山次製紙所は越前和紙の紙漉き工房で、主に美術小間紙を製造している。美術小間紙とは、和小物などに用いられる和紙の総称で、越前和紙特有の技法を用いてさまざまな模様をつけた紙がある。6代目で伝統工芸士の山下寛也さんは、産地の伝統技術を受け継ぎながら、「浮き紙」というオリジナルの新しい紙を生み出し、越前和紙の可能性を拓いている。
進化を続けてきた和紙の産地

山次製紙所は越前市今立地区にある。ここは1500年ほど前に「川上御前」が紙の漉き方を伝えたとされる和紙の一大産地で、今も30近くの工房が残る。山次製紙所もそれらのうちの一つで、川上御前を祀る荘厳な「岡太神社・大瀧神社」の参道からほど近いところにある。
産地が生み出した技法の数々

1500年もの歴史を持つ越前和紙の産地は、時代に合わせた技術革新によってその伝統を守り続けてきた。昭和初期には金型に紙の繊維を“引っ掛けて”模様をつける「引っ掛け」や、型枠の中に紙の原料を流し込んで模様を作る「流し込み」の技法を生み出し、美術小間紙など美術工芸紙の市場を飛躍的に発展させた。
越前和紙の主流になった美術工芸紙は、ペーパーレス化が進む現代においても、新たな模様紙の開発や造形技術を磨くことで“ものづくりの紙”としての価値を高めてきた。
パルプで上質な和紙を漉く
古くから和紙の原料は、楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などの植物で、それらの外皮のすぐ下にある白皮だけを使う。この白皮の部分を靭皮(じんぴ)といい、繊維が長く強いのが特長だ。山次製紙所では、靭皮 だけでなく、洋紙に使われるパルプも原料として活用している。パルプは紙の厚みを出しやすく、加工もしやすいことから、和紙の用途を広げることにつながった。
「うちの工房では、漉いたパルプの上に、楮や三椏、雁皮を薄くのせて“化粧”をしています」と山下さんは言う。
稀有な産地を守る一員としての挑戦

山次製紙所の創業は明治元年(1868年)。創業当初は奉書紙等の無地物の手漉き和紙からはじまり、次第に美術小間紙の製造が主になったという。かつてはハガキも多くつくっていたが、時代の移り変わりによってハガキの需要が落ちてくると酒瓶のラベル紙の受注を増やすなど、時代の変化に合わせた小間紙を製造してきた。
手漉き量産型への転換
産地では、手で漉いた和紙を1枚ずつ乾かすのが昔ながらのやり方だった。しかし、働き方が変わってきた現代においては、いかに効率を高めるかも重要だ。「うちは「手漉き量産型」と山下さんが言うように、山次製紙所では手で漉いた和紙を連続して乾かすことのできるプレス機を導入している。「和紙の伝統から見れば、邪道といわれるかもしれません。しかし、その伝統が持続していくためには、製紙所が生き残る必要があります。手漉きにこだわりながら、質の良いものをより多く生産するための改善は不可欠だと思います」
伝統技法で新しい和紙を開発

山次製紙所は山下さんの叔父が現代表を務め、山下さんと父親、従業員たちで切り盛りする家族経営の工房だ。山下さんは専門学校を卒業後、京都の和紙工芸品専門店を経て山次製紙所に20年前に戻ってきた。「一度外に出たことで、かえってこの産地のすごさを実感しました。そして、自分たち若い世代も、偉大な先達たちが築いてきた伝統に頼るだけでなく、新しい挑戦を続けなくては」と強く感じたという。
「浮き紙」の誕生

最先端の和紙を生み出そうと考えた山下さんは、和紙に型押しされた家紋のようなマークに着目する。これを連続させて型押しすれば、新しいデザインの和紙ができるのではないか、そうひらめき、父らと共に試してみた。全体に型押しを施した紙は表面にはっきりとした凹凸がついており、浮き上がっているように見えたことから「浮き紙」と名付けた。この新しい和紙は必ず注目されると山下さんは確信した。
立体的な柄が豊かな表情を生む
従来の「エンボス加工」は、同じように紙に型を押して模様を浮き上がらせる技法だが、どうしても角が丸くなる。しかし、浮き紙は模様が直角に立ち上がり、より立体的に浮き上がって見える。柄の凹凸によって陰影が生まれ、光の角度によって見え方が変化するのも魅力だ。
浮き紙は漉いた後で好みの色に染めることもできる。染められるのは1色のみだが、へこんだ部分と浮いた部分で色の濃さが変わるので、美しい2色刷りのような仕上りになる。
新しい和紙で商品開発を目指す

浮き紙は見本帳に掲載されることになったが、山下さんはそれだけでは飽き足らない気持ちを抱えていた。「今のままでは限られた世界でしか浮き紙が流通しない。浮き紙にはもっと可能性がある、もっと多くの人たちに知ってもらいたい」との思いを強くした山下さんは、浮き紙を使って「山下製紙所」独自の商品開発にとりかかった。
和紙の見本としての商品
そして2017年に開発したのが浮き紙を巻いたオシャレな茶缶だ。この商品は、売ることが一番の目的ではなく、浮き紙の可能性を知ってもらうためのいわば見本だった。茶缶は、浮き紙の裏面はフラットで、いろいろなものに張り付けられることを知ってもらうためのものであり、カードケースは浮き紙は丈夫で縫い付けることもできるとアピールするためのものだった。
展示会への出展が奏功

次に山下さんは浮き紙の認知度を高めるため、2017年から茶缶を、全国から工芸を中心としたものづくりメーカーが集まる展示会に出展。初回はなかなか受注できずに苦しんだが、2回、3回と出展を重ねるごとにバイヤーとのつながりも増え、3回目の2019年には来場者による人気投票で山次製紙所の茶缶が総合1位を獲得した。浮き紙の茶缶は月刊誌「婦人画報」の表紙にも掲載され、「茶缶の山次として知られるようになりました」と山下さん。茶缶が人気を集めたことで、山次製紙所には全国のメーカーから「うちの商品に合わせた浮き紙をつくって欲しい」といった依頼が増えた。「新規の取引先を開拓したことを尊敬する父が褒めてくれて嬉しかった」と山下さんは微笑む。
工房としての強みを増やす

2021年、山次製紙所の浮き紙はフランスの高級チョコレートブランド「ゴディバ」のパッケージに採用された。ゴディバの頭文字「G」などをモチーフにした柄も山次製紙所がデザインしたものだ。そのデザインを担当したのは谷口美紗貴さん。谷口さんは学生時代にグラフィックデザインを学び、福井市内のデザイン事務所を経て、2020年に山次製紙所に入社した。今ではデザインの業務と並行して紙漉きも学んでいる。「社内に職人兼デザイナーがいることで、クライアントにより良い提案ができる。うちにとって大きな強みです」と山下さんは期待を寄せる。
和紙がものづくりの可能性を拓く

山次製紙所の浮き紙は、型押しという伝統技法から生み出した新しい和紙だ。山下さんは、産地に伝わる様々な技法をアップデートすることで、「今の時代に新しいと感じてもらえる和紙」の開発を目指すと意気込む。
浮き紙のような個性のある和紙は、ものづくりの素材としてまだまだ可能性があるという。「オリジナル商品を開発しつつ、クライアントからの様々な依頼に応えることで、和紙を現代のものづくりのあたりまえにしたい」。
その夢に向かうために、今後は海外とのコミュニケーションやプレゼン能力を磨きたいと語る山下さんによって、「最先端の和紙製紙所」を自負する越前和紙はさらに世界での評価を高めるに違いない。