筑後川の下流に位置する福岡県大川市に1922年(大正11年)に創業した「若波酒造」。九州一の大河・筑後川のように「若い波を起こせ」と願いを込めて名付けられた酒造は、その名の如く、独自に日本酒のおいしさと世界を開拓していた。
酒造りが盛んな筑後川流域に創業

酒蔵の前を悠々と流れる、九州最大の河川・筑後川。酒造のある筑後川流域は、阿蘇山を水源とした豊富な伏流水に恵まれ、良質な米を育む広大な筑紫平野が広がる。日本有数の酒どころとして発達し、明治時代の半ばには80を超える酒蔵が存在した。時を同じくして、「若波酒造」の本家である「今村本家酒造」も創業。
「若波酒造」の始まりは、1922年(大正11年)。1895年(明治28年)に創業した「今村本家酒造」から3兄弟がそれぞれ分家し、そのうちの一つとして酒造りを開始する。今では本家を含めて蔵を閉じ、唯一残る「若波酒造」が今村家の酒造史を引き継ぐ形となった。現在は4代目当主の今村嘉一郎さん、姉で製造責任者の今村友香さん、そして9代目杜氏の庄司隆宏さんの3人の造り手を中心に、酒造りに励む。
この3人を中心に酒造りが始まって間もなく、2010年の平成22酒造年度から既存ブランド「若波」の酒質設計を全面的に刷新。限定流通商品として立ち上げ、現在の体制となった。
コンセプトは「味の押し波、余韻の引き波」

多くの酒造が集まる筑後川流域の群雄割拠の中、「若波酒造」の酒造りは一目置かれている。2012年(平成24年)から始まった福岡県酒類鑑評会では、第1回から「若波 純米大吟醸」が最高賞である初代県知事賞を受賞。まさに、創業時に掲げられた「日本酒造りで若々しい波を起こせるように」との願いを体現するような、勢いのある船出であった。2023年9月に行われた第11回福岡県酒類鑑評会でも、純米吟醸酒・純米酒の部で「若波 純米吟醸 山田錦」「若波 純米酒」の2銘柄が同賞を受賞する。
「若波酒造」が酒造りのコンセプトとして掲げているのは、「味の押し波、余韻の引き波」。それは、看板銘柄の「若波 純米吟醸」に代表される、口に含んだ瞬間、旨みが波のように押し寄せ、そうかと思うとスッと爽やかに引いていく味わいのことを指す。そんな美しい波のような酒質に、多くの人が魅了されているのだ。
酒米が持つ保有水分も徹底して調整

平成22酒造年度に酒質を全面刷新し、限定流通商品として生まれ変わった「若波」シリーズ。当初から「日常に彩りを添える普段使いのお酒を」との思いを掲げ、酒造りを行う。4代目当主の今村嘉一郎さんは、「日々飲んでいただくお酒だからこそ、飽きのこないおいしさを求め、毎年細かなマイナーチェンジを重ねています」と語る。
日本酒の原料となる酒米は、同じ年の同じ品種であっても、米の特性はその都度変化。なかでも米に含まれる水分量の違いは、ほんの1%以下のことではあるものの、酒質に影響があるという。「良いお酒をつくる上で、再現性の高さを大切にしています。そのためにも、米の保有水分の調整はとても重要。例えば同じ品種、同じ精米具合でも、米の保有水分が異なるため、その都度しっかり計測し、その上で去年と今年の米の違いや個性を、造りの部分でどう表現するかを杜氏とともに設計していきます」。
酒米は福岡県産を厳選

「若波酒造」で使用する酒米は、ほぼすべて福岡県産米。主に「山田錦」、「夢一献」、「寿限無」の3種類の酒造好適米を用いている。
「山田錦」は、一大産地である福岡県糸島産を厳選。上品な香りでふくよかな味わいが特徴だ。「若波酒造」が目指す“味の押し波”の部分をしっかりと表現できるという。福岡県内で広く使われている「夢一献」は、精米歩合50%〜70%の純米酒で使用。すっきりとした味わいで、余韻の軽やかさが出る酒米とのこと。「寿限無」はというと、アミノ酸度が低く、雑味も少ない品種。ともすると、味気ないように思われるが、造りの部分で「若波酒造」が目指す味わいを醸す。米の特性上、よく溶け、割れやすいため、65%に磨いた純米酒をメインに使用。
「目標値に合わせて無理に味わいを造り出すのではなく、米の個性に合わせた酒造りを大切にしています」と今村さん。徹底した水分管理を行うことに加え、杜氏を中心に定期的にディスカッションやテイスティングを重ねるほか、取引のある酒販店からフィードバックをもらうなど、常に味わいの向上を目指している。
蔵人たちの和が、良い酒を醸す

さらには、日々の徹底した蔵の清掃や整頓を基本とし、週に一度は醸造機器の分解洗浄を行うなど、衛生管理にも余念がない。また、福岡という温暖な気候のもとでの酒造りには、温度管理も衛生上重要となるため、温度調整を緻密にコントロールできる冷却装置付きのサーマルタンクも導入した。酒質設計はもちろんだが、品質管理も味わいを大きく左右する。
そして、「若波酒造」は少数精鋭。出荷量に対して醸造期間を長く設定し、時間をかけて酒造りを行っている。量産には走らない。「少人数でいかに高品質なものを造れるか、そこに注力していたら必然的に丁寧な酒造りに着地しました」と今村さん。普段使いしたくなる安定のおいしさとは、きっとそういった影の功績に支えられているのだろう。少数精鋭のチームでこそ生まれる若波らしさ。「若波酒造」が信条とする「和醸良酒(わじょうりょうしゅ)」を物語るように、酒造りに誠実な蔵人たちの和が、良い酒を醸し続ける。
変わらないために、さらに磨きをかける

今取り組んでいることの一つに、地元九州の料理との相性の追求がある。各地から話題のグルメや食材を取り寄せ、定番酒などを中心にテイスティングを重ねている。香り、酸味、後味などそこで生まれたアイデアや改善点を、酒造りに反映。日常使いのお酒であることを目指す上で、地元で親しまれている料理とのペアリングは最重要項目と言ってもいいだろう。当たり前にそこにあり続ける日本酒を目指すには、今あるものを磨き続けていく必要がある。
以前、季節限定で出して好評だった銘柄「若波 純米吟醸 TYPE-FY2」を、一年を通して販売するにあたり、使用する米を加工用米から「山田錦」100%に変更したことがあった。その際、「山田錦」らしい上品できれいな味わいにまとまったことで、それ以前の味を好んでいた人にとって「物足りなくなるのではないか?」と、蔵人たちは米の変更を一時思い悩んだという。しかし、計画通り販売すると予想に反して好評。「この進化も含めて、今の若波だと感じ取っていただける1本になったと思います」と今村さんは当時を振り返る。
コンセプトは変えずとも、アップデートは重ねていく。「日常を彩る存在になるために、普段使いの酒質向上に努める」という「若波酒造」の思いは、変わらず飲み手に伝わっているはずだ。小さな波が、いつしか大きな波となり、日本酒の世界に新たなうねりを起こす日も、そう遠くはないかもしれない。