魅力。なんとか生かしたいと思いました」と、研究会を立ち上げたきっかけを振り返る。

「袋かけ」で、弱点を克服

広い岩手県の各地域でりんご栽培を営む「岩手はるか研究会」のメンバーは、各々の畑の一角ではるかを育て、情報交換や議論を重ねながらさまざまな栽培方法を検証していた。ある年、メンバーのひとりが、隣の木と間違えて、はるかに『袋かけ』をしたところ、サビのないきれいな黄色の果実が育ったという。

「袋かけ」とは、摘果(果実の間引き)後のりんごに袋をかける栽培方法。病気や日焼けを防ぎ、収穫後も鮮度や品質を保ち、長期間保存できる「貯蔵性」を向上させるほか、収穫直前に袋を外し日光に当てることで着色が促進し、ムラなく鮮やかに色づく効果が期待できる。

「これはいけるぞ」と手応えを感じた熊谷さんたちは、はるかの栽培を「無袋」から袋かけに変更。その結果、サビやキズの発生が大幅に減少した。

だが一方で、袋かけをしたりんごは、日光をたくさん浴びて育つ無袋に比べて糖度が低くなる。それを克服しようと、素材や仕様の違う袋を何種類も試したり、樹上の実を限りなく減らして1つの実に養分を集中させるなど試行錯誤を重ねた。数年にわたる取り組みにより、本来の食味を損なわず、実も大きく育てることに成功。今では専用の袋を使って袋かけを行い、樹上で完熟させてから収穫するなど、高品質なはるかの栽培技術は確立されつつある。

「とはいえ、りんごづくりは1年に1回。20年はるかを育てても、まだ20回しか収穫を経験できていないんです。もっと適した袋があるかも、他にもいい方法があるかも、と研究に終わりはありません」と熊谷さん。こうしたたゆまぬ努力の積み重ねが、はるかの品質と評価を着実に高めている。

選び抜かれたりんごだけが「冬恋」になれる

こうして育てられた岩手産の「はるか」のうち、糖度や蜜入り・見た目などの基準を満たしたものだけに与えられるのが、「冬恋」という称号だ。

「冬恋」は、JA全農いわてが扱うブランドりんご。収穫したはるかを、光センサー選果機を用いて1個ずつ計測し「糖度15度以上」「蜜入り」「外観に優れるもの」ものを選別。こうして選ばれたものが「冬恋」として出荷される。また、さらに基準を高くした「糖度16度以上・蜜入り」「サビ・キズがない」ものは「プレミアム冬恋」となる。

出荷時期は11月下旬〜12月。岩手県で生産されるりんごの中で最も遅い冬直前に収穫されることや、糖度の高さが甘い恋をイメージさせることから名付けられた「冬恋」は、年々認知度が上がり贈答用として人気。百貨店や高級青果店でも扱われるという。

「はるかはもともと糖度が高く、蜜が入りやすい品種で、うちで育てているはるかの糖度は、平均で18度ぐらい。20度を超えるものもざらにあります」と熊谷さん。一般的なりんごの糖度は13度前後。そう考えると、冬恋に選ばれなかったはるかも十分に甘い。

「じゃあ冬恋は何が特別なのかというと、見た目の美しさ。自家消費用ならサビの入った無袋のはるかでもよく、むしろこっちのほうが美味しいんじゃないかと思うけど、人にあげるならやっぱり、見た目がきれいなものがいいから」

はるかの果皮はとてもデリケートで、袋をかけて外部の刺激から守り、気を配りながら大切に育てても、サビやキズがついてしまうこともある。冬恋のキズひとつない滑らかな質感は、生産者の丁寧な仕事がつくりだす結晶なのだ。

手間をかけ、価値を高める

りんごを大きく質の良いものに育てるには、幼い果実を間引く「摘果作業」が欠かせない。りんごは、葉で光合成し果実に栄養を送り込むため、葉と果実の数のバランスが重要だ。通常は、1つの実に対し葉が40〜50枚つく割合になるよう間引くことが多いが、はるかはなんと、1つの実に葉が100枚。樹上の果実の数を大幅に減らすことで、果実に養分をたっぷり行き渡らせ、甘く、大きく育てるのだという。

そうして「少数精鋭」で育てられるはるかは、作付け規模もまだ小さく、生産量が限られるため、店頭に出回ることがなかなかない。そこから選び抜かれる「冬恋」「プレミアム冬恋」はなおのこと、希少な存在だ。「その希少性を価値にして、少しでも生産者に利益として還元できるようにしたい」と熊谷さん。研究会を立ち上げたのも「頑張っていいものをつくり、きちんと評価されて利益になる」という仕組みを作りたいという思いがあったからだと話す。

岩手のりんごの魅力を伝える存在に

熊谷さんは「岩手冬恋研究会」の会長として、県内外のイベントや市場に出向き販促活動も行っている。「ここ数年で、ようやくはるかや冬恋にファンがついてきたと実感できるようになりました。この取り組みに賛同してくれる生産者も増え、研究会の会員数も伸びています。この流れにのって、さらに仲間を増やしたい」と語る。

はるかは岩手で誕生した品種だが、栽培地に規制があるわけではなく、現在は県外でも栽培されている。しかし、「冬恋」というブランドを名乗れるのは岩手産のはるかだけ。「全国的には、りんごといえば青森や長野のイメージがあると思いますが『岩手にもこんなにいいりんごがある』というのを広く伝えていきたい。冬恋とはるかは、その大きなアピールポイントになると思っています」と熊谷さんは期待を込める。

「いいものづくり」には、限界がない

岩手山を望む丘陵地に広がる「下久保農園」のりんご畑。標高はおよそ360mで、岩手のりんご畑としては高い場所にある。平地に比べ気温が低いため、40年前にこの農地を取得したときは実が大きくならず苦労したそうだ。しかし、温暖化に伴い徐々に気温が上昇。「今は、標高が低いほかの畑より、いいりんごが育つようになった。標高が高い分昼夜の寒暖差も大きいので、キリッと身が締まったりんごができる」と熊谷さんは話す。

とはいえ、温暖化は深刻な問題だ。りんごは冷涼な気候を好み、気温が高いと着色不良や日焼け、食味の低下などさまざまな障害を引き起こす。また、蜜が入りにくくなる傾向もあり、「蜜入り」をアピールポイントにしているはるかや冬恋にとっては、ブランド価値を揺るがしかねない。

また、資材の高騰や人件費の増大も大きな負担となっている。機械化が進む米などの作物に対し、りんご栽培はほとんどが手作業。特に袋かけや収穫は、果実の繊細な取り扱いが求められるため、一つひとつ手で行う。「機械化ができれば、息子と2人で回せるかもしれないけど、そうはいかない。だから人を雇わないといけないし、手間をかけるほど人件費がかさみます」と熊谷さん。温暖化や近年続く異常気象、生産コストの増大など、りんごづくりを取り巻く環境は年々厳しさを増している。

「もうヘロヘロですよ。首の皮1枚つながってなんとか続けているようなもの」。そう言って苦笑いするが「時代や環境の変化に巻き込まれながらも、ここまで続けてこれたのは幸せなこと」と話す熊谷さん。「自分で工夫したり、試行錯誤できるこの仕事は楽しい。自分にはまだまだ知らないことがあって、まだやれることがあると思うんです。いいものをつくるのには、限界がないから」と、りんごづくりに向けるまなざしは熱いままだ。

りんごの木を切らずに済むように

「りんごづくりを辞めようと、木を切ってしまうのは簡単。でも、それまで手をかけてきた長い年月が一瞬で失われ、取り戻したいと思ったら同じだけの時間がかかります。だからできるだけ続けたい。今育てているりんごの木を切らなくて済むように」

その想いは、父とともにこの農園を運営する息子の勝彦さんも同じだ。「このまま温暖化が進むと、りんごだけに頼っていられないときが来るのかなというのもあり、別の畑ではりんご以外の作物もつくったりしています。ただ、りんごづくりは辞めたくないと思いますね。大変なんだけど、やっぱり楽しいから」

「りんごづくりは楽しい」と口を揃える熊谷さん親子。さまざまな課題や苦労を抱えながらも「よりいいものを」と真摯に向き合うその姿勢が、はるか、そして冬恋の特別な味わいを支えている。

ACCESS

岩手冬恋研究会
岩手県紫波郡矢巾町流通センター南2-5-2(JA全農いわて)
TEL 非公開
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