地上に頭を出す前に掘り出した純白の孟宗竹(もうそうちく)を「白子筍(しろこたけのこ)」と呼ぶ。えぐみがなく驚くほど甘みがのっていることから日本一の呼び声が高いが、市場には滅多に出回らないため、長きにわたって白子筍は“幻の筍”とされてきた。高級料亭や一流レストランで珍重されているブランド筍を、産地の京都府南部で代々育ててきたのが「京都辻農園」。ここでは、手間のかかる伝統的な農法を今なお頑なに守り続けている。絶品の筍に育て上げる、こだわりの栽培法とは一体どんなものなのか。
幻のブランド筍“白子筍”

京都府南部に位置する「西山地区」は白子筍の産地として知られている。淀川を挟んだ反対側に広がるのが、国宝「石清水八幡宮」を有する八幡市。そのお膝下に、京都辻農園の竹やぶはある。
「実は、農園のある石清水八幡宮の近辺は、土の質が良く水源にも恵まれている西山地区と同じ地層にあるんですよ」
筍の栽培に適した粘土質の土壌と豊富な水源のおかげで、向こう岸にも負けない極上の筍が育つ。
地中にあるものは筍、地表に顔を出したら竹の子
竹の地下茎は“地上に上がっては地中に潜り、また上がっては潜り”を繰り返し、まるでバタフライのように地面を泳ぎ回る。タケノコとはこの地下茎から生える新芽のことで、栄養を蓄えて地中で膨らんだものを「筍」、地表に顔を出したものは一気に竹へと成長するため「竹の子」と区別されている。表記だけではなく、味も食感も違いは歴然。まるで別の食べ物だ。

「土から頭を出した竹の子は野生の動物たちに食べられないよう、シュウ酸というえぐみ成分を全身に巡らせて防衛するのです。日光に当たって黒くなった部分は、美味しくない成分が集まる場所。味だけでなく、ぐんぐん成長する体を支えようと、地表に頭を出した瞬間から身は硬くなり、筋張っていきます」

一方、地中の筍には、来る成長期に備えて投入された栄養がたっぷり蓄えられている。日光を浴びていないためえぐみ成分もなく、身もまだやわらかい。そのため、“筍”の状態で掘り起こすことが、甘くて美味しい本来の味を楽しむ秘訣となる。
「小さい方が美味しいと思われている方がいるかもしれませんが、それは竹の子の話。白子筍の場合は地表に出るまでの時間が長くなればなるほど多くのエネルギー(糖分)が親竹から投入されていくため、美味しさが増していくのです」
筍の大きさは美味しさを表すバロメーター。辻さんの育てる大きな白子筍はえぐみがないため生でも食べられ、梨と間違われるほど糖度が高い。
旬は3月半ばから5月半ばにかけて
1つの親竹から生えるタケノコは1シーズンで6本前後。1本目は8カ月ほどかけてゆっくり地中の中で育つのに対し、次の筍は10日ほどで地表付近まで伸びてくる。その次の筍が育つのはまた10日後、その次もまた10日後……。こうして白子筍の旬は60日間続いていく。

「これが、“筍”という字の由来。上旬、中旬、下旬という言葉がありますが、“旬”という字には“10日間”という意味があるんですね。こうして、竹かんむりと旬という字を組み合わせた“筍”という漢字が生まれました」
最初に採れる“長子”は時間をかけて育つことから、身がギュッと詰まっている。食感がよいため木の芽和えなどの料理に向くが、風味も濃いので薄切りにして吸い物にするのもいい。さらに、ぷっくりと身が膨らむ4月半ばから4月末にかけては旬の盛りで、がぶっとかじってもやわらかく、瑞々しい。さっと湯通しをして刺身にすれば春の香りがいっぱいに広がる。
「さっくりとした独特の食感と甘みがある白子筍は、シンプルな調理法で召し上がっていただくのがおすすめです」
つくっているのは、筍ではなく筍が育つ“環境”

1本3㎏以上、50㎝を超える筍を量産している同園。ときには1mクラスの筍も採れるが、そもそも“特大サイズの筍”は自然界に存在しない。本来、孟宗竹の地下茎は20㎝よりも深く地中に潜ることがないため、すぐに頭を出して竹の子と化してしまうからだ。そのため、市場に出回るものは、それぐらいまでの大きさのものが一般的となっている。では、いかにしてこれほどまでに大きな筍を育てるのか。

「土の中で大きな筍をつくりたいので、地表付近にある地下茎の上に盛土をして少しずつ地層を積み重ねていくのです。それも、何十年もゆっくり時間をかけて」
これこそが、京都に伝わる伝統的な筍栽培の特殊作業。しかし、一度に多くの土を盛るのはご法度とされている。竹やぶの地面が硬く締まってしまい、地中の筍がうまく育たなくなってしまうからだ。盛土をするのは、落ち葉や伐採した親竹のチップを敷いてから。ふかふかの敷物の上に粘土質の土で薄くコーティングをすることで、ほわっとやわらかな土壌を保つ。こうすることで根から土の栄養を吸い上げやすくなり、太く長い筍に育つ。
硬くなった地面の表面に亀裂が入ったら、いよいよ収穫の合図。その下にはふっくらと育った筍が目覚めの時を待っている。
「筍は勝手に生えてくるものなので、“つくっている”という感覚はないんですよ。でも、生えてきた筍がいい子に育ってくれるかどうかはこの場所の環境次第。私がつくっているのは筍ではなく、筍が育つ“環境”なんです」
長年かけて確立されてきた文化には意味がある

多くの筍農家が機械化を推し進めていく中で、辻さんは今なお先人たちの教えを頑なに守り続ける。たとえば運搬車を入れて土を運べば効率は上がるが、重い機械を何度も行き来させれば竹やぶの土が踏み固められてしまう。そのため京都辻農園では、今も隣の山林から一輪車で一杯ずつ土を運び入れている。作業をするときも、決して同じルートで帰らない。土が踏みしめられて硬くならないように。
竹やぶの土を手作業で耕すのは、縦横無尽に這いまわる地下茎を機械で断ち切らないようにするため。地下茎は筍を掘る際に邪魔になることから、現代では多くの農家が意図的に寸断しているが、辻さんはこれもよしとしていない。手間を惜しまずに土地を管理することで、代々大切に育ててきた深い地層の地下茎たちを守っているのだ。40年以上前の地下茎が生きたまま残る京都辻農園では、故に1mサイズもの筍も育つ。名産地である京都でも、ここまで大きな筍が採れるのは唯一ここだけ。特大サイズの白子筍は、半世紀近く手入れを続けてきた努力の結晶なのである。
白子筍栽培に捧ぐ想い
「土地の狭い京都では、ひとつの竹やぶを大切に管理することで質の高い筍を育ててきました。その分生産量は少なくなりますが、手をかけてより良い物に仕立てることが職人の仕事だと思っています」
界隈では、筍を掘るとき、竹やぶを耕すときは“ホリ”と呼ばれる刃の長い伝統的な鍬を使うが、その刃先は毎年鍛冶屋に打ち直してもらっている。
<h2>長年かけて確立されてきた文化には意味がある

「特別なことをしているつもりはなくて、昔は当たり前だったことを今もただ続けているだけなんです。伝統的な筍栽培の農法はもちろん、このホリも百年レベルで受け継いでいきたいですよね。道具にも文化がしみついているから――」
効率化の波に抗いながら育てた上げた立派な筍は、熟練の技と職人の気概が生み出す賜物だ。年を追うごとに白子筍の希少性は増しているが「生産現場の風景やその美味しさをこうして発信し続けることもまた自分の使命」と辻さんは熱く話す。
太く、長く、すくすくと育ちますように。そして、この地に受け継がれてきた文化が、未来につながっていきますように 。そう願いながら、辻さんは今日も竹やぶを耕し、土壌をつくる。その姿勢からは「長年かけて確立されてきた文化には必ず意味がある」という強い信念を感じ取ることができた。