製造した酒の約9割が地元や栃木県北で消費され、同じ栃木県であっても県南ではめったにお目にかかれない日本酒「旭興(きょくこう)」。八溝山(やみぞさん)より流れる武茂川(むもかわ)の伏流水や地元の高品質な米を仕込みに使い、冷涼な気候のもとで丁寧につくられている。
八溝山から流れ出る良質な水でつくる、歴史ある酒蔵

渡邉酒造は栃木県大田原市、旧黒羽町の須佐木という山間の集落にある酒蔵。車を10分も走らせれば、すぐ茨城県に入る場所だ。地酒をつくる小さな酒蔵であるが歴史は古く、創業は1892年(明治25年)。新潟県を発祥地とする、日本酒を造る杜氏集団である越後杜氏として酒造りをしていた初代が農家の納屋を間借りして日本酒の製造を始めたのがルーツだ。明治45年に今の場所へ移転し、それまでの蔵から東に移動したことで「朝日(旭)が昇る(興る)」と縁起を担ぎ、銘柄名を「旭興(きょくこう)」としたのだそう。
栃木県でもなかなかお目にかかれない幻の酒
「地元に愛される酒が『地酒』。 地方で造っただけの酒ではない」を社訓として、五代目・渡邉英憲(わたなべひでのり)さんが中心となり杜氏を担い酒造りをおこなっている。
「地元に根付いて愛される日常の酒」という想いは渡邉酒造の流通にも現れており、現在最大で900石の生産があるというが、その9割が地元で販売され、それも30分で行けるところがほとんどだという。1石で一升瓶(1.8リットル)約100本分とされるから、81,000本の一升瓶が30分圏内で販売されているということになる。
全国でも評価が高く、地元・大田原を代表する

八溝杉で有名な地にある小さな酒蔵だが、最近では、全国140の酒蔵から吟醸酒312点、純米酒325点が出店された「第103回 南部杜氏自醸清酒鑑評会」の吟醸酒の部で首席第1位、純米酒の部で第2位に輝くなど、素晴らしい成績を収めている。実は第100回も吟醸酒の部で首席第1位を収め、知る人ぞ知る名酒。
なかでも、第103回 南部杜氏自醸清酒鑑評会の受賞した吟醸酒は、地元大田原の佐久山産100%の酒米・山田錦を使用。「大田原を少しでも盛り上げようとつくった酒。県内一の米どころが、酒米の質の良さでも高く評価された」と話す。大田原は栃木県内一の米作りが盛んな土地。まさに地元・大田原が詰まった、大田原を代表する酒なのである。
顧客のニーズを捉えながらつくる酒

主力商品は何かと聞かれると「今では純米酒」と答える渡邉さん。小売店や飲食店の売りやすさを考え、四季折々の商品をつくるようにしているという。また、「これは生でだそう」など、飲み手の立場になって商品をつくっていく。その結果、「旭興」の中でも数々の銘柄が流通し、地元の人々に愛されている。
研究が好き。研究を続け、色々と試したい
渡邉さんは東京農業大学 農学部 醸造学科卒。大学では「酵母の泡」の研究をおこなっていた。今も研究を続けたい気持ちが強く、酵母の研究設備を蔵内に持つほどである。地方で研究室を持っている酒蔵はめずらしく、酒に対する研究の想いは貴醸酒(きじょうしゅ)にも表れている。
研究を重ねて開発した人気の貴醸酒
渡邉さんは東京農業大学在学中に「貴醸酒の研究をしたい」と話したら、教授に「時代遅れだ」と言われた。貴醸酒とは、水の代わりに酒で仕込んだ酒で、独特のとろみのある甘口の日本酒である。
貴醸酒の研究を諦めきれなかった渡邉さんは自分の蔵に戻り、貴醸酒で人気のある蔵に自ら連絡し、教えを乞うた。さらに、「教えてもらったことと同じことをやっては二番煎じ」だと考え、フレッシュな貴醸酒に挑戦。
持ち前の研究熱心さから、貴醸酒に使う米から吟味し、身体に吸収されやすい消化性タンパク質(グルテリン)の含量が低いという特性をもった品種・低グルテリン米を使うことで、「甘みがあるがスッキリとしたカジュアルな味」になることを突き止めた。
このようにして生まれた酒「貴醸酒・百」は、今や渡邉酒造の人気商品である。気になることやアイデアが湧けば迷わず試す。味や品質への探求に余念がないのが渡邉酒造の強みなのだ。
面白いと思ったら、まずは挑戦する姿勢

渡邉さんの挑戦は「貴醸酒の研究」への想いから生まれた「旭興 貴醸酒 百」だけではない。
「水も米も地元のものを使い、酒を仕込む容器も地元のものを使いたい。地元のためにも、『八溝杉を使った商品』を知ってもらいたい」という気持ちから生まれた商品もある。その酒は、杉の産地でもある八溝山地の裏山の杉で樽をつくり、その樽に酒を仕込むのだ。
「あれができるなら、これはどうか」など毎年挑戦に余念がない渡邉さんの酒の研究に終わりはない。