心穏やかな感動が訪れる一服の力。特別な手間と栽培法でつくられる「星野茶」/福岡県八女市

茶の名産地として知られる福岡県・八女市。特に標高が高く“奥八女”と呼ばれる星野村では、寒暖差を利用した旨み成分の強いかぶせ茶の生産が盛んだ。日々自然と向き合いながら真摯に茶づくりに向き合うふたりの茶農家を訪ね、日本茶にかける熱い思いに触れた。

目次

美しい山間で作られる伝統技法のお茶

九州最大の河川、筑後川と矢部川に挟まれた福岡県筑後平野南部・八女地方。肥沃な土壌と伏流水に恵まれ、雨量が多く、昼と夜の寒暖差が大きいこの地は、茶栽培に適した自然条件を満たし、約600年前から茶の栽培が行われてきた。

中でも標高200mを超える山間地にあり、その名の通り星空の美しさで知られる星野村は、高品質の煎茶や玉露を生産する名産地。「星野茶」は八女茶の中でも質の高い高級茶として知られている。

星野茶の特徴は濃厚な旨み、奥深い芳醇な香り、美しい色にある。中でも日本茶の最高峰である玉露は、全国の茶産地が日本茶の日本一を競う「全国茶品評会」の玉露部門で何度も日本一に輝いている(平成は22回日本一を獲得)。この品評会に出品される「八女伝統本玉露」は「茶樹の枝を収穫後に1度だけ剪定し、秋まで自然に芽を伸ばす“自然仕立て”の木で育っていること」「茶樹を16日以上、稲わらなどの天然資材で覆う“被覆(ひふく)”を施していること」「新芽を手摘みしていること」といった伝統技法を守って育てられる。その美味しさは格別で50〜60度の湯をゆっくり注いで2分程度待つと、茶葉の中に閉じ込められた旨みや甘みが湯の中で解き放たれ、まろやかで甘く深い味わいと気高い香りに感動を覚える。その特別な栽培法や生産地の特性を知的財産として保護するべく「八女伝統本玉露」は2015年に国の地理的表示(GI※)保護制度に茶として初めて登録された。

もちろん伝統本玉露だけが星野茶ではない。星野村では被覆栽培以外に露地栽培も広く行われているが、伝統技法を守り続けてきた茶農家の知識と経験が美味しい茶づくりに結びついてきたことは確かと言えるだろう。

※GI=GEOGRAPHICAL INDICATIONの略。伝統ある特別な生産方法や気候・風土・土壌などの生産地の特性により、高い品質と評価を獲得するに至った産品の名称(地理的表示)を知的財産として保護する制度

栽培から加工、販売まで。消費者の声を反映し茶づくりに挑む

星野村で茶舗「星正園」を営む高木耕平さんは若手のホープと呼ばれる篤(とく)農家だ。静岡県にある「農林技術研究所茶業研究センター」で2年間、茶栽培と加工などを深く学んで帰郷し、現在は約10ヘクタール(甲子園球場約8個分)という広大な畑で茶栽培を行っている。高木さんの茶畑があるのは標高が高い星野村の中でもさらに高い山間。「千枚岩(せんまいがん)」と呼ばれる天然微生物を多く含んだ独特の地層の上にあることから豊かな土壌に恵まれている。そんな地の利に加え、肥料の選定や与える量・タイミング、被覆資材の選定・かけるタイミングと期間、霜対策など、高木さんが人智を尽くして茶栽培に挑み、手間暇を惜しまずに育てた「星正園」の茶は旨みも味も濃厚と人気を集めている。

茶舗を営んでいることは高木さんの茶づくりにいい影響を与えている。一般的に茶農家は収穫後すぐに始まる茶葉の酸化を止めるため、生葉を製茶工場に急いで運び、蒸す・揉む・乾燥を経てつくる「荒茶(あらちゃ)」を茶問屋に納める。その後、茶問屋は「荒茶」を二次加工・ブレンドして商品化するが、高木さんは卸とは別に自ら二次加工・ブレンドも手がける。「自分がつくったお茶の味を確かめられますし、直接お客様から意見を聞ける。毎年自然との闘いなので、品質を一定させるのは大変ですが“今年のお茶はこうだったね”と率直に言ってくださるお客様の声が茶づくりの原動力になっています」。

茶産地としての未来を見据えて

星野茶を語るうえで欠かせないもうひとりのキーパーソンがいる。「JA茶業青年の会・星野支部長」を務めている田中将大さんだ。田中さんと高木さんは幼馴染で、ふたりとも家業を継ぎ、互いに切磋琢磨しながら上質なお茶づくりに取り組んできた。「星野村の気候や土壌があるからこそ高品質な煎茶や玉露が生産できる。今後も土地の特性を生かしたお茶づくりを極めていくことが他産地との差別化につながっていくと考えています。しかし、一方で国内ではペットボトルのお茶需要が高まり、急須がない家庭が増えているのも現実。今後、製茶業が持続可能な産業となっていくために、国内外の市場がどういうお茶を求め、どういったターゲット層にアプローチしていくのか、生産の現場からも考えていかなければならない。海外マーケットで求められる有機や無農薬・発酵茶などの可能性を探り、アクションを起こすためには、生産者と茶商が今以上にしっかりと手を組むことが必要になってくる」と星野茶の未来を見つめている。

海外へ、国内へ。日本茶の挑戦は続く

昨今海外でも日本茶愛好家は増え、星野茶も輸出されている。しかし、残留農薬濃度の基準が厳しいエリア(EUなど)も多く、国によって基準も異なるため有機・無農薬茶となると取り組める農家は決して多くはない。星野村は高地にあるため虫がつきにくいという利点はあるが、化学肥料や農薬を使わず茶の品質を安定させるとなると最低でも10年はかかるといわれ、農家の負担も大きい。課題は多いが、高木さんは海外との直接取引もあり「彼らは常にいいモノを送ってほしい!とリクエストしてくる」と日本茶が海外で飛躍する可能性も感じている。八女では組合としても海外輸出にも積極的に取り組んでいるため、今後の展開が楽しみだ。

もっと家庭でお茶を淹れてもらえるように活動を続けていくことがこれからの目標です」とおふたり。「小さな子どもにはカフェインの少ないほうじ茶から入ってもらい徐々に緑茶へ。小さい頃に家で淹れるお茶に触れ合っていると、一時お茶から離れても大人になった時に“やっぱり家でお茶を淹れるっていいよね”と帰ってきてもらえることが多い。そういう循環を信じたいですね」と、生活の中に“お茶”がありつづける未来をつくっていきたいのだとか。

国内向けにお茶のある時間の豊かさを伝えつつ、海外の大きなマーケットにも参入していく。若手生産者たちが拓く八女「星野茶」の未来に期待したい。

ACCESS

星正園
福岡県八女市星野村962-1
TEL 0943-52-3180
URL https://teayame.com/index.html
  • URLをコピーしました!
目次